一話 「魔人の少女」
吟遊詩人の語りが終わると、会場に拍手が巻き起こった。一礼をし、やがて拍手が収まると共に、観客たちに語り掛ける。
「パスレル祭演目第一部、世界の災厄と七の色神の伝説、ご清聴ありがとうございました。今日一日は、他種族間でいがみ合うことなくお過ごして頂けますと幸いです」
吟遊詩人は再び一礼し、舞台から捌けていく。
その一言を聞き、誰しもが、何が他種族だ、共存だと、胸の中で思った。
色神は他種族で協力して世界を救ったが、だからといってそれが他種族と共存する理由にはならない。
他種族とは相容れない。事実、この街では、他種族間での争いが絶えないではないか。
そう、誰しもが思っている中、一人だけそう思っていない、人間の少年がいた。
「いがみ合いなく、か……あの人、いいこと言うなあ」
観客席の最後列に、先程の吟遊詩人の話を聞いて、素直な感想を述べる茶髪の少年。名を、レイフ。種族は人間である。
冒険者の多くが愛用する鎧などは一切身に纏わず、緑色の外套を羽織り、くたびれた麻袋を肩にかけている。
旅人。それも、この街に初めて来たようで、一切の内情を知らないようだ。
「少年、君はこの街は初めてかい?」
長い髭を生やした老人が、レイフに話しかける。ひん曲がった腰、垂れた皮膚、落ち着いた口調。おそらく、年齢は八十を超えているだろう。
「ああ、良い場所だね。共存を掲げているなんて」
うんうんと頷くレイフに、老人は残念そうな声で答えた。
「あぁ……それはな、昔の話じゃよ。今も共存なんて掲げている人間は、殆どおらん」
「……なんだ。いい場所だと思ったんだけど」
レイフは老人の言葉を聞き、溜息をついた。ここもかと愚痴り、がっかりする。立ち上がり、麻袋をしっかりと肩にかけ直す。
「昼飯食べてくるよ。爺さん、どこか良い店知らない?」
「あ、ああ。それなら、この道をまっすぐ行ったところに、鶏の紋章が描かれたコカトリスという店がある。あそこがいいだろう」
老人が、遠くに指を指す。レイフは短く礼を言い、歩きだした。
「少年、君は何のために旅をしている?」
老人が、歩くレイフに声を掛ける。レイフは、その問いに笑顔で振り向き、答えた。
「決まっているよ。困っている人を、助けるためさ」
中立都市パスレル。
七つの島国に囲まれ、かつて伝説の色神が戦い、災厄を封じ込めた、封印の地。
伝説にも記述してある通り、今でもここでは、かつてと同じく一年に一度、パスレル祭が行われている。その賑わい方は、他の大陸では決して見れるものではなく、他種族が共に飲食を共にしている姿は、異様な光景である。
が、それも昔の話だ。
確かに、今でも一年に一度、パスレル祭は行われている。他種族は集まり、共に平和を祝う。
だが、それはあくまで、祭りを楽しんでいるに過ぎない。現在では、過去のような他種族での友好関係など嘘のようだ。
そもそも、他種族同士が共に暮らすなど、問題だらけであって、どうしても無理があるのだ。
一つ目は、教育の問題だ。共存する以上、他種族が一つの学び舎で共に勉強するが、どの種族の文化を始めに教えるかと、争いが始まったのだ。どの種族も、自分の種の歴史を誇りに思っていたため、どうしても論争が絶えなかったのだ。
二つ目は、生活の違いだ。他種族が共に生活を送れなくなったのは、このことが一番大きい。
例えば、人間は夜は眠り、昼は働くが、竜人や機人は、寝ずとも生活が出来る。特に、年がら年中騒いでいる竜人と、一定の生活リズムを持っている人間は、どうしても共に生活を送るということに無理が生じたのだ。
三つ目は、種族間での差別だ。
人間と竜人は、その生活の違いから仲が悪い。毎日毎日喧嘩が絶えない。だが、そんなことは些細な問題であった。問題は魔人の種族だ。彼らの種族は、生まれつき角が生えており、髪も黒い。更に、見た目が美しく、悪魔が人々を惑わすために作り出したのではないかと疑われるほどであった。そのため、未だに魔人を差別する種族は多く、そんな中で魔人は生きていられない。
