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未完作品集

『戦国戦記オンライン ~君はこの乱世で生き残れるか?~』 【お試し版】

風早ルイ:19歳 大学生 水森茅野:17歳 高校生 風早夏燈:15歳 中学生

幼馴染三人。家が近くで母親友達繋がりで小さい頃からよく遊んだ。


――――――――――――――


冬。

暦の上ではもうすぐ春だというのに、冬将軍がまだ居座っている二月。

雪は降っていないがそれでも凍えそうなほど寒い。受験生が最後の追い込みにもがき苦しみ、喜びと絶望の境目を隔たれる、心まで寒くなるこの時期。この街。この日。

都会の街中でコートにマフラー、ブーツに手袋と云う完全装備をした少女が一人、携帯を弄っていた。


「――もしもーし、母さん? うん、うん、元気にやってるよ。大丈夫、今月は三食抜いたことはないから。うん。仕送り増やさなくていいよ。バイトも順調にこなしてるから。…………うん、大丈夫。単位は大丈夫。それよりさ、そっち、夏燈の受験は? ヤバいって聞いてたけど大丈夫?………受かった? そりゃ一安心(ひとあんしん)じゃん。良かったね~。うん、うん。明日そっち帰るから。鍋の容易でもしといて。ごじゃ寒くて適わへん(とても寒くて嫌になる)から、温まる(あったまる)もんがええねん。うん、うん、りょうか~い。彼氏? 出来るわけないやろ」


ブツッ。

携帯の電源を苛立たしげに切り、都会の雑踏(ざっとう)を歩き出しながらボソッと呟く。

「彼氏なんて、出来るわけあらへんやんか。つか、自由束縛されるくらいならいらへんよ」


彼女の名前は風早ルイ。

年齢はもうすぐ十九歳。田舎から上京してきた東京の大学に通う女子大学生である。

彼女は昨今、絶滅危惧種といわれる〔大和撫子〕に分類される容姿をしていた。今時珍しい一切染められていない艶やかで豊かな黒髪セミロング、化粧っけのない雪のように白い肌、ややたれ目の愛嬌がある童顔の顔立ち。美人とは断定できないが決してモテない訳ではないのだ。中学や高校でも何回か告白は受けたし、バイト先でも告白されたことも有る。だが、彼氏いない歴=年齢という彼女。奥手が過ぎて心はもう三十路のおばさんと似たようなものだ。

(サークルも部活も入ってへんし、女子校大学でどうやって作れっちゅうねん)というのがルイの言い分である。だが、それが言い訳だと彼女自身、心の奥底で気づいている。


「チッ、夢なんて、見てもいいことあらへんのに……」


空を見上げれば重たい曇天。今にも雪が降ってきそうだ。ルイは家路を急ぐ。はやく帰って実家に帰る準備をしなければいけないからだ。今日中に出る夜行列車に乗らなければ間に合わない。ビルに取り付けられたモニターから流れる、最新ゲームのCMの音が、哀しく響いていた。







 二週間前に訪れた受験会場にて、掲示板に張り出された結果を前に喜びの雄叫びを上げる少年が居た。


「ぃよっしゃーーー!!!! 見たか姉貴!! おれだってやれば出来るんだよ! もう馬鹿になんかさせねえぜ!」


如何にもスポーツマン然とした精悍な顔立ちに、勝ち誇った笑みを浮かべる。少年の切れ長なツリ目が一瞬、彼方の空を見つめて狼の如く獰猛な光に輝く。


「おつかれ夏燈! わしの方も受かったで! これで一緒の学校に行けるな」

「おう! 智樹、これからも練習試合でおれの相手よろしくな」

「うげ~…、それは勘弁。」

「あははははははっ」


友に向ける彼の目は、未来を見据えて輝いていた。彼が受けたのは偏差値70を超える地元でも有名なエスカレーター式の公立高校。スポーツが盛んなことでも有名な学校だ。その受験に見事、彼らは受かったのである。智樹と呼ばれた少年は文武両道で知られた好青年だったが、夏燈はスポーツ馬鹿だ。勉強もそこそこは出来るが怠けがちで、去年の夏ごろ、中学の担任教師に「このままではどこにも行くところがありません。諦めてください」とまで言われていた。それがこうして無事、受験に受かったのである。奇跡だ。喜ばずにはいられない。


