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この世の隙間お埋めします  作者: クルトン一二三
9/9

言葉とメロディー  中

祖父江真由の話の続きです。


祖父江そぶえ真由まゆの両親が帰った後、俺と祖父と真由の三人で話すことになった。

「真由君、君はフルートが得意なんだってね。良かったら修にフルートを教えてやってくれないか。」

「できません。」

真由は食い気味に拒絶した。

「真由君がフルートが吹けないことは分かっている。しかし、フルートに違った形で向合うことは大事だと思うのだよね。これも治療の一環だと思って教えてやってくれないか?」

祖父は優しく真由を諭した。祖父は勝手に俺がフルートを教わるように言っていたが、来るものは拒まない性格なので気にしなかった。

「承知しました。私はこんな状態ですができる限り頑張ります。」

真由は少し考えた後、答えた。

「話はこれで終わりですか。なければ終わりにしましょう。」

と言って真由は自分の部屋となる客間に入っていった。

真由のそっけない素振りを見て、俺は心配になった。もちろん自分の心配だ。


その日は真由は、泊まる予定ではなかったので両親に荷物を取りに行ってもらっている。真由の両親は駅の近くにあるホテルに泊まっていているらしい。真由の両親はタクシーで移動をしているあたり、金持ちさを感じた。

真由は電話で両親にフルートを持ってきてもらえるように頼んでいた。タクシーを移動しているためか真由の両親は数時間で戻ってきた。真由の両親は異常なまでに心配していて真由の声のことだけを心配している以上のようだった。

真由の両親はいつまでも名残惜しそうだったが、祖父と祖母が何度も大丈夫ですからと言って2人を諭した。

真由の両親が寺を出て行ったころにはすっかり日が暮れており、夕食の時間になっていた。

「さあ、みんなでご飯にしましょう。真由ちゃんも一緒に食べよう」

祖母がグラサン越しでもわかる笑顔とわかる顔で言った。

真由はうなずいた。

「私、どこかに泊まるの初めて」

小さな声でとつぶやいた。聞こえていたのは俺だけだった。


すぐに夕食になった。俺のうちでは、いつも夕食は1つのテーブルで家族みんなで食べてる。今日は真由がいる点だけ違っている。

真由は有美と祖母の間に座った。

真由の食べ方は気品があり、ゆったりとしていて育ちの良さがしっかりと理解できるものであった。あまりの礼儀正しさに話しかけにくい状況であったが俺はどうしてもぶつけてみたい質問があったので声をかけてみた。

「真由さんは、高校の時の修学旅行はどこに行ったのですか?」

有美に俺は質問攻めされている中、さえぎって質問した。

「私は行っていません。」

家族はみんな一瞬黙ったが、俺には予想通りの返答だった。家族が驚く中、俺は質問をつづけた。

「体調が悪くなってしまったのですか?」

「いいえ、私には、フルートの練習があるので、お母さんとお父さんに許可されませんでした。」

家族はまた驚いて慰めの言葉をかけていた。俺の予想した通りだった。周りを見ると祖父だけは驚きもせず納得していた。


次の日から、俺はフルートを練習することになった。今まで隙占術を練習していた時間をフルートの練習に充てることになった。はたから見れば、超優秀で美人のお姉さんにマンツーマンで教わるわけで、男子高校生ならだれもがうらやむ状況であるが、俺は余り気が乗らなった。俺が多少人見知りであることもあるが、真由と仲良くなれそうになかったからだ。今さらながら有美に代わってもらいたかった。しかし、俺がそれでも、フルートを教わろうとしていたのは祖父に何か考えがあるからだと思っていたからだ。

祖父の言うことで意味のないことはほどんどなかった。無意味と思える発言にも必ず裏に意味があった。俺はなんとなくそれを気づいていた。有美も母も気づいていなかった様だが、俺だけはなんとなく気づいた。俺と祖父が男同士であるからなのか何か、俺と祖父には家族として特別なつながりがあることを節々で感じていた。


空手の練習の後、いつもは寝る前に浴びるシャワーを浴びて有美のいる客間に入った。有美は黙ってメガネケースを3倍くらいにしたようなケースを渡した。

「ありがとうございます。開けてもいいですか?」

「いいわよ。これをお使いください。」

俺は、なんだかわからないままケースを開いた。ケースの中には3つに分かれたフルートが入ってた。

「これは私の練習用のフルートよ。これをかしてあげる。」

ケースを開いたフルートを見たとき少しだが気分が盛り上がった。俺はすぐにでも組み立ててフルートを吹いてみたくなった。早速俺は組み立てようと取り出そうとした。

「これが頭部管と言ってフルートの頭部にあたる部分、この部分が唄口うたぐちといいます。これが、・・・」

真由は組み立てようとした俺を止めて説明をした。説明は、楽器の部位の説明とかこの部分は持つと音が変わってしまうから気を付けてほしいとか10分ほど続いた。10分だったがえらく長く感じた。

