差出人が無い手紙
#ヘキライ 参加作品です。
誰もいない教室は空気が澄んでいて気持ちがいい。
だが、その教室も今日で最後だ。
私は学校を卒業する。
席について机の中に手を入れると、手紙が入っていた。
この手紙も今日で最後だ。
宛名も差出人も書いてない真っ白な封筒を開くと便箋が一枚。
開けば流れるような綺麗な文字が一面に広がっている。
内容は卒業のお祝いと今日でお別れということ。
分かっていたが、実際に見ると鼻の奥がツンとしてくる。
便箋を封筒に戻してカバンに仕舞い、廊下に出る。
目的地は10クラス先の進学クラス。
ランクの高い大学を目指していた人達だ。
誰もいない廊下に静かな足音と衣擦れの音だけが反響する。
目的地でピタリと止まって扉を開ける。
中に男子生徒が一人、席で文庫本を読んでいる。
「初めまして」
声をかけると本から目を離して私を見た。
線が細く、優しそうな感じの男だ。
「あなたね、この手紙」
カバンに入れたものとは別の手紙を見せる。
手紙は入学した翌日から毎日入っていた。
季節の話題や勉強、進路のこと、私はそれに対して一度も返事をしたことないし、向こうは要求したことなかった。
ただ、誰なのかは気になっていた。
ヒントは達筆なことと、同じ学年らしいこと。
そして、偶然発見した手紙と同じ筆跡のノート。
それがわかったからといって、どうすればいいか分からなかった。
だから、今日、この場で。
男子生徒は手紙を認識すると、薄く笑って軽く頷いた。
「それは今朝の手紙じゃないね。持っててくれたんだ」
少し目尻が下がる。
「何故手紙を?」
「入学式の日、風で飛んだプリント拾ってくれたから、かな。話しに行くには遠いし、帰りは時間帯が合わないだろうからね」
私はその日の事は慌ただしく過ごしていたので覚えていない。
ちょっとだけ申し訳なく思う。
「完全に自己満だよ。迷惑を省みない一方的な行為さ」
男子生徒は自嘲気味に空笑いして再び本を開く。
「楽しかったよ」
咄嗟に口に出した直後にしまった、と頭の片隅で叫んでいた。
案の定、驚かせてしまったが、話すチャンスは今しかないと腹をくくる。
「最初は何これって思っていたけど、季節の話題とか勉強の話とか読んでて楽しかった」
男子生徒は安堵したのか笑顔を浮かべ、つられて私も笑顔になる。
「卒業、おめでとう。そして、ありがとう」
一番、言いたかった事を口にする。
「卒業おめでとう」
男子生徒が返して、視線が交わる。
普段なら目が合えばすぐに逸らしていたが、今日はじっと見つめ返す。
「じゃあ」
顔をしっかり脳裏に焼き付け、自分の教室に戻った。