表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の魔女と七人の王子たち  作者: 蒼月葵
第四章 風を運ぶもの
33/39

8話

 沈黙を破ったのはブライアンだった。ふぅ、と深々とため息をつくと、背後に両手をついて天井を仰ぎ見る。知ったばかりの情報を頭の中で整理しようとするが、どうも上手く纏められない。傍らに腰を下ろしているアルバートに視線を向けて、思わず苦笑いを浮かべた。


「何がなんだか、よく判らないけど……。今の人が、最高位の魔術師、ウィルドというのは間違いないみたいだな」


「そうだなあ……。あの子と同一人物らしいんだけど、そこが意味がよく判らないんだよな。けど、使った魔法は凄かったよ。目の前に透明な壁があるみたいに、炎が堰き止められて空へと向かって行くんだ」


 アルバートは当時の状況を思い浮かべながら手振りを交えて説明をする。プラチナもまざまざと思い出したのだろう、頬をやや紅潮させながら話に割って入る。


「そうそう! あんな結界、見たことないわ。魔法によって生み出された炎は、そう簡単に遮ることは出来ないのよ。どういう術式が使われたかを知らないと、ああも綺麗に遮断なんて出来ないわ。……それに、結構あれで腹黒いわよねえ、本当に鍵を造っておいて、鍵なんて知らないとか言ってるわけでしょ。やっぱり一筋縄ではいかないヒトみたいね」


 プラチナは扉へと視線を流してちいさく肩をすくめた。隣ではカルが神妙な顔でうんうんと頷いている。ベッドの端で胡坐を組んでいるエリックも大きく頷いた。


「なんつか、結構狸オヤジだな~と思ったね。しれーっとあんなこと言ってるもんな。そうだ、メリクリウスの鍵っていうのが実際にはこの世には無いって話だったじゃん? だったらさ、どうしてあの人が持ってるって言われてたんだろ?」


 エリックはそう言うと、両腕を組んで首をひねる。エリックの視線に気付いたカルは、あさっての方角に視線を向けてボソボソと呟く。


「う~ん、どこから訊いたかなんて、もう忘れたねえ……。出どころはたぶん、魔術師ギルド方面じゃない?」


 カルはそう言うと、傍らに立つプラチナをチラリと見た。プラチナも困惑した表情を浮かべて考え込んでいる。


「ええと、どうだったかしらねえ。私は見習いの頃からギルドに出入りしてるけど、訊いたのは最近かしら。ああそうそう、フェルムさんたちが話してたのよ。確か、王立博物館から難解な古文書の解読をギルドに依頼されたのよ。それで、報酬もいいし、魔術師ギルドの対外的なアピールのためにもなんとか引き受けたいんだけど、手分けして探しても肝心の資料が見つからなくて。魔法を使った解析を向こうは期待していたみたいなんだけど、そういう魔法は誰も知らないし。それで、しょうがないからあいつに頼むかってアウレウス様がおっしゃって。それが一年くらい前の話かしらね。私はその時に、ウィルドって魔術師がいるということを知ったのよ」


 へえ、とあちこちから呟きが洩れる。ブライアンが興味津々といった様子で身を乗り出して訊いた。


「それで、彼がその古文書を解読したのか?」


「そうよ。どういう手法を使ったのかは知らないけど。ただ条件があって、名前を決して出さないようにということだったのよね。それこそ名前を売る絶好の機会じゃない。優秀な魔術師と認められたら、研究資金の提供を申し出てくれる人だって現れるわ。……で、どうも今までギルドで受けた仕事の依頼のうち、難易度の高い仕事は全部彼がやってたことが判ったのよね。フェルムさんどころかアウレウス様までもがこっそり代わりにやって貰ってたみたいで。それってどうなのってギルドの定例会議で突っ込んだら、彼は鍵持ちだから別格だし、代金は倍額払ってるからいいんだよって言われたのよねえ。彼が気にしてないんだったらいいのかも知れないけど、ちょっとねえ~と思っちゃうわよねえ」