「よしっ、早速仲間集めて合格祝いでもするか」

「受験失敗した奴も呼んでからかってガス抜きしてやろうぜ」


二人は喜色満面で、合格発表が終わっているであろう中学の友人たちに、電話をかけまくる。夏燈の合格を伝えると皆一様に驚き、暫らく過ぎるとクラスの半分ほどが一緒に騒いでくれることが決まっていた。


「あ、いたいた夏燈。あんた受かったんだって?」

「おう、楽勝だった」


男女問わず集まって来たクラスメイト達に夏燈は胸を張っていい笑顔を見せつける。だが、

「ウソこきなさいよ! 秋ごろ夏燈がこの世の終わりのような顔して智樹に泣きついてたこと、わたしたち知ってるんだから!」

「そうだぞ~。」

一斉に反論され、夏燈は狼狽える。

「なっ、なんで知ってるんだおまえら……」

「夏燈は人気者だからな。」

「いや~、毎年ながら二月一四日のラブレターやチョコの山の量が楽しみですな。『おとん』はん?」

重く頷く寡黙(かもく)な友人とクラス№1の曲者(くせもの)の友人の背中をどつき、彼は吼える。

「うるせっ。貰ってもテメエらにはやらねえからな。」

「いらねーよ。ばーか」

「わしがお前に勉強教えてやらなければ、今頃どうなって居たかのう? いやはや…」

眼鏡を押し上げて智樹が「だから奢れ」と無言で催促すれば、

「感謝してるよ。だから黙れ。はやくゲーセンかどっか行こうぜ!」

代わりに肩を組まれて有耶無耶にされる。智樹を含めた友人たちは呆れるやら吹き出すやら、なんだかどうでもよくなり笑いだす。

「しょうがないね。じゃあ打ち上げに……」

「レッツ、ゴー!!」

まったく、ノリの良いクラスだ。保育園や小学校から一緒の奴が多いからか、自分のクラスはとても仲がいいと思う。明るく活発で、一緒にいて楽しい奴らだ。どうせならみんな同じ学校に進んでまた馬鹿やれたら――……いや、高校行ってもまたこうやって集まればいいんだ。簡単なことじゃないか。何も一生会えない訳じゃないのだから。


「で、どこ行く?」

カラオケにしようか、レストランにしようか、ボーリングにしようか、いっその事全部やってしまえ! など騒々しくひとしきり騒ぎ、会場を後にしようとして夏燈と智樹は思い出した。


