プロローグ
雨が激しく降っていた。
人々は家で暖かな団欒に包まれている
ようだ。温もりに包まれ、光の中で暮らしている。キラキラした笑顔がこんな嵐の日にも
変わらずに、途切れずに溢れていた。
彼は、その中を傘もささずにパトロールを
していた。17歳くらいの少年が、雷に照らされながら一人雨に濡れている。
暖かな光はそんな彼には届かなかった。
「あ、あなた、ど、どうして…。」
そんな中での一つの出来事。
それは、世界にとっては些細な出来事。
しかし個人にとっては一大事だった。
「憎い。俺は、俺は!!!お前たちに代わって、労働や、 雑用なんかを全部押し付けられてきたんだよ!?なんだ、こんな世の中!?」
父親が、狂ったように震える母と娘に吠えていた。
綺麗なシャンデリアを模した電飾は彼の持ったゴルフクラブによって見るも無残に破壊されていた。
「お母さん、お父さんはどうなっちゃったの…?」
ガシャンッッッッッ!!!?
写真が落ちる。
3人でピクニックに行ったのだろうか?ニコニコ笑顔で、綺麗な光の中に包まれていた。
「おい、ふざけんなよっ!?俺が知らないところで!?俺が暗い工場の中で、毎日幽閉されるように働いてるのに!?何も対価もなくて、ただ絶望に耽るだけの毎日の中!!!てめぇらは!!!てめぇらは、一体何をしてやがった!?」
ドガッッッドガッッッドガッッッ!!!
父親は母親の体を力一杯に凶器で殴りつけていた。
「いやっ!いや、やめてぇぇぇ!!!」
母親は我が子だけには危害を加えまいと必死でその上に多い被さる。はちきれるように娘は泣き出した。
「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇよ!!!人の苦労を全部勝手に、消費して!!!俺はお前たちの奴隷か!?このゴキブリ供が!ハハハ、まぁ、良い。まずはお前らからだ。お前らから殺してやるぶち殺してやる!!!」
唐突に彼は、手を上に差し上げた。すると、そこには、拳銃が、握られていた。次第にそれは肘近くまで一体化し、手首から上だけがわずかにグリップを握っているのが見えるほどに変化する。
「すぐには殺さねぇ、そんなんじゃ俺の怒りは収まんねぇから…。」
パンッッッ!!!
同時に悲鳴が炸裂する。
彼女の足から赤黒い液体が凄まじく流れ出た。
パンッッッ!!!
もう一方にも大穴が空く。
また鉄の匂いが撒き散らされた。娘はますます大きな声で泣き始める。
「そうだ、フッククっ…ハーフチャージで打ってみようか?」
ズズズズズッッッ!!!!!
青い光が銃口に吸い込まれる。
「フハハハッ!?銃器系付加価値魔法…、青色、銃弾!!!」
銃弾のスピードが倍ほどに跳ね上がった。そして、着弾とともに、衝撃が辺りに撒き散らされる。それは荒れ狂う蛇のようにのたうち回り。
腕が飛んだ。
絶叫が迸る。
そして遂に、残忍な顔をした父親は自分の妻の頭に銃口を向けた。
「あ、あな、た…。」
「ざまぁ、みろ。クソ野郎。クック…。
フルチャージっ!!!」
母親が涙を浮かべる。
「あばよ、虫けらぁ…!!!」
「どう、して…?」
パァァァァァァァン!!!!!
頭蓋骨が容易く砕かれた。
ゴトリ。
と、母親の体が床に崩れ落ちる。首もない。もはや原型すら分からない。しかし、彼にはそんなこと知ったことではないらしい。
「ヒャヒャヒャ!!!」
バァァァァァンッッッッッ!!!
もっとぐちゃぐちゃに。
「アハハッッッッッ!?」
パァァァァァンッッッッッ!!!
動きもしない死体に向かっても。
「見たか!?」
パァァァァァンッッッッッ!!!
未だ楽しむように。
「見たかぁぁぁッッッッッ!!!!!」
バァァァァァンッッッ!!!
自分の存在を見せつけるかのように、彼はその轟音を撒き散らした。
「クフフ、アヒャ、プクククッッッ!!!」
「お母さん!お母さん!!!うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
もう固体ではない母を見て、娘は錯乱し、混乱し、狂乱した。
メガネに着いた返り血を適当に拭き、冷徹な目で父親は娘を見る。
「おい、ガキ、黙れ。」
そして、そう言い放った。そのあまりの恐怖に少女は言葉が出なくなってしまう。
銃口が頭に向いた。罪なき人間が、また一人処刑をされる。
「フルチャージ。ヒッヒヒ…。」
青い光が、一気に溜まって行く。溢れんばかりの光が銃の内を満たしてゆく。
これは、少女の残りの寿命だ。これが全部溜まった時、
死ぬ。
震える少女は最期に最後の勇気を振り絞りそしてこう呟いた。
「お、お父さん…、なんで、なの…?」
父親はそこで初めて会話に取り合った。冥土の土産だ、とでも言うかのようにこう吐き捨てた。
「お前らが、そして、俺が。憎いから。」
少女の頭蓋骨が、いとも簡単に貫かれた。救いなど、当然、
ありもしなかった。
「銃声?システムバグか!?」
銃声が聞こえてくる場所へと少年、小暮裕也は急行した。
やっとたどり着いたのは一軒の家。電気は灯いていない。塀越しに、ガラス戸からちらりと見えたのは、倒れた血まみれの何かと、ぺたりと地面にへたり込んだ少女。それに、その頭に向けられた拳銃。
「やめろッッッッッ!!!!!」
もう、遅すぎる。
パァァァァァァァンッッッッッ!!!!?