 プラチナは笑いながら傍の椅子に腰を下ろす。ブライアンも苦笑いを浮かべてアルバートと視線を交わす。アルバートは困ったように眉根を寄せて肩をすくめて見せた。


「……アウレウス先生までもかあ。まあ、名前を出されたくないという気持ちは判らないでもないけど……。そうか、じゃあ仕事を任されることは苦ではないんだろうな。あっそうだ、蜂蜜がどうとかって話があったな」


 アルバートは思い出したように呟くと、足元に置いたままのリュックに手を伸ばした。右手を中に突っ込み、風竜に乗り込む前に底の方に仕舞い込んだちいさな壷を探す。素焼きの壷は数々の衝撃にも割れることなく無事に収まっていた。アルバートの手の中の壷を、ブライアンが怪訝な表情を浮かべて見つめている。


「なあ、蜂蜜だろ? おかしいよなあ、絶対女の子が好きそうじゃないか? 実はあの子はあの子で実在するんじゃないのか? それで、蜂蜜をあげてるんだ」


「どうだろうなあ……。そもそもあの子が女の子だってことを、全力で否定してるからなあ。そんなことを言われても、あれが男の子にどうやったら見えるのかってな……。まあいいや、それはちょっと置いておこう。後で考えよう。まずは蜂蜜だ。あっそうだ、手紙も預かってたっけ」


 アルバートは再びリュックの中をごそごそとまさぐる。イグルスから預かった手紙を取り出し、少し折り目の付いた封筒を慌てて指でしごいて元に戻そうとする。エリックは不思議そうに目を丸くして訊いた。


「なあ、蜂蜜って?」


「ああ言ってなかったっけ。なんでも、仕事の依頼をする時には蜂蜜がいるらしいんだ」


「はあ???」


 素っ頓狂な声を上げるエリックに、プラチナが笑いながら応える。


「……それねえ。私も不思議なのよね。言いだしっぺはやっぱりアウレウス様だと思うんだけど。どうも蜂蜜ならなんでもいいんじゃなくて、お気に入りがあるみたいよ? そんな話をミーティスさんたちがしてたわ。彼的に当たりと外れがあるらしくて、違いが産地なのか花の種類なのか判らなくて困るって。当たりを渡すと、頼んでいない魔法の品が付いて来るくらい喜ぶらしいのよねえ。後で訊いてみましょう」


 ぶっきらぼうを絵に描いたようななあの風貌からは、蜂蜜を喜んで舐めている姿が全く想像つかない。フランとギルバートも顔を見合わせて首を捻っている。エリックの顔がなんとも言い難い表情を浮かべていることから、おそらく舐めている姿を想像してしまったのだろう。沈痛な面持ちのエリックに、カルが呆れ顔で言った。


「……そんなに悩むことないと思うけど。難しいこと考えてると甘いものが欲しくなるんじゃない? 紅茶に入れても美味しいし。どうせなら値が張るのを指定すればいいのに。そのくらいの贅沢はさせてあげたらいいんじゃない」


 ふとカルは耳をぴくりと動かして、扉へと視線を向ける。少しの間を空けて扉がキイと軽い音を立てて開いた。ひょいと顔を覗かせたのはルージュだ。怪訝そうな顔をするカルに、ルージュはへらりと笑って言った。


「今度はなによ~」


「……いつの間に部屋から出てた? あとノックしろ」


「うるさいわね~。死神さんが出てった後よ。おも~い沈黙って嫌いなのね~。ええと~、ご飯よ~って言いに来たのよ~。此処の椅子は二つね~、足りないからそれ持って来いって言ってるわよ~」


 ルージュはアルバートとプラチナが腰掛けている椅子を指差しながらそう伝えると、ベッドから降りようとしているエリックに言った。


「それと~、隣の部屋と~、あと下の奥の部屋にもあったと思うから~、持って来いって~。この家って完璧に独りモノ仕様だからね~、いろいろ足りないのよね~。食器もちょっと犠牲者が出るけど~、しょうがないわ~」


「ぎ、犠牲者??」


 エリックはルージュの後をついて歩きながら訊き返す。腰を上げたアルバートは、笑いながら使っていた丸椅子をひょいと担ぐ。プラチナも持ち上げようと両手で椅子を掴むが、ブライアンがそれを取り上げて小脇に抱える。背もたれのついた椅子は少々重いが、持ち運びに苦労するほどでもない。プラチナは短く礼を述べると、アルバートが一旦ベッドの上に置いた素焼きの壷と手紙を手に取った。