「……そういえば家に合格したこと伝えてへんな」

「忘れとった。わしもしてへん。かーちゃんにどやされる!!」


「なにやってんだよお前ら」

「君達、はやく行くよ。」

「バスが出る」

「どーしたの?」

「夏燈と智樹が親に合格発表報告すんの忘れてたんだってさー」

「うわ、だっせ! うひゃひゃひゃひゃひゃっひゃっ」


騒ぐ男の友人共の頭をスパンッ、と小気味良く叩き、

「今日はおまえらの奢りな?」

「うげっ、そんなえげつないこというなよ。俺ら友達だろ?」

「いいからいいから。」

「今日は男どもの奢りだー!!」

他の受験生の羨ましそうな視線を浴びながら、やんやの喝采。

如何にもインテリらしい友人が仲間を先導してバスに誘導する。

「とにかくおまえら早く連絡入れろ。先行くぞ」

「待て。すぐ行くから待て。」

「おう、先行っていいぞー。すぐ追いつく」

「どっちだ?」

智樹と夏燈は顔を見合わせ、先に行けと手を振る。


「じゃあな。すぐに追いついてこいよ?」

「わーってるって」

「別に待っていてくれても……うぐっ」

夏燈が気を利かせて智樹を軽く小突く。

「ああ、すぐ追いつく思うから、先始めとってくれや」



二人は携帯でそれぞれの家に電話を掛ける。


「もしもし――」


暫らくして、智樹は夏燈の顔が強張っていることを悟った。


「大丈夫なんか?」

「何が?」

「なんかあったん?」

夏燈は考え込むように目を瞑り、どうしたもんかと覗き込んで来た智樹の顔を見る。

「……姉貴が東京から帰ってくるンだとさ」

「へぇ~、あの何考えてるかわからない変人のお前の姉ちゃんが? いつ?」

「明日。今日の夜間列車で」

「ふ~ん?」

「明日は鍋だ。」


スタスタと自分を置いてバス停に向かっていく夏燈。幼いころからの付き合いだが、相変わらず傍若無人と云うか、なんというか。


「ちょっ、待ちやがれ。わしを置いていくなしっ」


夏燈の周りには、小さい頃から男女問わず人があつまる。


「早く来いよ。本当に置いてくぞ~?」


制服のズボンのポケットに手を突っ込み、振り返ってニヤリと笑う夏燈を自分は追いかける。幼いころから変わらないやり取り。


『背高のっぽ』やら『おとん』などのあだ名通り、背が高く実年齢よりも大人びたお前の周りにはいつも人が集まる。まるで光に吸い寄せられるようにお前の不思議なカリスマ性に引き寄せられて、みんなみんないつのまにか笑っとう。わしもその一人や。


「夏燈! これからもよろしゅうな!」

「なんだよ藪から棒に。気持ち悪い…」


願わくば、ずっとこのまま、こいつとの交流が続きますように。



「おっそいよ二人とも~!!」

「もうバス出ちゃったよ?! どうしてくれんのさっ」

「悪ぃ悪ぃ…。つか、待っててくれなくても良かったのに。」

「わざわざ待っててくれてサンキュっ。なに? そんなにお前らわしのこと好きなんか?」

「バッカ、あんたなんてお呼びじゃないのよっ」


――ああ、本当に、このバカ騒ぎが、いつまでも続けばええのになぁ。


「智樹! 早く来いよ」

「おう、今いくでっ」


その日、夏燈とその友人たちは合格祝いにカラオケとボーリング屋を回り、三次会まで行って騒ぎに騒ぎ、帰って親に叱られたのは余談である。






「えっ! 東京の大学にいっていたルイちゃんが帰ってくるの!?」


自宅の食卓を囲んでいた時、母親の言葉に驚いて立ち上がりそうになる少女が居た。


「そうなのよ! 風早さんちのルイちゃんが通っている大学は、二月中旬でもう春休みらしくてね。それに夏燈君の高校合格が決まったでしょ? いい機会だからってお祝いで鍋でもって話になったらしくてね。ウチも一緒にってご相伴にあずかることが決まっちゃったから、茅野(かやの)、明日一緒に風早さんちに遊びにいくわよ!」

「もうっ、お母さんったら強引なんだからっ」


母親に向かって口をとがらせて軽い文句をいう彼女の名は水森(みずもり) 茅野(かやの)。御年17歳。天然ウェーブの茶色がかった黒髪にしっかりと芯がみえる眼差しを持った平凡な顔立ちの可愛い娘である。茅野はゆっくりした口調でまったりと食事を再開する。


「だけどそっかー。なんだか久しぶりだね。一年ぶりくらいかな?」

「そうねぇ。あんたもルイちゃんと夏燈君も家が近所なせいもあってほとんど産れた頃からの付き合いだったけれど、大きくなってから最近はとんと会わないものねぇ。わたしも会うのが楽しみだわ」

