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銀の魔女と七人の王子たち  作者: 蒼月葵
第二章 すごいヤツを探せ!
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1話

 すでに陽は高く昇っている。今食べている朝食は、もう昼食と言ってもいいだろう。美しい彫刻を施した大きなダイニングテーブルに、七人の王子たちが着席している。パンと鶏と野菜のスープを、一様に疲れ切った表情で黙々と口にしている。普段の賑やかな食事風景からは、想像もつかない光景だ。遅れて入って来た者が、呆気に取られるのも無理はないだろう。


「おいおい、どうしたんだ? 食べ盛りが雁首揃えて、その昼飯か?」


「……あれ、父上じゃないですか。いつお戻りに?」


 千切ったパンを口に運びながら、長男――アルバートが不思議そうに首をひねる。確か予定では今日の夕方ではなかったか。まだ正午にもなっていないはずだ。そこでようやく気がついたらしく、残りの六人も顔を上げて父王に視線を向ける。アルバートの正面に座る、次男のブライアンがその後に続けて言った。


「随分早いじゃないですか。予定では夕方でしょ。叔父貴に追い返されたんですか? ええと、母上は?」


 ブライアンは陽気な声で茶化すように言うが、どうも普段より声に力が無い。国王ザカライアスは、残りの息子たちの顔を覗き込みながら、空いている上座へと向かう。


 海に面した王国テルティア。海運業と商業が盛んな王都ウィンクルムの隣に、国王ザカライアスの二つ下の弟、ヴィンセント王弟殿下の領地であり、テルティアの第二の都市、ウィータがある。

一週間ほど前より、農耕と牧畜の地ウィータにおいて収穫祭が開かれており、国王夫妻が招かれていた。行き来するには、早馬で半日は掛かる距離だ。おそらく昨夜の内から出発し、途中の村で休みながら帰還したのだろう。


 ザカライアスは少し早い昼食を傍らに控える従者に指示すると、軽く咳払いをしながら言った。


「別に追い返されちゃおらんよ。今日の午後は大雨になりそうだから、早めに切り上げたんだ。ステラは部屋に戻っている。疲れたんだろうな」


「ふーん。……雨かあ、今日はこのまま大人しく寝てよ」


 やる気無く呟くのは、三男のチャールズ。四男と五男、ディランとエリックもうんうんと頷く。困ったように顔を見合わせているのは、六男フランと七男ギルバートだ。


「学校、どうしよう。このままさぼっちゃおうか」


「さぼるってゆーな。立派な病欠じゃん」


「病欠?? なんなんだお前たち、揃って具合が悪いのか? 何か悪いもんでも食ったのか?」


 父王の言葉に、思わず室内が沈黙する。やがて七兄弟は揃ってこくりと頷いた。気まずそうに横目でチラチラと互いの顔色を伺う我が子たちに、父王は大袈裟にため息をつく。アルバートが仕方なく重い口を開く。


「……その、ちょっと私たち……毒キノコに当たって」


「いやその、悪いのは俺らなんで! 勝手に庭から取って。俺ら集まってこっそり焼いて食ったんですよ。それで上から下から出るわ出るわで昨夜は大変でした」


「毒キノコてて……。まあなあ、美味いんだよなあ~特にほら、あれなんだっけ、細っこいの」


 ザカライアスは人差し指を二本合わせて細いキノコの軸を表そうとする。そうそれ、と高い声が飛んでくる。スープを平らげたチャールズが声を上げる。


「え~と、ヒトヨタケだったかな? 前から中庭に生えてて。それでどうしてもどうしても気になって仕方なくて、昨日我慢出来なくなって、取っちゃったんです……」


「あれなあ、美味いんだよなあ。でもあれ食うと、一週間くらいは酒が呑めなくてなあ……。あ?」


 そこでようやく事の真相に思い至った父王から、息子たちは揃って視線を逸らす。ザカライアスは何か言いたそうに一同をぐるりと見渡すと、愉快そうに笑いながら言った。


「キノコを肴に隠れて一杯、と洒落こんでたわけか。そういうことをする時はなあ、ワシも誘うようにな」


「そしてアウレウス先生に瓶底で殴られるんですね」


 ハハハと気の抜けた笑いがあちこちから洩れる。ザカライアスは苦笑いを浮かべながら、仏頂面で両腕を組んでいる宮廷魔術師殿の姿を想像する。堪え切れず、クックと喉の奥で笑いを噛み殺す。


