「婚約破棄します!」
「婚約破棄します!」
私は勇気を持って目の前のアルフレッド王子を睨みつけた。
彼はこの国の正当な王太子である。
「そんな涙目で誘うような顔は、僕にしか見せちゃダメだよ。」
しょうがないなって顔をしたアルフレッドはこっちに近づいてきて私を抱きしめようとした。
「そんな顔してないから、離して!」
ぐぐぐっと両手でアルフレッドを押し返したら、意外と簡単に離れた。
そして今度は手を私の頬に当て、私の顔を上げさせた。
彼と目が合う。
相変わらずお綺麗な顔ですこと。
「婚約破棄って、簡単にできると思ってるの?」
「た、確かに難しいけれど、こんなに人がいるもの。どうにかなるわ。」
そう、彼との婚約破棄はとっても難しい。
その理由は彼の王子という立場だけではない。
私の両親に冗談まじりで「王子との結婚って婚約破棄できるの?」と聞いた時の反応は尋常ではなかった。
泣きながらいつも厳しい父が「すまない、娘よ!」って土下座しようとした時は唖然とした。
どうやってか我が家も含め沢山の人の弱みを握ってそれをチラつかせているらしい。
だから両親は王家にそこそこ意見できるくらい権力があるのに、王子に関しては何もできないと言っていた。
「ふーん、本当にいいんだ、婚約破棄して?」
余裕の笑みを浮かべる王子、こんな時でもすました顔してかっこいいなんてムカつく。
どうせ子犬がじゃれてるくらいに思ってるんだ。
「ええ、もちろん。」
ふふん、と答えてやる。どうだ、まいったか。
「ぬいぐるみにアルってあだ名つけて夜は毎日キスしてるのに?」
「な、なな、なんで知ってるの??!!!みんなが出て行ったのを確認してるから、誰も見ていないはずなのに!!」
かーっと顔が熱くなる。絶対顔赤い。
汗も出てくるし、もー!こんなとこで言わなくてもいいじゃない!
「そんなに好きな僕と、結婚しなくていいんだ?」
アルフレッドは右手で私の頬を支えたまま、左手で私の手を持ち上げ指先にチュッとキスをして、意味ありげに微笑みかけた。
その顔が艶かしくて、思わず____
「じゃなくて!手を離して。」
れ、冷静になるんだ私。
アルフレッドはしぶしぶ、といった感じで手を離す。
「好きだけど!だから、そういうところが嫌だってこの前言ったわ。
誰も知らないはずのことを知ってるし、あなたがいなかったパーティのことだって次の日には知っていて、
『なんで僕がいない夜会で、あいつと踊るんだ』って言ってビックリしたわ。
普通の人に聞くにしては情報が早すぎるし、アルがあの夜会にはどうしても政務の都合で出れないからお父様とパーティに行って、
それで誰とも踊らないなんて無理よ。
それに踊ったのはみんな身内だったわ。
この前だって、あなたにお願いしてあなたが勝手に私につけてた隠密の人、外してもらったじゃない。
もう勝手に隠密の人つけないって、嘘だったの?私にも羞恥心とか個人情報知られたくないって気持ちがあるのよ?」
一気にまくしたてる。
じゃないと彼のペースに巻き込まれるから。
「身内でも彼は君に欲情してた。」
よ、欲情って…。
「隠密を外したのは嘘じゃないよ。もう、付いてない。」
「じゃ、なに?ま、まさか魔法?」
彼はニッコリ笑った。
信じらんない!この国には他国にはあまりない魔法があるけど、普通使えない。
発動するには沢山の人と、莫大なお金がかかる。
だから申請すれば個人でも使えるけど、国家規模のプロジェクトくらいにしか使われない。
な、なのに。こいつ…。
「ほとんど貯金使っちゃった。
発動しちゃえば維持費はあまりかからなかったから、いい買い物だったよ。
君の可愛い寝顔も見られたしね。」
今までは見られなかったし、
君の寝る間際の寝ぼけた可愛い顔を隠密の彼らが見ると思うと彼らを苛めたくなっちゃってたからね、とアルフレッドは言った。
「もう!もう!ほんっとに信じられない!今すぐ魔法を解除して!」
もう泣けてきた。
彼は本当に王子様然として、かっこいい。
頭も良くて強くて地位もあって優しい完璧な王子様。
天は二物どころか三つも四つも与えた。なのに彼にはひとつだけ欠点があった。
ヤンデレストーカーなのだ。
「これを外したら、シシーのことどっかに閉じ込めちゃうけどいいの?」
「それはダメ。結婚しない。」
「じゃあ魔法外したら婚約破棄はなしでいいんだね。」
「ええ。私のこと、信じてくれるでしょう?」
私は彼の両手をもって自分の頬を包み首をかしげて一歩彼に近づいた。