「わたしも~。ルイちゃん、どういう風になってるかな? 金髪とかに染めてたりして」

「ないない。きっとない。ルイちゃんは案外めんどくさがりだもの」

「だよね~。それに金髪は若白髪と禿のもと! 髪染めるくらいならゲーム買うか本買うわ。って言いそうだね。ふふふ」


茅野はルイの口真似をして思い出し笑いをする。そして、遠くを眺めた。


「早く会いたいな~。ルイちゃん、夏燈くん」



 約半年ぶりにルイが実家のある播磨地方の高砂という田舎に帰ってみると、


「あ、ルイちゃーん!」

「あ。カヤちゃん」


 駅までルイと彼女の四つ下の弟の夏燈の幼馴染である水森茅野が大きく手を振って元気よく出迎えてくれた。


「久しぶりねっ、ルイちゃん! あいたかった~!」

「大袈裟な。たかだか一年程度でしょ?」

「ルイちゃんにとっての一年は一日と変わらなくてもわたしの一年は長いの! ひさしぶりにあったんだから普通に久しぶりって返してくれてもいいじゃないっ、もうっ」

「ごめんごめん、うん、改めまして『久しぶり』」

「それでよし!」


茅野はその場でくるりと方向転換。苦笑して少し引いているルイの手をとって、遠慮するルイを押しやり、彼女の荷物の一部を手にとり歩き出す。


「じゃ、いこっか。お母さんたちと夏燈君が首を長くして待ってるよ」

「うん、そうだね。(夏燈あたりは多分、渋面で待ってるんだろうけどな。早く食べたいのに食べられなくて焦らされた犬みたいに。ま、どうでもいいけど)」


家の軒先までつくと親たちに娘たちが心配だから外を見て来いと追い出されたのか、夏燈が小さな雪だるまを作りながら待っていた。彼は雪を踏みしめる足音に気付いて、ルイと茅野にそれぞれ種類の違った一瞥をくれる。


「遅い」

「うん、電車が遅れた」

「ごめんね夏燈君。すぐにご飯にしようってお母さんとお父さんたちに云うから」

「茅野は気にしなくていい」


まったく悪びれた様子のない姉にはジロッと剣呑な視線を向けて、茅野には友好的な態度で姉の荷物を代わりに持つ。


「あ、いいよいいよわたしが持つから!」

「いいんだよ別に」

「あ、ありがと。こっちで持つけど?」

「姉貴は黙ってろ」

「ほ~い」

「鍋が冷める。早くあがれ」



食事が始まるとわいわいどんちゃん、宴会騒ぎ。両家の父親たちは酒の飲み比べを始め、母親たちは昔を懐かしんで話に花を咲かせ、子供たちは勝手に鍋から具材をよそっては時折会話を挟みつつもくもくと食べる。いつもの光景が広がった。


「そういや来年あたりに市が頑張って大河ドラマ押してるんですって!」

「高砂“市”も姫路“市”も赤字続きらしいからね~。大河で観光客狙おうと必死なんでしょ。なんだっけあの姫路の軍師」

「黒田官兵衛。略してクロカン」

「ルイ、あんたよく知ってるわね~!」

「ん。ゲームに出てた(戦国婆娑羅)。漫画やアニメにもたまに………」

「へえ~! 最近のゲームは随分と進んでるんだねえ! あたしはどうにもその手のには疎くって」

「あはは! わたしもよっ、まあゲームでも漫画でも勉強になるならそれでいわ」


わはははは! と馬鹿笑いする母親たちにルイは溜息をつきたい気持ちで肉ばかりつつく。


「ルイちゃん、野菜も食べないと体に悪いよ~?」

「知らない。緑の野菜とねばねば嫌い。とろろも嫌い。納豆もいや」

「そんな……子供みたいに」

「イモとキャベツは食べてるんだからそれでいいでしょ?」

「(それだけじゃん。あと玉ねぎとか、ネギとか)」


父親たちの相手をしつつ偏食(へんしょく)を心配する茅野をよそにルイはもくもくと偏った食事を続ける。夏燈に関しては美味いのかどうかすらわからない。ひたすら黙って野菜を食べている。たまに問いかけてくる親たちの質問などは答えるが、微かに眉間に(しわ)が寄っていた。そして姉と無言の肉争奪戦を繰り広げ始めている。茅野にはこの(きょう)(だい)の仲がいいのかどうかわからない。互いに無関心なのかそれとも一緒にいることが気にならないのか、この二人の間で会話は少ない。だいたい無言のうちになにかが始まって、また無言のうちに何かが終わっている。茅野からみても親たちから見ても不思議な姉弟関係だ。そして茅野は決まってこの二人の間でおろおろしつつ仲を取り持つ。それが幼い頃から幼馴染三人の人間関係である。