この三つの問題が共存の道を閉ざしてしまった。
しかし、いくら共存が無理だとは言っても、一年に一度のパスレル祭は行わなければならない。
ならば、と。人々は考え、一年に一度、この時期だけは、嫌でも共に過ごそう、仲良くする素振りを見せようと考えた。
そんな現状のこの街のことを、人々はこう呼んだ。
『偽りの架け橋の街、パスレル』と。
五分ほど歩くと、老人が言っていた通りの、鶏の紋章が描かれた店を見つける。看板には、コカトリスの飲食店という名前。
「ここで間違いなさそうだな」
扉を押し、中に入ると、そこには意外な光景があった。
中では、先程の老人の話とは打って変わり、多くの他種族が共に飲食を交わしていた。
人間、竜人、樹人、魚人……多くの種族が混じり、語らい、飲食を共にする。
まさに、理想のような共存の形だった。……ただ一つ、店の端にいる数人の冒険者と、囲まれている少女を除けば。
「あーあー、魔人がいると不愉快だなぁ。とっとと出てってくれねえかなぁ!」
「おいおい、そりゃあ黒神様に失礼だぜ?まあ、事実だがな。魔人がいるだけで、ここの飯もまずくならぁ」
「…………」
一人の少女を、二人の冒険者が囲んでいる。
少女は猫耳の付いたフードを被り、顔を隠しているが、その体は、近くでなくても震えているのが分かる。
よくある話だ。
魔人は、角が生えているために、魔物のように扱われる。そのため、ああやってフードや帽子で角を隠し、正体を隠す。
だが、どうしても隠せないものがある。それは、髪の毛だ。
あの特徴的な黒髪は、フードだけでは隠すことは出来ない。顔全体を覆い隠す鉄兜でも被れば隠すことは出来るが、それではこんな場所にいるだけで目立つし、食事を取ることも難しいだろう。
それか、髪に染色でもすれば良いが、そんなことをすれば痛む。好んでやる人間は中々いないだろう。
「あっるぇー兄貴、こいつフードなんか被ってますよぉ?」
「猫の耳とは可愛いもん付けやがって、魔人風情が。おら、外せや」
「……!や、やめて……!」
兄貴と呼ばれた男が、少女のフードを掴んだ。そのまま引き剥がそうとするが、少女は抵抗してフードを外そうとしない。
魔人の差別。普通なら、関わるべきではない。いくら旅人とはいえ、レイフは力が強いわけでも、驚異的な身体能力があるわけでもない。
対する冒険者は、普段から身体を鍛えている。力の差は歴然、見捨てるべきだ。一般人ならば、そう考えるだろう。
だが。レイフは、この状況を見て無視を出来る程の人間ではなかった。
「おっと、ちょいとどいてくれないかな。そこのゲス兄弟」
「あぁ?なんだテメェ、死にてえのか?」
「その子とは先約があるから、ちょいとばかしどいてくれるかな」
「先約だぁ?そんなもん知るか……っておい、シカトかましてんじゃねえよ!」
「すみませーん。オーダーお願いします」
男たちを無視し、そのまま少女の隣に座るレイフ。勿論、少女に先約などなく、ただのハッタリだ。だが、この状況を切り抜けられるならいいだろう。
レイフは給仕を呼びつける。流れるような動きに圧倒される二人組。舌打ちをし、覚えてろよとお決まりの台詞を吐いて店を出ていく。
しょぼい連中だ、とレイフは内心思った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ええっと……じゃあ、このパスレル定食ってのを二つ頼める?」
「かしこまりました。注文は以上でしょうか?」
「ああ、以上で。悪いね、騒がせてしまって」
「お気になさらず、それよりも、お連れのお嬢さんは大丈夫でしょうか」
先程まで暴言を吐かれていた少女を、給仕が心配そうな表情で見つめる。
レイフも少し気がかりであったが、これ以上注目を浴びても嫌がるだろうと考えた。
「あー……多分、大丈夫だ。それより、早く持ってきてくれ」
「かしこまりました」
