戦国哀歌220
わしは生きている。死ぬでないと、綾が幸助に言った。
茜色に染まっている空が真っ赤な炎の空に変わり、その炎の中でおとうたる僧正が焼かれ悶えている姿を、幸助は二つの晒し首と一緒に泣きながら眺め、それを下にいるもう一人の自分たる影が、眼が無い筈なのに愛でるように眺めながら幸助と手を繋いでいる。
そしてその情景が縮み一本の蝋燭の炎となり、幸助の眼を打って、幸助が眩しいと感じたその刹那、その眩しさが短刀となって、幸助はその短刀を掴み、抜刀して鞘を畳の上に静かに置いた。
暗がりの中、又背後にいる黒い影たる自分が、己の意思決定を強く促して来る。
「介錯が無い故、心の臓を突くが良いぞ」
泣き笑いの表情を浮かべ、幸助が短刀を逆手に持ち、心臓の前に突き立てようとした、その時。
燈籠の炎が揺れながら綾の声となった。
「止めろ。幸助!」
幸助が眉をひそめ尋ね返す。
「綾?!」
夢幻のごとく炎が燈籠を掻き消し、綾の声となり、闇の中で風も無いのに漂いながら、揺れつつ喋る。
「幸助よ、わしは生きている。死んでなんかいない。じゃから幸助よ、死ぬでない。死んではならぬ」
背後にいる影が口も無いのに息を吹き、強い風となして漂っているその炎を消してから、燈籠をめくるめく再現し言った。
「今のは死んだ綾の亡霊。あんな声に惑わされず早く心の臓を突くが良い」