両家合同の鍋パーティが終り、茅野、ルイ、夏燈の三人が並んで近所を散歩していた頃。その時事件が起こった。


「な、なに!?」

「うわっ!?」

「!?(………あ、地面が歪んでる~)」


 世界の時が一瞬止まり、次に動き出した時、三人が歩いていた公園から、彼らの姿は忽然(こつぜん)と消えていた。




 この至極(しごく)平和な世界から、三人の姿が消えた瞬間(しゅんかん)だった。




「ようこそ! Ladies(レディース)and(アンド)・gentleman(ジェントルメーン!)!」


ふっと聞こえて来た底抜けに明るいハイテンションの声。目を覚ますとそこはどこかでよく聞いたことのあるような『真っ白い空間』というヤツであった。


「なあに、ここ………?」

「なんだこれ………?」

「(夢だなこれ、夢だ。)よし、とりあえずぶっ飛ばせばいいんだナ!」


茅野は驚いた様子で辺りを見回し、夏燈は身を起こして地面を確かめるように地面を触り、ルイは小説で得た知識やらなにやらから夢だと判じて、とりあえず五月蠅くした声の主をぶっ飛ばそうとファイティング・ポーズをとる。三者三様の反応を示す彼ら幼馴染三人、茅野と夏燈の行動は当たり前の反応として、最後のルイの反応に声の主は慌てた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! これは夢じゃない! I’m(アイム) not(ノット) dream(ドリーム)! 僕は神さ! I(アイ) am(アム) God(ゴッド)!」

「知るかボケェ! わしは英語が大っ嫌いなんじゃ! なんじゃその難解な早口は! まだベトナム語やインドネシア語や中国語の方がマッシぞいっ」


訳のわからない稚拙な論法を吐き捨て、ルイはその短い脚を振り上げる。そのまま胡散臭い英語を吐く年齢不詳の子供(?)に襲い掛かった。


「そんなのMe(ミー)は知らないよ! まてっ、マテ待て待て! Wait(ウェイト)!」

「………ルイちゃん、なにしてるの?」


短い脚で猛烈に神と己を自称する痛い子どもと壮絶な攻防を繰り広げるルイを見て、茅野は呆然と疑問を呈し、夏燈は天を仰いだ。


「だから待てって言っているだろう!」

「あれ?」


 自称神が怒鳴る。瞬間、ルイは体の動きが封じられて首をかしげた。


「ふぅ、やれやれ。突然襲い掛かってくるなんて非常識にも程がある」

「自分を神と自称する人は痛い人であり非常識じゃないのか?」


三人の中で一番年若い夏燈の言い分に茅野は頷き、ルイは「神自称。これ痛い人。ネット住民の常識」と云い添えて睨まれる。


「黙れ。Meは自称ではなく“神”である。風早夏燈」

「どうして俺の名を………」

I(アイ) know(ノウ). 知っているのかって? You(ユー)だけでなく、君達も知っている。I know. 水森茅野。風早ルイ」


名前を呼ばれた三人はそれぞれ自称、神に胡乱な視線を向けた。だが彼は構わず両手を大きく広げて宣言する。


「Meは君たちに頼みごとがあるんだ!」


「「「頼みごと?」」」


三人の声が見事にユニゾンする。


「そう! このゲームソフトを知っているかな? You see?」


自称、神は一枚の四角いソフトを取り出して提示した。


「そ、それは!!」

「今話題の新作ゲームソフト!」

「あ、確か戦国時代をモチーフにしたゲームだったよね?」


風早姉弟と水森茅野の間にはこのゲームに対して温度差があるようだ。食いつき方が明らかに違っている。ギラギラとした視線をゲームソフトに向ける風早姉弟に対して至って普通の様子で昼間見たコマーシャルを思い出す茅野。彼らに向かって自称、神は満足そうな笑みを浮かべて頷く。


「そう。今話題の新作ゲームソフト『戦国戦記オンライン ~君はこの乱世で生き残れるか~』さ」


「爽快度の高い無限のアクションと技術力の高いグラフィック! 歴史を読み込みリアルに近づけた別世界の日ノ本戦国史、美人美男美女武将との多数恋愛イベントや内生、戦争、文化交流、プレイヤー操作キャラのメイキング自由度の高さなど多数の業界で話題のあの戦国戦記オンライン、だ と !? くれ! ちょうだい! いや、やらしてくれ!!」


