2話
「こんなものかな」
ブライアンは腰のベルトの金具に長剣を吊り、具合を確かめる。それを横目で見ていたアルバートが、ブライアンにフード付きの青のコートを手渡しながら眉をしかめた。
「ちょっと大袈裟じゃないか? 街に行くだけだし、あんまり物々しくする必要も無いだろう」
「そうか? じゃあお前はこいつを持っとけよ。それでちょうどいいだろ」
コートを羽織ったブライアンは、脇に置いてある短剣を手に取った。アルバートは一瞬迷ったが、既にナイフを一本、左脇に吊っている。短剣はあまり好きではないが、二人揃って長剣を持ち歩くのもどうかと思い、渋々受け取った。コートの中で、ごそごそと装着する。
二人は簡単に身支度を整えると、通りすがりの侍従長に夕刻までには戻ると伝え、慌ただしく城を後にした。
朝は良く晴れていた空が、今は薄雲に覆われている。西の空には重苦しいどんよりとした雲が控えている。夜までにはこちらまで辿り着きそうだ。フードはあるとはいえ、早めに戻った方が良さそうだ。
小高い丘の上の王城から、二人の王子が軽やかに馬を駆り、緩やかな坂道を下っていく。そのまま街へと向かう彼らを、すれ違う人々が微笑ましそうに眺める。短く切ったやや癖のある栗色の髪が、気持ち良さそうに馬上で跳ねている。生来の端正な顔立ちは、今では美少年というよりは男前という言葉の方がふさわしくなってきた。
広い石畳の路の端を上手に選んで馬を駆り、行き交う人々にいちいち笑顔で挨拶の声を掛ける。
「珍しいねえ、普段はだだっ広い原っぱを駆けるのにね?」
「近道なんだろうよ。なんかすっげえ急いでるみたいだな」
既に小さくなっている二人を、すれ違った者たちが不思議そうに首を捻りながら見送った。
***
街の手前まで来た二人は、馬から降りると近くにある馴染みの馬場に馬を預けた。此処から目指すのは、この国に一箇所だけある魔術師ギルドだ。二人は並んで歩きながら、軽く周囲を見渡す。
ここはいつ来ても大勢の人々でごった返している。雑多な商店が軒を連ねた道が、複雑に交差して造られている街だ。大通りに面している商店は大体把握しているが、一歩裏道に入ると、うっかりすると二人とも迷子になってしまうほど、複雑に入り組んでいる。アルバートは三軒ほど先にある商店を指差しながら言った。
「確か、その店の脇に横に入る小路があったはずだ。そこからしばらく行くと、『黒猫通り』に出るはずなんだ。そこから先はちょっと怪しいんだよな……」
「う~ん、俺も黒猫のどこかにあるとしか訊いてねえんだよな。魔術師ギルドって看板出してんのかなあ」
「さあ……。出てないような気がするな」
二人はぼやきながら、商店と商店の間にある、狭い横道に入った。人が一人、ようやく通れるほどの狭い道だ。ブライアンは壁と壁の隙間にたまにガチャンと音を立てて引っ掛かる。その度にコートの下で剣の位置を直す。こうなると長剣を選んだことが悔やまれる。そんなブライアンを置いてアルバートはどんどん先へと進んで行く。
もうかれこれ三十分は歩いたのではないだろうか。以前アウレウスから聞き出した話では、とっくに十字路に出ているはずなのだが、いつまで経っても交差するはずの裏道に出くわさない。アルバートは三段ほどの階段を重い足取りで上ると、まだまだ続く小路にうんざりしたのか、立ち止まって後ろを振り返った。大慌てでやって来るブライアンの手には、ついに金具から外した長剣が握られている。
ブライアンは追いつくと、右手を腰に当ててため息をつくアルバートに声を掛けた。
「どうした?」
「……なんか、おかしくないか? もしかして……迷子になってたりするかな」
「ええ~? いや、そんなことないだろ。今まで脇道はなかったぞ。もう少し行ったら、あるんじゃないか?」
ブライアンはアルバートの肩越しに、更に続く小路を覗き込んだ。一本道とはいえあちこちで曲がりくねっているため、先はよく見通せない。アルバートはフウ、と更に大きなため息をついた。
「大体さ、魔術師って学者だろう? そんなに普段、出歩かないよな。先生は歳の割に元気なヒトだけど、フェルムさんもミーティスさんも、プラチナだってそんなに街中を歩き回る方じゃないと思うけどな。まあペルグランデさんは魔術師にしておくには勿体無いくらいガタイいいけどさ。……いくらこっちが病み上がりだからって、一応鍛えている俺たちが嫌になるくらい、もう歩いたぜ?」
「それもそうだなあ。そうだ、もしかしたら魔法を使ってるんじゃないか? きっと魔法で瞬間移動してるんだよ」
「いや、そういう魔法は今のところ存在しないって、前にフェルムさんから訊いた覚えがある。けど、そうだな、魔法で道を隠しているとか、どうだろう?」
「え~? いやぁ、それは無いね。だってエリックが知ってたじゃん」
あ、と小さくアルバートが呟いた。そういえば此処に来る前、エリックが場所を知っているのかと声を掛けて来た。二人は思わず顔を見合わせてぼやいた。
「ああもう、こんなことならあいつも連れて来たら良かったなあ……」
「だよなあ。くっそ、裏道舐めてたぜ……。にしても、あいつ普段何やってんだか。あいつってアホみたく街のこと詳しいよなぁ」
「ぼやいても仕方ない。もう少し行ってみるか」
やれやれ、と同時に呟くと、今度はブライアンが先頭に立って薄暗い小路を進んで行った。
そんな二人の様子を、こっそりと伺っている者がいた。
頭上で一羽の鴉がクワァ~と気の抜けた鳴き声を上げる。鴉は手近な屋根に舞い降りると、小首を傾げる仕草を見せる。二人の王子は意地になったらしく、まだまだ続く小路を足早に通り過ぎていく。鴉は低い唸り声を上げて心の中で呟いた。
(……そもそも、横道に入る場所を一本間違えているんだよな。まあ、あのまま進んでも着けなくは無いが。こういう時、上の二人はいかんなあ。変な所で頭が固いんだよな。あ~あ、ウィルドの処に使いに出す予定だったのになあ)
ま、いいかとため息混じりに付け加える。
本来は、大通りをもう少し行った場所から横道に入るのだ。そうすれば五分ほどで『黒猫通り』に出られたはずだ。二人が進んでいるこの道は、あと二十分ほど進むと右へと直角に曲がり、そのままとあるギルドの入り口へと辿り着く。
そのギルドとは、表向きはこの街に幾つかある『迷子案内所』、真の組織名は『盗賊ギルド』だ。商業が盛んな街だけに、それなりに規模は大きく、歴史も古い。現在のギルド長はアウレウスの古い友人だ。だが、だからと言って無条件に懐に飛び込んで来た王子たちを解放するとも思えない。
(あいつはそんなに馬鹿じゃないから、危害を加えたりはせんだろうが、あ~あ、後でぼったくられるなあ……クソ)
それにしても、威勢良く王城を飛び出して行ったかと思えば、いきなりこの有様か。予想の遥か上を行く前途多難ぶりに、アウレウスはがっくりとうなだれた。