どうだ!秘技引いてダメなら押してみろ作戦。
「婚約破棄って言ってる君を信じろって?」
「そうよ。会った時から好きなんだから。」
ダメの一押し。
むにっとコルセットで頑張った胸が彼に当たって形を変える。
「分かったよ。シシーは最初から婚約破棄破棄じゃなくて監視やめさせるのが目的だったのは分かってるし。」
ばれてやがる。
「その胸の開いたドレスを僕の前でしか着ないならいいよ、魔法を解除する。」
「えー、これ流行りなの。似合わない?」
うーん、と言って自分の胸を見る。
確かに人よりずっと小さくて結局育たなかった胸だ。
「そりゃ小さい胸を頑張って寄せたのは見苦しいかもしれないけど…。」
「そんなことない。綺麗なシシーを誰にも見せたくないんだ。」
アルフレッドは私をぎゅっと抱き寄せた。
「…わかったわ。アルの前でしか着ないから、アルも魔法を解いてくれる?」
彼の顔を見上げると、とても近くに彼の綺麗な目が私を見つめていた。
「ああ、分かったよ。愛してるよ、シシー。」
「私も愛してるわ。アル。」
ヒールからかかとを浮かせて、彼とキスをした。
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「お兄様とお義姉様をお止めして、お母様、お父様。」
げんなりとした顔でアルフレッド王子の妹である王女エルザベスは王と王妃に訴えた。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。良いではないか。これで王家も安泰だな。」
「お兄様もお義姉様も王家を今までになく支えてくださるのは分かってます。
だ、け、ど、パーティの!真ん中で!毎回毎回何かとあんなにイチャイチャされたら砂をはいて死んでしまいますわ!」
王女が怒りというより羞恥で真っ赤な顔をしているのを王妃は見て笑う。
「あらあら。あの子達も分かっててやっているんでしょう。
今、あの子達と親しい優秀なものは色々あっていないでしょう?
だからああやって仲良くて今後も王家は安泰だっていうところを見せて味方を増やそうとしてるのではないの。」
王女は目をしかめて悩んだ。
「それにしてもやりすぎじゃない?反対にバカにされない?」
王が引き継いで言う。
「アルフレッド達の優秀さは、学校や執務で十分すぎるほど知れ渡っているから、親しみやすさなどを見せているのかもしれんな。
まぁ半分以上素だと思うがの。」
はっはっはっ、うふふ、と王と王妃は楽しそうに笑う。
あーあ。
吐いた砂に埋もれて死ぬ前に、私もいい人見つけなきゃね。と王女は独りごちたのだった。
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「あてられるわね、若いお二人に。」
エスコートしてくれる夫と腕をくんだ夫人は呟いた。
「初々しくて良いんじゃないか。私たちもあんな頃があたっな。」
夫は懐かしそうに夫人に笑いかけた。
「そうね。誰かに取られてしまうんじゃないかと不安になるくらい恋してたわね。」
少し頬を染めて夫人は笑いかえした。
「恋が深まって愛になって、また君に恋してるよ。いつだって。」
夫は先ほどより真剣に、夫人に向き合い彼女の目を見つめた。
「あら、いつもそんなこと言ってくださらないのに。」
夫人は拗ねたように呟いたけれど耳まで染まって緩んでしまった目元は、嬉しさを隠せてはいなかった。
「やはり、若い二人にあてられたようだ。だけど本当のことだ。」
「私もあてられたみたい。愛してるわ、あなた。」
二人は仲よさげに先ほどよりさらに寄り添って会場を出て行った。
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その後、貴族の間で問題になっていた出産率が向上したとか、しないとか。
二人に優秀で仲の良いのがいないのは、学校でよくある(笑)ヒロインと令嬢のバトル繰り広げて、取り巻きになっちゃった優秀な人たちは当分遠くに追い出されちゃったからです。ちなみに王子はシシー一筋でヒロインに付きまとわれて辟易してましたので、穏便にヒロインを休学させて穏便に数年取り巻きを地方に飛ばしました。穏便にしたのはシシーが頼んだから。シシーが頼んだのは前世の乙女ゲームにウハウハしてた自分を見ているようで同情したから。その後ヒロインは復学して普通に結婚しシシーとズッ友(笑)になりアルフレッドに嫉妬されるというお約束が待ってます。