「今日も引き続き、しこたま叱られておくようにな。まったく、お前たちがそんなんだから、ついに隠居宣言を出しちまったじゃないか。どうしてくれるんだ、本当に」


「うええ……やっぱ、俺らのせいなんですか……」


「ど、どうしよう、そんなに怒ってるなんて……」


 呻くようにブライアンとチャールズが言った。他の者たちも思わずスープを掬う手が止まる。泣きそうな顔をするやんちゃ坊主たちを、ザカライアスは穏やかな笑みを浮かべながら見つめると、軽く笑って言った。


「まあ、昨日今日のことが理由では無いからなあ。歳も今年で六十の大台だし、今まで仕事が忙しすぎて、好きな研究も碌に出来なかっただろうしなあ。ワシとしては、宮廷魔術師は後継に譲るとしても、このまま薬草師として残って欲しいんだけどな」


 思わぬ父王の言葉に、アルバートが目を丸くする。


「え、薬草師に? ああ、それはいいですね。ふーん、そうなると話が違ってくるな。なあ?」


「だなあ……。確かに爺さんもいい加減爺さんだし、兼任だったもんなあ、そりゃやっぱ忙しいよなあ。よし、じゃあ真面目に後釜を俺らも探すとしようか」


「うん? そりゃどういうことだ? まさか、今までやる気がなかったってことか?」


 ザカライアスの片眉がぴくりと上がる。気がついたアルバートが慌てて口を挟む。


「ええと、ほら、私たちは先生に残って欲しかったんですよ。つまり、私とブライアンはアウレウス先生推しという訳です。あと五年は務めて頂いて、その間に後継となるべき魔術師と、信頼関係を築いていこうかな、と」


「ふーん。……まあ、お前たちにとってはアウレウス以外の宮廷魔術師は、ピンと来ないのも判らないでもないがな。だが、そんな悠長なことを言っていられる場合でも無いんだぞ。お前たちが思っている以上に、この世界は呪いが飛び交っているんだからな。――力のある魔術師は今は少なく、百の凡才は一人の天才に遠く及ばない」


 普段は温和でのんびりとした口調の父王だが、いつになく声が冷えている。凪いだ内海のような穏やかな眼差しは今は影を潜め、凍てつく荒波の飛沫のような光を双眸に湛えている。

 重い沈黙がふいに訪れ、昼食のひとときを支配する。

 運ばれ来た食事を黙々と口にする父王に、アルバートが静かに言った。


「……大丈夫ですよ、なんとかします。一週間、時間を下さい。必ずや、此処に最高の魔術師を連れて参りますよ」


「そうそう! うわ、本当に雨が降りそうな天気になってきたぞ、早いとこ行こうぜ、アル」


 窓の外を覗き込んでいるブライアンに、アルバートが頷いた。一晩ゆっくり寝たお陰か、薬を飲み損ねた割には体調はだいぶ落ち着いてきた。まだ気だるさは抜けないが、街に出かけるくらいなら大丈夫だろう。二人はコップの水を急いで飲み干すと、ほぼ同時に席を立つ。部屋を後にする二人の背中に、甲高い声が飛んで来た。


「ちょっと待ってよ! 二人ともどこに行くのさ!?」


「魔術師ギルドじゃねえの。場所知ってんの? あそこ裏道だし、ややこしいよ?」


 ギルバートの疑問にエリックが横から答える。二人が消えた扉から、親指をぐっと立てた右手がひょいと現れ、さっと引っ込む。大きな足音を二重奏で響かせながら、二人の王子は風のように去って行った。


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