 フランとギルバートは、床の上に置いてある包みを見た。真新しいローブの収まっている箱だ。これも持って行こうかとアルバートに訊ねる。アルバートは少し考えると、にっこりと笑って言った。


「そうだな、食事の前にお渡ししよう。それはアウレウス先生から預かった物だしな。手紙もその時に渡すとするか」


 箱の形は特に変化は見られないが、包んでいる布はだいぶくたびれている。フランはしゃがんで目立つ汚れを手で払う。湿っていることに今更ながら気が付き、固くなった結び目をなんとか解こうと指に力を篭める。ギルバートが腰を屈めて訊いた。


「どう? ほどける?」


「う~ん……固い……でも、なんとか……」


 うんうんと唸っているフランに気付き、カルがそっと覗き込む。指先を上下にそっと動かして、軽く水気を払ってやる。結び目を解こうと躍起になるフランの表情がふっと和らぎ、布はするりと解けた。フランは満面の笑みを浮かべて箱を取り出すと、まだ湿り気のある布を丁寧に畳む。

 その様子を見るとはなしに見ていたアルバートが、扉をくぐりながら声を掛けた。


「それ、まだ湿ってるだろう。テーブルの上に置かせてもらおう。広げて干して、暖炉に飛んでも困るしな」


 ギルバートは了解、と応えると、フランから布を受け取ってテーブルの上にそっと置いた。フランは箱に手を当てて、箱の濡れ具合を確かめる。気付いたアルバートが足を止め、通り抜けようとした扉から顔を覗かせて言った。


「そうだった、中は大丈夫そうか?」


「うん、不思議だなあ、ぜんぜん濡れてないよ?」


「あら、じゃあきっと防水の魔法が掛けてあったのよ」


 プラチナは箱に視線を落としながら言った。フランは納得したように頷くと、立ち上がって箱を両手で抱え持った。アルバートに続いてひとりずつ部屋から出ると、狭い階段を一列になって降りて行く。


 一階に着いた一行は、階段の傍で待ち構えていたウィルドに出迎えられた。ウィルドは着いて来るように促すと、廊下をさっさと歩きながら言った。


「……こんな大勢が食事を摂れる客室など、此処には無くてね。悪いが地下で我慢して貰うぞ」


「すみません、ご迷惑をお掛けしてしまって。私たちへのお気遣いは無用ですから」


 ウィルドの後ろを歩くアルバートが申し訳無さそうに応える。ウィルドはちいさく鼻を鳴らすと、狭い居間を通り抜けて地下室へと続く階段を目指した。物置に使っている部屋へと入り、部屋の奥の床にある取っ手を屈んで掴む。ウィルドが強く引くと、重く分厚い木の板が真四角に外れ、人がひとり通れるだけの四角い穴が現れた。中を覗き込むと、暗い空間によく見たら階段のようなものが見える。ウィルドは気を付けるよう促して、足早に降りて行く。


 ぼんやりと灯る明かりを頼りに、石造りの階段を壁に手を這わせながら降りる。その先には少し幅の広くなった廊下がある。地下の部分は煉瓦ではなく主に石を組んで造られている様子だ。ひんやりとする廊下を、コツンコツンと音を立てて歩いて行く。やがて廊下は行き止まりとなり、左側の壁に扉が現れた。ウィルドは二度ほど扉をノックする。中から応答はなく、代わりに扉が重い音を立ててひとりでに開いた。


 部屋の中に足を踏み入れたアルバートは、室内の予想以上の広さに面食らった。中は王城の中でよく使用される、会議室ほどの広さがあるだろうか。アウレウスの研究室もかなり広いが、それと匹敵するだろう。とても山の中の一軒家の地下室とは思えない。


 室内の中央には、大きなテーブルが置いてある。よく見ると、正方形と長方形のテーブルを並べて置いてあるのが判る。壁の三方を埋め尽くす薬品棚や本棚。それに実験用の器具と思しき物が棚だけでは足りず、床の上にまで所狭しと置いてある。普段はテーブルの上に置いてあるものを、今日は床に下したのかも知れない。


