戦国哀歌
信長の死生観と一向衆の死生観を作中対比させつつ、戦国時代を生きた人間の激烈なる心模様、相克、葛藤、人間ドラマを力の限り描いて行きますので、よろしくお願いします。m(__)m
死を恐れない一向衆門徒も恋には落ちる。
田園風景が広がる畦道。
一向衆門徒である僧服を纏った幸助が村外れの巨木の下で落ち合う事になっている綾に向かって手を振った。
それに向かって手を振り返す綾。
空は良く晴れ渡り、田園に降り注ぐように雲雀の声が聞こえている。
幸助が小袖の着物を纏った綾の処に辿り着く直前、足を畦道に取られ、たたらを踏み転びそうになるのを、綾が手助けするように手を差し出して、幸助は転ぶのを免れた。
綾が笑い、幸助も笑う。
綾が言った。
「刀を持たせたら天下無双の幸助も畦道には手を焼くのか?」
幸助が笑って答える。
「能わずじゃ。畦道は刀では斬れないからの」
綾が笑いを収め真顔で言う。
「前田勢の奇襲は隣村にまで及んでいるからの。油断も隙も無いわ」
幸助が相槌を打ち答える。
「そうじゃの。前田勢は寺や道場だけではなく、民家も焼き打ちにしている残忍さじゃからの。殲滅せねばならないの」
綾が尋ねる。
「前田勢の砦を攻めるのか?」
幸助が即答した。
「そうじゃ。やられる前にやるだけじゃ」
当時、信長配下の武将に依る一向衆掃討戦は苛烈を極め、一向衆の者と見れば、老若男女問わない、すこぶる残忍な手口で惨殺殺戮されているのが日常茶飯事となっていた。
だが死を恐れない一向衆門徒達も徹底抗戦の布陣を敷いており、戦況は予断を許さない有様となっていた。
綾が言う。
「奴ら前田勢は人を虫けらのように葬るだけではなく、田畑も荒らし根絶やしにするからの」
幸助が答える。
「それはそうじゃ、兵糧を絶つのが第一義じゃからの。きゃつらにすればそれは当然の事じゃろうて」
綾が太陽を一瞥してからおもむろに言った。
「今日は暑い位じゃの。汗をかくわ」
幸助が相槌を打った。
「そうじゃの。暑い位じゃの」
恥じらう仕種をしつつ綾が幸助の手を握り言った。
「私が育てたたんぼ、護ってくれよ、幸助?」
手を握り返し、顔を赤らめて幸助が答える。
「分かった。わしが護り通して見せるわ」