真由が3つの分かれたフルートの吹く部分のある部位を取って、俺に渡した。

「今日はこれを使ってください。」

俺は頭部観と呼ばれるフルートの一部を受け取った。

「口はこのようにして吹いてみて」

俺は、早く組み立てたものが吹きたかったが、とりあえず吹けることに満足した。そしてさっそく試してみた。

「シューーーー」

殆ど俺の息の音が出た。そのあと、真由に教わりながら何度か試して「ポー」という音が出た。俺は楽しくなった。初めて白集玉が動いた時に近い感動があった。その後はコツをつかんだのか、何度やっても、それらしいポーという音が出た。

真由はそれでももう少しゆっくり、もう少し上から、もう少し顎を引いてなど細かく修正をした。修正してはポー、修正してはポーの繰り返した。

15回くらい繰り返して「うん、今の音ね」というお許しを得た。全く俺にはお許しが出たポーの違いが分からなかった。

その後、何度も修正されたがお許しのポーは出なかった。

指導が終わった時、空手の練習よりもずっと疲れた、俺は何も考えず寝ることにした。


真由の指導はとても淡々としていて、説明や指導のこと以外余計なことは一切言わなかった。良い音が出たときだけ「うん」と小さくうなずいた。それ以外はなにもリアクションがなかった。その沈黙が不気味で怖かった。

しかし、指導のおかげかうまくなり3日目には、組み立てたフルートを吹く練習をして、5日目には音階を吹き分けられるようになって、初心者用の曲の練習をしている。曲といってもとても短く正しく音階が出せるか確認するものだ。ピアノで言うところのチューリップだ。

その初心者用の曲を練習している時、祖父と祖母が入ってきた。

「調子はどうかな」

「うーん、一応音は出るみたいだけど、いい音を出すにはまだまだみたい。」

俺はいい音がどんな音か分からなかったけど、知ったかぶって言った。

祖母が吹いてみてくれと頼んだので、快く承諾した。今練習している曲を吹いた。

「あら、すごいわねぇー、もうこんなに吹けるようになったの?ほんと、修ちゃんは才能あるんじゃないの?」

「私も、こんなに吹けるとは思わなかった。すごいじゃないか。きっと真由君の教え方がよかったのもあるんじゃないか。」

「そりゃそうよ。なんて言ったって音大生の中でも優秀な子なのよ。」

その後も照れるくらい俺のことを褒めた。

褒め上手な祖父と祖母に褒められて俺は素直にうれしかった。その時真由は、とても驚いた顔をしていた。驚いたかをからは、つぅと涙がこぼれた。真由は手で目をこすった。

「あら、真由ちゃん眠たそうね。今日は頑張ったからもう終わりにしましょうか」

俺たちは承諾したあと、祖父と祖母は部屋から出て行った。祖父と祖母が出て行ったことを確認したあと俺は真由に話しかけた。

「あの大丈夫ですか?」

「え?・・・」

「だって涙が、」

「そう・・・小さいころ思い出しちゃって、・・・私って馬鹿ね。」

真由は笑いながら言った。その時、初めて真由の笑顔を見た。もちろん満面の笑みではなく、一瞬笑った程度だったけど、目がくしゃっとした笑顔が特徴的な素敵な笑顔だった。真由が家に来てから、5日目のことだった。


真由が来てから一週間が過ぎたころ、俺は初心者用の曲をそれなりに吹けるようになった。音楽にかかわりのない人に趣味はフルートですと言って聞かせても誰も疑わないくらいにはなっただろう。正直俺は、初心者用の曲に飽きていた。

「あのー、そろそろ別の曲が吹きたいのですがー」

真由はうーんと悩んでいた。俺はあと一手をすぐさま入れないと断れることを確信した。「俺好きな曲あるです。それを吹いてみたいです。」

「それはなんて曲ですか。」

「CDがあるので、俺の部屋まで来てください。」

俺は自分の部屋に真由を連れていきパソコンにCDを入れて真由に聞いてもらった。この曲は、父が好きな曲で俺が小さいころから父が家でかけていた曲だ。べったべたな甘い歌詞を柔らかな曲に乗せたバラードで父はよく機嫌がいい時は歌っていた。曲の名前は『言葉とメロディ』だ。