 椅子はテーブルの傍にあまり見当たらず、自分たちが持って来た物を含めてもせいぜい四つほどだろうか。アルバートは丸椅子を取り合えず下し、最後にやって来たブライアンを振り返った。ブライアンも戸口で呆気に取られて立ち尽くしている。アルバートは近寄って椅子を受け取ると、テーブルの横に置いた。部屋の主は、揃った客人の数を改めて数え直しているところだ。


「ふん、全部で九人か。椅子が全然足りないな。しょうがない、木箱と樽で我慢して貰おうか」


 アルバートは頷くと『慣れてますから』と笑って応えた。その言葉通り、エリックとブライアンは既に部屋の隅に積んである使えそうな物を物色し始めている。ウィルドはその様子を一瞥すると、既に運び終えている料理へと向かった。テーブルの上に置いてある大きな鍋の蓋を開け、不揃いの皿に盛りつけていく。


 今日の夕餉は第二の都市ウィータでよく食べられる麺だ。細長く平たい麺を茹でて、ベーコンとキノコをふんだんに使ったソースを絡めてある。とっておきのチーズも惜しげもなく使ってあり、とろけたチーズの匂いが食欲をそそる。ウィルドは出来具合を確かめながら器用にトングで盛る。それを見たプラチナが、ウィルドから慌ててトングを取り上げた。


「ああ、私がやりますから。貴方は座っていてくださいな」


「別にそのくらい私がやるが……。まあいい、では任せるとしよう」


 ウィルドは皿やゴブレットを並べようかと思ったが、フランとギルバートがてきぱきと並べ始めた。王子としてあるまじき手馴れた様子ではあるが、昨夜垣間見た作業小屋での光景からしても、彼らにとってはこんなことは日常なのだろう。ウィルドは不思議に思いつつも、彼らの家庭教師がアウレウスであることを思い出すと、納得したようにひとり頷いた。


 やがて殺風景な研究室には不似合いな、大人数による食卓が現れた。薬品の染みのある簡素なテーブルには、九人分の席が設けられ、テーブルの上には大きな燭台が二つと、中央には半分ほどに減った中身の大鍋。取り分けられた食事は様々な大きさの皿に入って銘々の前に並べられている。

 皿の中にはちいさな洗面器のようなものもあるような気がするが、きっと気のせいだろう。水の注がれたゴブレットから薬品の匂いがするのも、きっと気のせいに違いない。


 ウィルドとプラチナだけはゴブレットに葡萄酒を注いでいるが、ルージュも葡萄酒がいいと駄々をこねる。カルもこればかりは同意するのだが、ウィルドは此処は人間の家だから、と言って取り合わない。尚も文句を並べる二人を放っておいて、簡単な乾杯の音頭が取られた。


 ようやく暖かな食事にありつけた子供たちは、一週間くらい何も食べていないかのように一斉にがっつき始めた。あっという間に皿を空にしたエリックは、我先にと大鍋に手を伸ばす。フランとギルバートも慌てて身を乗り出して参戦する。鍋の中に直接フォークを突っ込む三人を、アルバートは慌てて止めようとするが、ウィルドは好きにしろ、と応えながら三杯目の葡萄酒を傾ける。家主は食事よりも酒の方が良いらしい。

 鍋を空にした子供たちを、ウィルドは呆れたように眺めながら思い出したように言った。


「……そういえば、林檎があった気がするな。そのままでも美味いが、焼いても良いだろうな」


 ウィルドの提案にギルバートが歓声を上げる。フランも目を輝かせている。アルバートはそんな弟たちの横で困ったように眉をひそめて苦笑いを浮かべている。何と返答したものかと思案する横で、プラチナが口を挟んだ。


「そうそう、それで思い出したけど、貴方って甘い物が好きなの? 普段、焼き林檎に蜂蜜を垂らしたりとかしてるわけ?」


「蜂蜜? まあ、あればそういうこともするが」


「あればって、貴方って仕事の依頼をする時に、蜂蜜が無いと引き受けないじゃない。相当好きなんじゃないの?」


 身を乗り出して訊いてくるプラチナを、ウィルドは眉をしかめてじろりと睨む。心外極まりないと言った口調で応えた。


「……子供みたいな言い方をしないでくれるか。別に食べるのが好きな訳じゃない。それに、わざわざ手間を掛けて用意してくれるのなら仕事くらいは引き受けても良いかなと思うだけであって、蜂蜜が目当てな訳じゃないのだがね」


