戦国哀歌31
綾を手伝いながら、自責の念にかられる僧兵の心情。
僧正警護の僧兵は考える。
幸助を生きる屍にしたのは自分だと。
幸助に対して「そちらに行くな」と忠告した時、実は闇のうごめきの中にただならぬ気配を感じたのに、自分は的確な忠告が出来ず「闇が深いからだ」と注意を促すだけに留まり、その結果幸助は毒矢に射抜かれてしまった。
その顛末については幸助以外誰も知る由はなく、自分の胸の内にある秘め事となっている。
あの時、的確な注意を促していれば幸助は生きる屍にはなってはいなかった。
己の至らなさに悔いだけが残っている。
言わば幸助は自分の身代わりとなり、生きる屍になったのだ。
そんな罪悪感にうちひしがれ、僧兵は自責の念にかられている。
だから出来る限り綾を手伝い、幸助の面倒を見るのだが、かいがいしく幸助を介護する綾が不憫でならない。
あの時、幸助ではなく自分が歩き出し、毒矢に射抜かれていれば、見る事は無かった幸助の憐れな姿。
後悔は先に立たないのを重々承知の上で、僧兵は不甲斐ない自分を責め苛み、罪悪感にうちひしがれつつ、綾を手伝っている。
後悔の涙を隠しながら手伝っている。




