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銀の魔女と七人の王子たち  作者: 蒼月葵
第一章 宮廷魔術師と偏屈魔術師
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2話


 沈黙を破ったのは、部屋の主だった。ウィルドは心底うんざりとした声で言った。


「……貴方は私の師であり、伯父。私のことはよくご存知かと思いますが。私に、この私に、宮廷魔術師が務まるとでも、まさか本気でお思いで?」


「申し分ないな。というか、他に誰がいるんだ?

 お前も知っての通り、我が国はそれほど国力が高いわけではない。地続きの隣国は二つばかりあるが、まあ相変わらず上辺だけの付き合いだ。昔ほど魔術師の役割は重要ではなくなってきてはいるが、それでも他国に位負けするようでは困るわけだ。

 もう一度言うが、この国に現在、お前より優れた魔術師がいるか? 少なくとも、私は知らんな!」


 アウレウスの身体は今では椅子が透けて見えるほどに虚ろになっているのだが、どういうわけか声は今までに増して、力強く室内に響き渡る。熱を帯びてきたアウレウスの声を、真冬の夜風のように冷えた声が遮る。


「宮廷魔術師ですよ、魔術師としての実力以外についても考慮するべきでしょう。むしろそれこそが重要視されるべきです。私はフェルムがふさわしいかと思いますね。知識と魔力は上の中としても、面倒見の良さから術師仲間の信頼も厚く、交渉ごとにも長けている。歳も私よりも上の四十ほどでしたか? 貴方の後継を立派に務められると思いますが?」


「あー、あいつなぁ……。あいつもな~、いいんだけど。う~ん、……ちょっとなぁ、駄目なんだよなぁ……」


「なんですかそれは」


 腕を組んで渋い顔をするアウレウスに、ウィルドは眉間に皺を寄せて詰め寄る。アウレウスはチラリとウィルドの顔を一瞥すると、ため息をつきながら言った。


「お前は最近、王城に出入りしてないから知らんだろうけど、あいつは今、王弟殿下が囲い込んでるんだよ。うちの慣例は知っているだろう。そこら辺がなぁ、ややこしいんだよ」


「……ああ。はあ、そういう理由ですか」


 ようやく合点がいったのか、終始仏頂面だったウィルドの表情が僅かに和らぐ。


 この国の慣例では、王位は必ずしも王家の長子に与えられる物とは定められていない。

 王位継承権の順位は、国内の有力者達の中から選抜された、継承順位審議会によって二年に一度更新される。第一王子が王位に相応しからざると判断されると、容赦なく順位を落とされ、近い血統の中から別の男子が繰り上がる。その選定基準として重要視される項目のひとつに、有能な配下の有無が掲げられている。

 北と西を天然の海路運河に囲まれ、東と南を国力の勝る隣国と接している国であるだけに、国王選定は世襲よりも実務能力を最重要視して行われている。


 なお、海を挟んだ対岸には大国や小国がひしめく広大な大陸が拡がっている。大陸の中でも比較的国土の広い国ほどの大きさの島に、三カ国が身を寄せ合っている状況が、二百年ほど前より続いている。元は島全体で一国であっただけに、再び統一するならば、必ずや我が国が――とは全ての国が思うところだろう。

 そういえば、とウィルドはふと思い出す。


「もうひとつ、我が国特有の慣例がありましたね。確か、王子が王位継承権を得るのは、齢二十を過ぎてからであると。……そろそろでしたか?」


「そう、それよ。来月に第一王子と第二王子が二十歳だ」


「え……ああ、そういえば……双子でしたか」


 ウィルドはそう呟くと、思わずため息を洩らした。

 どうも自分が思っていた以上に、我が国の宮廷内は面倒な状況となっているらしい。最近音沙汰のなかった師が、わざわざこんな辺鄙な処までやって来るわけだ。

 だが、だからといっていきなり宮廷魔術師になれと言われても困るのだ。他のことならいざ知らず、それだけは引き受ける気持ちは毛頭ない。いくら恩師であり、唯一の身内といえどもだ。


 そもそも、此処に住んでいるのは国を追われたからだ。

 それを知っていて、何故――


 再び沈黙するウィルドの心中を、表情の僅かな変化から察したのか、アウレウスは少し語気を和らげて言った。


「……お前もよく知ってるだろう。因習というものは、いつまで経っても人々の間から消え去ることがない。けどな、我が国の次期国王は、自分たちの代でそんな碌でもない、何の役にも立たないでまかせは終わらせるつもりだよ。双子の王子は国を割る、古来よりそう言い伝えられているが、それは彼らが身をもって終わらせる。

 ……もうひとつ、断ち切らねばならぬ因習がある。お前が背負っているものだ」


 アウレウスの目に強い光が宿る。その強い意志の輝きが、ウィルドの目を惹きつけて離さない。言葉を遮ることを忘れ、師の続く言葉を静かに待つ。アウレウスは次第に色を失いながらも、衰えることのない声でなおも紡ぐ。


「お前の運命を、我らが王子に賭けてみろ。損はさせんよ。なにしろ七人も揃っているのだからな、何が待ち受けていようとも、なんとかなるさ。上から下まで阿呆揃いではあるが、馬鹿ではないぞ、うちの王子どもはな!」


「七人? ああ、そうでしたなぁ」


 愉快そうに笑うアウレウスに、気の抜けた言葉を返しながらウィルドはハッと顔を上げる。


「そうだ、肝心なことを見落としていた! アウレウス師よ、要するに私に彼らの世話を押し付けたいんでしょう!? その手には乗りません!『跳ね馬七兄弟』の噂は散々耳にしております!! 私には無理です、手に負えません!」


「ちょっとばかりやんちゃ盛りなだけだよ! とにかく、来月までに決めなきゃならんのだ! いいから一週間以内に一度王城に来い!! ああそれから、いい加減黒ずくめは止めろ! 明日届けさせるから、ちゃんと着て来いよ! 黒以外なら何色だ、緑か、紫か、ええいいっそ深紅に金糸でゴージャスに飾ってみるか! よし判った、可愛い甥っ子のために一張羅を奮発してやる、楽しみにしてろよ!!」


「要りません! 私は絶っ対に行きませんからね!!」


「うるさいまったく師に向かってなんちゅう態度だ! ったく今日はここまでにしといてやる、覚えてろよ私は諦めんぞ!! 次はうちの若いもんを寄越すからな!!」


 品の無い捨て台詞を残し、黒い影は壁を慌ただしくすり抜けて嵐のように去って行った。



***



 呆れ顔で見送るウィルドの耳が、ぴくりと動いた。

これも師が生み出した魔法の片鱗なのか、それともウィルドの卓越した感応力によるものなのか。

 幼い頃に両親を亡くし、以来ずっと導き続けてくれた唯ひとりの恩師。彼が残した想いの断片に、ウィルドはそっと意識で触れる。


   ――黒を己の色とするな。

     お前が死神と呼ばれることは、

     もう二度と無いんだからな――



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