「それって、目茶苦茶好きだって言ってない? 同じことじゃないの」


 面白そうに頬を緩めているプラチナに、ウィルドは慌てて反論した。


「違う! だから、私は蜂蜜をこう、すくって垂らすのが好きなだけだ。元に戻る時の、緩い波紋と色具合を眺めるのが良いのだ。光の加減で、蝋燭が熔けてゆく時のようなとろけた色味がなんとも味わい深くてな。蝋燭は火を点けなければ熔けなくてつまらないが、蜂蜜はいつでも好きな時に堪能することが可能だ。つまり――」


 ウィルドはそこで視線に気付き、はたと言葉を切った。

 いつの間にか一同は食べる手を止め、唖然とした顔で自分を見つめている。名残惜しそうに鍋の底をさらっているエリックまで手を止めている。フランとギルバートも目を丸くしてぽかんと口を開けている。ウィルドはバツが悪そうに視線を逸らすと、なんと説明したものかと必死に頭を働かせた。


 そんなウィルドをプラチナは哀れみを篭めた眼差しでそっと見つめている。ブライアンも静かに最後の一口を口に運び、同情の眼差しを向ける。いたたまれないといった視線を浴びたウィルドは、憤りのあまり肩を震わせながら言った。


「……あのな、今、暗い趣味だとか思っているだろう。誤解だと言っておくぞ。これは身近な処に芸術的観念を見い出すという実に高尚な趣味であって、優れた観察眼並びに感応性を持つがゆえのこだわりなのだ。それに付随して、普段の調理にも使える点と、研究のさなかに食料が尽きた時の非常食としての有用性を認めるがゆえに、私は蜂蜜を高く評価するのだ。特に食事を作る暇が無い時には、とりあえず蜂蜜があればこと足りるしな」


 しんと静まり返った室内で、ウィルドだけがただひたすらに熱弁を繰り広げる。なおも自説を語ろうとするウィルドをアルバートがやんわりと制し、沈痛な面持ちで言った。


「……ええと……。あのですね、仰りたい事はよく判りました……。けど、あえてひとつ申し上げますと、蜂蜜を研究中の栄養源とするのは、いかがなものかと思います……。そういう食事の仕方はいけません、そう、それでもし貴方が、貴方ほどの才能をお持ちの方が衰弱死などしようものなら、それは国家的損失と言っても過言ではないかと思います。それを訊いてしまっては、これは何としても貴方を連れて城に戻らねばなりません。そういう生活は、今日で止めましょう……」


 うなだれて深々とため息を洩らすアルバートのあとを、ブライアンがフォークを握り締めながら継いだ。


「そう、そうですとも……。そんな貧しい食生活は駄目ですよ……。アウレウス先生もよくおっしゃいます。三食規則正しく摂る事は大事であると。我が国は学校でもちゃんと昼食を用意するくらいです。ひとり暮らしだとなかなか難しいでしょう、城に来て頂けたら、三食ちゃんとご用意致します。蜂蜜は幾らでも眺めてくださって宜しいですから、それで命を繋ぐのは止めてください……」


 対面に腰を下ろしているアルバートとブライアンは、双子らしく同じようにテーブルに両肘をついて両の指を組み、がっくりとうなだれている。弟たちも真剣な面持ちで兄たちの話に大きく頷いている。あまりにも情けない理由での宮廷魔術師への誘いの言葉に、ウィルドは思わず眉根をぎゅっと寄せて指でそっと目頭を抑えた。



***



 そろそろ外は陽も落ちた頃だろうか。遅くなった昼食兼、幾分早い夕食を摂った一同は、出来上がったばかりの焼き林檎に持って来た蜂蜜を垂らして食べることに決めた。濃い赤の林檎に琥珀色の蜂蜜がたらりととろける。


 どうだと言わんばかりの家主の満足そうな笑みを横目に見ながら、王子たちは固い誓いを胸に抱きつつ熱い林檎に舌鼓を打った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