手の動作で、給仕を急かす。一礼し、そそくさと店の奥に引っ込む給仕。
顔を伏せる少女に、レイフは恐る恐る声を掛ける。
「迷惑だったか?」
「……あ、いえ、その、助けてくれて、ありがとう……」
顔を少し下げながら、お礼を言う少女。先程は背中しか見えなかったが、今は少女の顔がしっかりと見える。
綺麗な黒髪に、フードの隙間から見える角、魔人という種族さえ隠せば、百人中百人が可愛いというであろう可愛らしい顔立ち。
直視すると吸い込まれてしまいそうな瞳。レイフは顔を若干背けながら、彼女に自己紹介をした。
「俺はレイフ、17歳だ。君は?」
「……ルカ。年は17、同じ、だね」
「あぁ。よし、これで俺と君は仲間だ」
「仲間?」
「あぁ、仲間だ。友達って言い方もあるが。俺はこっちの方が好む」
「仲間……」
嬉しいような、恥ずかしいような、そんな表情を浮かべながら、慌てるルカ。
どうどうと手を前にやり、落ち着かないルカを抑える。
「……どうして、レイフは助けてくれたの?」
「そりゃあ、女の子が困っていたら助けるのが当然だろう」
「えー……、じゃあ私が女の子じゃなかったら、助けてくれなかったの?」
「ふむ……訂正だ。困っていたから助けた、それだけだ」
ルカに指摘され、レイフは改めて言い直した。
彼の行動原理は至極単純、ただ、困っていたから。弱者をいたぶる姿を許せなかった、それだけである。それだけが彼の行動原理であり、彼の旅をする理由であった。
「そうなんだ……優しいんだね、レイフは」
笑顔で言われ、気恥ずかしくなるレイフ。照れ隠しに頬を掻いていると、丁度良いタイミングで、給仕が食事を運んできた。
「お待たせいたしました、パスレル定食、二人前でございます」
「おぉ……これは美味そうだ、ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
伝票を置き、店の奥に再び引っ込む給仕。
皿からは、肉の香ばしい匂いが漂っていた。少し嗅いだだけで、顔を綻ばせてしまう。
「それじゃあ、食べるか」
「あっ、はい。それじゃあ」
「「いただきます」」
二人は手を合わせ、目の前の食事にありついた。
「ふぅ、食った食った」
「美味しかった……ごめんね、奢ってもらって」
「別に構わないよ、元々俺が勝手に頼んだからな」
店を出た二人。食事を完食し、その顔は満足げだった。
「さて、俺はこれから適当にふらつくけど、ルカはどうする?」
「私は、ある人と待ち合わせてて……あ、リア様!」
「ん?」
青髪の女性が、こちらに手を振りながら走ってきた。パッと見は人間に見えるが、顔や腕には、鱗がチラチラと見える。きっと魚人なのだろう。
青髪の女性は、そのままレイフを通り過ぎ、ルカを抱きしめた。
「あぁ、ルカ!よかった、大丈夫?どこも怪我はない?」
「うーん、ちょっと冒険者に絡まれたけど、レイフが助けてくれたから」
「レイフ?」
「そこにいる男の子だよ」
「まあ、貴方が……。この子を助けてくれて、本当にありがとう」
深々と頭を下げる女性。続けて、レイフの手を握り、上下に振るう。
女性の割にその力は強く、レイフは振り回されてしまう。
「あっ、ごめんなさい。私、力加減が苦手で」
「あ、あぁ……大丈夫です。お気になさらず」
「御免なさいね。ルカ、そろそろ行くわよ」
「あっ……うん」
ルカは残念そうな表情を浮かべ、こちらを見る。
レイフはそんなルカを見て、笑った。
「またそのうち会えるさ、大丈夫だよ、ルカ」
「本当に?絶対だよ、約束だよ?」
「ああ、約束だ」
念押ししてくるルカに、約束だといい、手を差し出すレイフ。
ルカは微笑を浮かべ、彼と手をつなぎ合わせる。握手、というものだ。
「それじゃあ、俺はここで。ルカ、お祭り楽しめよ」
「レイフ、今日は助けてくれて、本当にありがとう! また、会おうね!」
再び会う約束を交わし、二人はそれぞれの道を歩み出すのであった。