目が血走っている。


「おや、詳しいね。さすが重課金ゲーマー。バイト代のほとんどを趣味に注ぎ込んでかつかつの生活をしていることはあるというわけだ。It’s right!」


「うぐっ」


声が詰まった。


「姉貴………」

「ルイちゃん………」

「な、なんや二人ともその目は!? ちょっと本音が漏れただけやないかっ。残念なものを見るみたいなめでうちをみんといて!」


弟と幼馴染に引かれた上、居た堪れない視線に晒されるルイであった。神はにやにやとしつつ言葉を続ける。


「それでだね、Meはyouたちにこのゲームをもっと面白くしてほしいんだ」

「どういうことだ?」


夏燈の疑問の声が上がり、神は茶目っ気を交えて説明といえない説明をする。


「なに、簡単さ。Easy。Meがこのゲームの世界にyouたちを送り込む。仕事の合間の息抜きにちょくちょくやってたんだけどね、つまらないんだよこの世界。だから、この世界に行ってちょ~っと騒いで来てね♪」


「「「は?」」」


「それでは、ready?」


「NO!!!」


「待てもっと説明を聞かせろ!!」


「なんでっ、なんでわたしたちなの!? 神様って本当にカミサマなの!?」


「カミサマじゃなくてカルディアことカルでいいよ? カルで。 じゃ、いってらっしゃーい!!」


にこやかにカミサマ、カルが手を振ったかと思うと三人が立っていた場所に真っ黒い大穴が開いた。


「きゃ!」

「うおっ」

「おんどりゃーーー!!」


先ず茅野が落ちて、夏燈も続いて落ちた。そして、何故かルイは直前で飛び上がって落下を免れ、カルに拳を振るう。


「ふぎゃっ!?」


だが、


「………な~んてね。君もさっさと落ちな!!」


拳はカルに簡単に掴まれて、巴投げの要領で彼女は大穴に真っ逆さま。


「ぎゃーーーーーーーー!!!」


三人は、カルの目の前から消えた。


「さあて、楽しい楽しい御遊戯の始まりさ。Ⅰ(イ)(ッツ)’s show(ショウ) time(タイム)!」


カルは映し出された多数のゲーム画面を見て、楽しげにそう呟くのでした。




湿った森の匂いがした。


「ここは………どこなんや!?」


周囲を見回せば紅葉の秋の森! 明らかに元居た場所でも先程居た場所でもない。慌てて柔らかい地面に手をついて身体を起こす。ん? 体が………軽い?

不審に思ったルイは視線を下に落した。何故か自分は冬の洋服から、子供用の着物に姿が変わっている。そして極めつきは………。


「あは、あはははははは………まさか、縮ンどるとは………あのお子様、ほんまに神さまやったんか」


ルイの目に映るその手は、常日頃見慣れたモノより小さく、まるで子供に戻ったようだった。いや、違う。本当に戻っているのだ。鏡で見ればわかるが、今のルイの姿は5歳児くらいのもの。19歳の大学生だったルイには少なからず衝撃的だった。だが彼女もオタクと呼ばれる人種の端くれ。これくらい、夢小説やネット情報などで耐性が出来ている。ルイは、早々に現実を受け入れた。


「………これからの生活、どないしょ? 幼児でやっていけるやろうか」


――パキッ。枝を踏む音がした。


「だあれ!?」

「童、貴様こそ誰じゃ。そこでなにをしておる」

「おさむらい……さん?」

「聞いておるのか。この北条領でなにをしておると………待て! 逃げるな! 追えーー!! 追え―ー!!」

「(侍!? 刀! 殺傷能力!! 逃げなきゃ!!)」

「おのれっ、童のクセに忍びの者並みに足が速い女童じゃ! ええいっ、忍びの者には忍びの者よ! いけっ、風魔!」

「(あ、………詰んだ。にげろーーーーーーーーーー!!!!!)」





うだるような暑さと冷たい雫が顔にかかった気がして、彼は目を覚した。


「…………ここは、どこだ」


燦々と照りつける太陽が眩しくて目を細めた夏燈は汗を拭き、状況を確認する。太陽が天に差し掛かっていることから今は昼間。それも正午近くらしい。場所はどこかの街道沿い。ヒトの気配がひとつもないことから、どこかの山奥と考えられる。


