戦国哀歌17
わしは寺には赴かないと長老は言った。
僧正の命を受け、幸助が長老の住まいを訪れた。
干し芋を嘗めるように食しながら、長老が言った。
「わしは寺には赴かないぞ。この庵で良いのじゃ」
正座をしている幸助がにじり寄り言う。
「しかし長老、独りでは危険過ぎます。僧正も心配している由にて、よろしく検討の程お願い致しまする」
長老が干し芋を租借して飲み込んでから、微笑み言った。
「幸助よ、人は人を殺すが、人は木を見て殺すか?」
幸助が答える。
「いえ、殺しません。捨て置きます」
長老が微笑みを絶やさず言った。
「その通りじゃ。それが人の世の習いならば、前田勢はわしのこの庵を木と見て、やり過ごすに違いないではないか。違うかの。幸助?」
幸助が訝り質問する。
「それは長老が陰陽術を用い、敵の眼を欺く所存ですか?」
長老が遠くを見詰める目付きをしてから答えた。
「わしは陰陽術など用いない。幸助よ、お前はわしを知っておる。だから、わしを人間と見て心配し、こうして訪れるわけじゃ。じゃが前田勢の者はわしを知らぬ。知らぬから、わしとこの庵を木と見ているわけじゃ。その証拠にわしのこの庵は一度として、前田勢の襲撃を受けていないではないか。幸助よ?」
幸助が呆気に取られた風情で言う。
「前田勢の者共がこの庵を一本の木として見ているのが、長老には分かるのですか?」
長老が愉快そうに微笑み言った。
「そんなところじゃ」