真由に曲を聴いてもらっている時、クラシックじゃないから駄目かなと思っていた。

曲が終わった後、真由は何も言わず部屋から出て行った。1分もしないうちに戻ってきてノートとシャープペンを持って戻ってきた。

「もう一回聞かせて」

と言い、真由は停止ボタンを押しながら楽譜を書いていった。

楽譜が出来上がると、真由は譜面をまじまじと見たあと俺のほうを見た。

「初心者が吹く様な曲じゃないわ」

「だめでしょうか?」

「あなたが良ければいいわよ。」

OKが出たことは意外だった。俺は好きな曲が吹けることが素直にうれしく思った。


次に日から、言葉とメロディを吹けることになった。好きな曲を吹けるおかげかフルートの練習がとても楽しくなった。真由の手書き楽譜を見ながら練習をした。真由はいつも通り淡々と指導してくれた。真由は全然楽しそうではなかったが、いやな顔を全くしなかったし、何一つ不満を漏らさない真由に感謝の気持ちが芽生えた。

モチベーションが上がったせいか俺の技術はすごい技術で上昇していった。新しい曲を練習してから5日後にはつっかえつっかえだけど何とか通して引けるようになった。真由は褒めてくれさえしなかったが、一段落したような安堵感をあらわにした。そんなとき祖父が様子を見に来た。

「聞いたよ。大分上手になってきたんじゃないか。」

「うん。楽しいからかだいぶ慣れてきた。」

「ところで真由君、これはどんな曲なのかな?」

「この曲は80年代ポップスで、出だしはバッハのG線上のアリアのような・・・」

真由は音楽の専門用語を何度も使って曲の構成から、必要な技術の説明をした。祖父はうんうんとゆっくりうなずきながら聞いた。祖父は真由の話を聞いた後、申し訳なさそうに答えた。

「ごめんね。私は音楽のことは良くわからないのだよ。楽しい曲なのか悲しい曲なのか作者がどんな意図で作った曲なのか教えてほしいと思ったんだよ。」

「ええと・・」

先ほどまで悠長に曲の説明をしてたのに、真由は答えられなかった。俺は沈黙に耐え切れず答えた。

「この曲は別れの曲で長年連れ添っていた友達と別れてしまう曲だよ。」

「そうか、それは悲しい曲だね。真由君は知らなかったのかな。音楽というくらいだからそういった背景を考えながら楽しむことも大事かもしれないね。」

「すみません。」

「いや、謝ることないよ。真由君は修に教えていて楽しいかい?せっかくいい曲を練習しているようだからもっと楽しみなさい。それが修の為にもなるのだよ。」

「はい」

普段の真由からは考えられないくらい大きい声だった。真由の表情は明るく変わっていて、目は輝いていた。


真由はその日から少しずつだが積極的になっていった。家の手伝いを自分からするようになった。真由はとても手際が悪く、とても女子大生とは思えないような働きっぷりだったが、祖母は優しく、しかも褒めながら真由に家事を教えた。

土曜で学校は休みだったので家族みんなで昼飯を食べることになった。サバの塩焼きときゅうりの酢のものと大根の味噌汁だ。みんなそろったので早速食べようとした。

「このキュウリの酢の物、真由ちゃんが作ったのよ。」

祖母は嬉しそうに言った。真由は真っ赤な顔して照れていた。キュウリの厚みはまばらで、酢の物としては全体的に厚かった。普段料理をしない俺でももっとうまく切れるくらいの出来だった。

「うん、なかなかじゃないか。」

祖父は、笑顔で言った。

「そうよねー。初めてにしては上手にできたよね。修も食べてみなさい美味しいわよ。」祖母がせがむので、酢の物を食べた。味付けは酸っぱめだったけど美味しいと思える範囲ぎりぎりだった。

「うん、美味しいよ。」

俺は、一応ストライクゾーンから出ていなかったので嘘はいなかったつもりだ。真由も上機嫌だったようだ。


昼食を終わった後、俺はいつもの様に境内で空手の練習をすることにした。この日の俺は、真由が上機嫌なことが合って俺も上機嫌だった。その為か、俺は柔軟運動をした後、基本動作を飛ばして、半田流空手の技の練習をすることにした。手始めに『はやぶさ』の練習をすることにした。隼は俺が最も得意とする技で、父に通用するただ一つの技だった。隼は背筋を使って打つ掌底で、半田流空手の中で最速の一手だ。

境内にある名前のわからない太い木に何度も隼を打ち付けた。この日は、いつになく調子がよく今までで一番早く正確に打ち込めた実感があった。

汗が出てきたころ、ジャージ姿の真由が俺の後ろに立っていた。

「修君、私に空手、教えてくれない?」

急な申し出に俺は余り驚かなかった。それよりも初めて名前を読んでもらったことがうれしかった。

少しずつ半田流空手を明らかにしていこうと思います。

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