「あのガキ、本当に神様だったのか。…………………俺は、帰れないのか?」


不意に夏燈の心に不安が立ち込める。自分の体を自分で抱こうとして気が付いた。


「体が………縮んでいる?」


180㎝以上あった彼の身長は60㎝近く縮み、声も気づいてみれば声変わりする少し前のものに戻っているではないか。夏燈は小さくなった自らの拳を握りしめる。


「俺は………帰れない。この身体じゃ、帰れない………!」


夏燈の体は彼が9歳児だったころのものに縮んでいた。スポーツで鍛え上げられた筋力も腕力もなくなった。幼馴染の茅野も、姉のルイもここにはいない。知り合いのひとりすら居そうにない。夏燈の胸中には不安がとめどもなく立ち込める。夏燈は世界でじぶんがひとりぼっちになってしまった気がした。


「俺は、認めないっ!! こんな現実認めないっ!! 何年かけたとしても、ぜったいに、帰ってやる!! 認めないっ、認めてなんかやるものかっ!! こんな現実、ぜったいに認めない!!!」


夏燈は自分自身の体を抱きしめ、声を押し殺して泣いた。何年かぶりに、泣いた。



そんな夏燈の背後に忍び寄る影があった。


―――ブルルルルルっ、ルルルルルルルっ、ドシィ、ドシィ………。

 何かの獣の唸り声と土を掻く蹄の音。明らかにヤバい警告音。

 夏燈は涙を止めてぎぎぎ、と音がつきそうなくらいゆっくりと後ろを振り返る。


「ブルルルルルル―――!!!」

「……………………はは、マジかよ」


 イノシシが、居た。それもとても怒り狂った状態の立派な角を持った成獣のイノシシが。


 

夏燈の背中に大量の滝汗が流れて睨み合う事数瞬。猪が雄叫びを上げて襲い掛かって来た!!


「ぎゃーーーーーー!!! 来るなーーーーー!!!!!」

「ヴオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!」


 来るなと言っても相手は猪突猛進で有名な猪。しかも何故か怒り狂っていらっしゃる。その角はよく研がれて子供の柔らかい身体などグシャッと簡単に貫いていきそうだ。不意に夏燈は姉の『猪とかの獣ってさ、木の皮に体こすりつけたり、角こすり付けたりして身綺麗にしたり角研いだりすることがあるんだぜ? すごくない?』という豆知識的などうでもいい幻聴が聞こえた気がしたが現実逃避という気のせいだ。夏燈は険しい山道をただひたすら全速力で逃げる。


 どれくらい逃げ惑っただろうか。逃げた先で川音が聞こえて来た。それとともにまた姉の幻聴が『何かに追いかけられて川見つけたら迷わず飛び込みな。ただし出来るだけ水音を立てず静かにな。川はニオイを消してくれるし、川沿いに下って行けばだいたい人家があるはずでっせ。お前もテレビとかでみたことあるだろう? あれ、本当なんだぞ?』などと今度は役に立つ豆知識を述べていく。――あ、これ、昔の俺の記憶だわ。とか思ったが、今はそんなことに思考を費やしている場合ではない。とにかく逃げなければっ!!


 夏燈は蝉の抜け殻と木の葉で出来た腐葉土を踏みしめて川沿いに走る。


 「うっわ、マジかよ………」


川だと思った水源は意外に上流にあるようだった。辺りは背高のっぽの林の中。目前には谷底に水流が流れる断崖絶壁。振り向いた先には地面を蹴り上げて今にも跳びかかってきそうなイノシシが三体。三体………ちょっと待て!!


「いつのまに二体増えた!? 俺、絶体絶命じゃね!?」


 イノシシたちはジリジリと幼児化した夏燈を追い詰める。夏燈の踏みしめた崖がぱらぱら……と軽い音をたてて少し崩れた。これ以上は下がれない。まさに絶体絶命!―――と、その時。


―――バーーーンッ!! 


銃声が辺りに響いた。


 「ブオオオオオォォォォォ―――!!」


 イノシシが一体、断末魔を上げて地面に崩れ落ちる。他の二体は銃声に驚いて泡を食い逃げて行った。


「大丈夫か~? 坊主。怪我ないかー!?」


林の茂みから心配そうに猟師らしきおじいさんが出てきた。その手には火縄銃らしきもの。どうやらこのおじいさんが夏燈の命を救ってくれたらしい。夏燈は腰が抜けてへたり込んだ。


