十話 「生還」
お待たせしました
「いっつ……あれ、ここは……宿?」
レイフの目が覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。
簡素な作りの、ベッド一つ以外に何もない素朴な部屋。
そう、宿屋だ。身体を起こすと、軽い頭痛と、全身への痛みが走る。レイフは頭を抑えた。
「レイフ! 目が覚めたのね?」
そんなレイフの状況を知ってか知らずか。
隣でレイフの様子を伺っていたルカは、感極まったのか、飛びついてきた。
慌てて受け止めるレイフ。だが、うまく身体に力が走らず、そのままベッドに倒れ込んでしまう。
レイフはベッドに頭を打ち付け、衝撃で視界が歪んだ。
「いてててて……」
「あっ……ご、ごめんね、離れるね」
「あー、いや、別に離れなくていい……って、うおぉ」
「うにゃあ!」
身体を起こし、離れようとするルカの袖を、レイフは引き留めようとして引っ張った。
だが、中途半端にしか入らない力では、お互いバランスも取れず。二人は再びベッドに倒れ込んだ。
二人の身体が重なり合い、お互いの体温を感じる。
「…………」
沈黙が続く。唇が触れ合いそうな距離で、二人は固まってしまった。
何とかしなければと思ったレイフは、話題を切り替えることに決め、口を開いた。
「そ、そうだ。あの後はどうなったんだ?」
レイフが尋ねる。ルカは、先程までは打って変わり、真剣な表情でレイフに答えた。
「えっとね……」
時は遡り、レイフが気絶した直後。
ルカは、水の眷属の力を行使し続け、レイフの傷を癒す。
「お願い、死なないでレイフ……! 死なないで……!」
レイフは何も答えない。ほんの少し聞こえる呼吸音。
今にも消えてしまいそうなその弱弱しい音に、ルカは恐怖する。
自分を初めて仲間だと言ってくれ、守ると誓ってくれた大切な人。
絶対に失いたくない。そんな思いを込め、彼女はレイフの傷を癒し続ける。
その時だった。
「……! 足音が……」
階段を駆け下りる音。数は複数。
まさか、新手がやってきたか――そう思い、ルカは回収した愛刀に手を掛ける。
だが、現れたのは。
「……! あんたら……本当にあの化け物を倒したのか」
「あ…………」
降りてきたのは、十を超える数の冒険者。その中には、ルカを罵ってきたあの冒険者もいた。
ルカは慌ててフードを被り、顔を隠す。そのまま、嫌悪の呪いが発動しないように、顔を背けた。
冒険者は、ルカを見て一瞬身体が動いたが、その奥に倒れていた狼猿の姿を見て、すぐにかぶりを振った。
そして、冒険者はルカを見て、驚くべき行動に出る。
「……すまなかった」
「え……?」
声に反応し、振り向いてしまうルカ。見ると、冒険者は頭を地面に付け、身体を小さくたたみ、ルカにひれ伏していた。
土下座だ。他の冒険者も、土下座こそしてはいないが、深く頭を下げている。
昨日、散々自分を罵っていた相手が、唐突に謝る。ルカはその真意を理解できず、困惑した。
「……俺は、あんたが魔人ってだけで、疑って……追い詰めちまった。やるはずがないなんて、分かるはずなのにな……本当に、すまない」
「……あ、ええ……っと……?」
ルカは、嫌悪の呪いを持っているため、人と話すことが苦手だ。嫌悪の呪いが発動すると、会話が成り立たず、誰しも自分を罵るからだ。
権能の効力で自分の呪いを無視できる青神と、何故か呪いが効かないレイフだけは、例外だが。
その他の人間に話しかけられると、やはり尻込みしてしまうのだ。
「俺たちに出来ることなら、何だってする。虫の良い話だが……それで、許してくれないか?」
「…………」
ルカは、少し悩んだ。
呪いのため、自身を罵るのは仕方がない。仕方がないのだが――だからといって、許せるものでもない。
だが。
「…………」
ルカは、横たわるレイフを見る。身体中大火傷で、応急処置こそしたが、いつ症状が悪化するかわからない。
ならば。
「……この人の、手当てを、してください。あと、その魔獣の処理を、お願い、できますか?」
「……ああ!」
途切れ途切れに、要求を告げるルカ。レイフさえ助かれば、今の自分のモヤモヤするこの気持ちは水に流そう。そう思い、彼女はレイフを助けるように、頼む。
冒険者はルカを見て笑顔を見せると、他の冒険者たちに指示を飛ばす。
「皆、話は聞いたな。魔法が使える者は治癒に回れ! その他の奴はこのデカブツの処理だ!」
冒険者は大きく返事をし、作業に入った。
半数が傷付いたレイフの治療。もう半分は、魔獣の処理に当たる。
ルカは、せめてレイフの傍にいようと思い、彼の手を握った。
「絶対……死なせないから、私が、君を助けるから」
寝ているレイフに言葉をかけ、彼女も、治療の手伝いを始めた。
「……それで、解体が終わった狼猿は、街の広場に運ばれて、今死体を焼いてると思う」
「……ふむ」
ルカの話を聞き終わったレイフは、少しの間思考をする。
正直、彼にはまだ許せないことがある。彼女を傷付けた冒険者のことだ。
恐らく、レイフは彼を一生許すことは出来ないだろう。大切な人を傷付け、罵った首謀者を。
だが。
「……まあ、ルカが謝って貰えたのなら、俺は何も言わない。ルカは、それで満足なのか?」
「……うん、まだちょっと、思うところはあるけど。レイフを助けて貰ったから、もういいんだ」
「……そっか」
ルカは、冒険者が許しを乞うために求めた罰を、レイフを癒すために使った。
それで、ルカは満足している。ならば、レイフがこれ以上口を出すことはない。
「……なあ、ルカ」
「なあに?」
無言で、彼女を見つめる。ルカは、レイフの言葉を、静かに待った。
やがて、レイフは口を開く。言うべき言葉を、彼女に告げた。
「ありがとな。お前のおかげで、俺は狼猿を倒したし、今も生きている」
「……それを言うなら、私の方が先だよ」
微笑を見せ、レイフにそう言い放つルカ。
「ありがとう、レイフ。私を、守ってくれて」
静かな部屋の中。二人はお互いの気持ちを伝えあった。
胸の中で溢れていく、大きな気持ち。二人とも生き残り、帰ることが出来た。
その時、ようやくレイフは思った。
ああ、自分たちは、勝ったのだと。