何度となく見た脳漿が飛び散るその光景。振るわれる圧倒的な理不尽。
「ふ、クククッッッッッ!!?アッハハハハッッッッッ!!!楽しい!人を殺すのがこんなにも楽しいなんて!!!罪深いゴミを俺の手で裁くのがこんなにも楽しいなんて!!!」
意味もなく発砲を繰り返す。狂っていた。
女子供。容赦は全くなかった。全くの無抵抗な彼女達は、結局なぜ自分があんな目に遭うのかがわからないまま殺されたに違いない。そして、なぜ、自分たちの大好きなお父さんに殺されたのか結局知らないままに死んだに違いない。
それが、一番許せなかった。惨すぎる光景に未だ慣れることができていない彼へと、急激な吐き気が襲った。それを吹き飛ばすように、彼は大声で叫んだ。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
気がついたら、日本刀を思いっきり鞘から
抜いて、手近にあるブロック塀を、力任せに
切り崩していた。多分、その音に気がついたのだろう。
「あぁ!!!また、今度は標的がノコノコやってきやがったなぁ。クハハッ!?また、痛ぶれるぞ!!!罪人を!!!徹底的にぃぃぃ!!!」
パリーーーンッッッッッ!!!!!
目の前にあるのが邪魔だから潰した。そんな感覚で、彼は近くの壁ごとガラスを吹き飛ばし、家から飛び出した。雨を気にする様子は全くない。人を殺しさえできればなんだっていいのだろう。小暮はその態度にすら嫌悪感を抱いた。
「ヒヒヒッ!!!ヒヒヒッッッ!!!」
「狂ってる、な…。いつ見ても君たちは。」
無表情よりもおかしな。気持ちの悪い引きつった愛想笑いを貼り付けて、小暮は彼を見つめていた。小暮は知っている。この人も被害者の一人で。もしかしたら、さっきの二人なんかよりも救い用がないということを。それでも、小暮は。自身がどんな表情を貼り付けているのかが分からなくなるほど、押し殺せない怒りとやるせなさを感じずにはいられなかったのだ。
「狂ってる!?俺たちを散々こき使ってなんの報酬も無いこいつらを痛ぶることが かぁ!?ヒャヒャヒャ!!!ばっかじゃねぇの!?普通これくらいするよな!?まだまだ、足りないよなっ!!!?」
怒り狂った一家の主は感情に任せてそう言った。
「本当に、ごめんな。君たちを生み出してしまった僕たちにも責任はあるよな。」
小暮は、できる限り感情を押し殺した。油断したら死ぬのは分かり切っている。ここで感情に流されるわけにはいかない。
「なんだ、命乞いかッッッッッ!!?おっせぇなぁ!?俺に会っちまった時点でテメェの死刑はきっかり決まり切ってんだよっ!!!」
そのまま、彼は小暮に銃口を向ける。
「あ、そっか。勘違いさせちゃったね…。」
彼はそして、剣を鞘に収めた。その動作を見て男は怪訝な顔をした。
「諦めたのか…ま、命乞いなんかするより早えわなっ!!!!!」
直後に銃弾が放たれる。
しかし小暮はそのまま、目視でそれを避けた。男は驚きに大きく目を見開く。
「先に謝らないと、もう聞いてもらう機会はないしね…。だから、殺して本当にごめん。」
言葉を発した直後、
小暮は彼の目の前から消失していた。
居合。
気がついたら、小暮ははもう、男の後ろで
刀を鞘に収めていた。刀には血の一滴すら付着していない。言語を発生させる隙すら与えなかった。
「ぁ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁぁ…。」
男が最後に言えたのはこれくらいのものだった。
そして
ズルっ。
と少しずつ傾いた。
首が。
直後。
ズズズズッッッ………。
と、ずり落ちた。
凄まじい血しぶきが道路の水たまりに色を加えてゆく。
「本当に。ごめんね。」
降り続く雨の中。彼は、荒らされた家の中を外から覗き込み、そして、手を合わせた。
「僕の力不足で………。間に合わなくて、本当にごめんね…。」
雷がまた、彼の顔を照らす。
頬を伝っているのは雨か涙か。
彼は自分でもわからなかった。