戦国哀歌154
大僧正が震え出し、もう駄目じゃと動揺する口調で言った。
一同通用口を潜り、大人数の隊列を組んで見回りをしている信長勢の兵士達の眼を盗み、小川の周囲に生い茂る葦の陰に身を潜めていると。
畦道を軍馬が走って来て、伝令の武者が「一人も逃がすな。皆殺しにしろ!」と言う号令を掛けながら通過して行った。
寺の裏庭とは違う、その緊迫した状況を前にして、大僧正が震え出しうろたえ、言った。
「これでは猫の子一匹とて逃げられない。皆殺しされてしまうぞ」
大僧正と同じくほふくしている僧兵頭が冷静そのものの口調で答える。
「とにかく夜が来るのをここで伏して待ち、山に逃げ込んで難を逃れる由にて、辛抱の程よろしくお願い致しまする」
大僧正が涙目になって震える声で否定する。
「待ち伏せしている者。隊列組み見回りしている者の数余りにも多く、彼等の眼を盗んで山に逃げ込む事能わず。例え逃げ込めても、山狩りに会い、捕縛され蹂躙惨殺されてしまうのが落ちじゃ」
僧兵頭が小声で宥める。
「投降したとて、討ち取られる事に違いなく、それならば一縷の望みを捨てずに山に入るしかありません。御辛抱の程を?」
大僧正が片手を面前に掲げ、囁くように念仏を唱えてから言った。
「相、承知した」