「たすか…った。」

「坊主、坊主、大丈夫か?」

「え、ええ。ありがとうございます。お陰で命拾い致しました」

「ほっだらなことええがな! ええがな! 坊主、ここらへんでは見ない顔やけど家、帰れるか?」

「家………」


 涙腺が緩んでいるのか、夏燈の目からじわりと涙が滲んでくる。


「あ~ああ、よっぽど怖い目にあったんやろな。この前の戦で家族でも亡くしたか? うん?」


「イクサ? そういえば着物………」


 夏燈を助けてくれたじいさんは、時代劇でみるような着古された着物を着ていた。


「うん? この着物はわしのおっかあが気張って縫ってくれたもんなんや。ええやろええやろ? あげへんぞ」


「誰も欲しいとは言ってない。それよりイクサって………」


「おまえさん戦がなんなのか知らんのかいな? おえらい大名さんらやお武家さんらがこぞってわしら領民を使い、領地取りしとる命懸けの大喧嘩や。今、この播磨はまだまだ平和やけど、そのうちウチの黒田さまや、そのお上の大殿さまもこの戦乱の世に巻き込まれていくんやろうなぁ。ああ、いやだいやだ。はよ太平の世が来てほしいモンやわ」


「黒田、太平、戦乱の世、領地取り、大名………戦国時代かっ」


しかもこのじいさんはここが播磨だと言った。戦国の世で播磨の黒田といえば、鍋を囲んで市長たちが次の大河にと推していた黒田官兵衛しか考えられない。ここは姫路の近く。おそらく、俺たち三人が慣れ親しんだ地域だ。姉貴の趣味のひとつに時代劇鑑賞があるせいか、俺も付き合わされて時代劇は時々見た。予想が外れていないならば、ここは戦国時代。イクサというのは大名同士の小競り合いと陣取り合戦。当然命の値も軽い。ヤバいな、この幼くなった体で俺は帰る前に生き残れるのか?


「うん? おえらい坊さんらなんかは今の時代をそうゆうなあ。で、坊主、家族はおるんか?」


「…………父と母が居た。姉もひとり………だけど、今はどこに居るのかわからない」

「そうか。なあ坊主、良かったらやねんけどじいちゃんちに来るか?」

「え?」

「あっ、いやっ、大した意図はなくてやなぁ。ウチは早くに子供なくして、今はわしと古女房のおっかあと二人暮らしやねん。せやから坊主さえよければ………な?」

「行くところがないから有り難いですが、いいのですか?」

「ええよええよ! 坊主が遠慮することあらへん! なんでもわしに任しとき!」

「じゃあ、よろしくお願いします!」


こうして夏燈は、猟師のじいさんに拾われて、戦国時代の出世街道を辿ることになるのです。




 目が覚めると桜の花が一面に咲き乱れ、春爛漫とした景色が広がっていた。

「え!? なんで!? 今って冬の筈なのにっ!!!」


 茅野は先程までとの激しい違和感に飛び起きて急な頭痛で頭を押さえた。

 茅野の場合、風早ルイや夏燈のように体に変わったことはない。気がついたら街道脇の、桜の木の下に倒れていた。


「おかしい……なんで、なんで………ああっ!! 神様!!!」


 茅野は急に立ち上がったので立ちくらみに襲われて、意外に低かった木の枝に頭を打ち、悶絶した。涙目である。


 ―――ハイヤァ! ハイッ、ハイヤァ!! 


「なんのおと? 馬?」


 遠くから馬を駆る音が聞こえた。音は段々近づいてくる。音の主がちょうど茅野の目の前で馬を止めた時、彼女の胸中に衝撃が走った。


「女ァ! そこで何をしておるっ。そこは我の特等席よ! そこ退けそこ退け」

「あっ、はいっ!! ごめんなさいぃぃ!!」


 宴会をするらしく退こうとすると部下が彼をこう呼んだのだ。尾張殿、上総の助さま、織田信長殿、と。


「(の、信長ぁァアア………!!?)」


 三人は何の因果か神様の気まぐれで戦国時代に迷い込んでしまったのでした。

 

 これからどうなる!? ルイは、夏燈は、元に戻れるのか!? 茅野は短気と名高い信長に遭遇して生き残れるのか!? それ以上に三人は再会して無事帰ることができるのか!?


 それを知る者は………まだ、誰もいない。





   《 戦国戦記オンライン ~ 君は生き残れるか ~ 》






 

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