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銀の魔女と七人の王子たち  作者: 蒼月葵
第三章 死神の名を持つ男
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4話


 ちいさな銀狐が扉の向こうへと消えた後、作業小屋の中には呆然と立ち尽くす七人の王子たちの姿があった。彼らはしばらく身じろぎも出来ずにいたが、やがて小屋を揺るがさんばかりの叫び声が響き渡った。


「ちょ……い、いい今の、今のなにーっ!?」


「うわっうわあぁああぁっ出た! なんでっどゆこと!?」


「ちいさい?? ちいさいってどうなってるんだ??」


 誰も彼もが動揺しすぎてまるで収まりがつかない。長男から末弟まで突然の来訪者に大騒ぎだ。ひとしきり吐き出し終えた頃には、いつの間にか雨音は気にならないほどのかすかなものとなっていた。


 ようやく落ち着きを取り戻したアルバートが、ふうと大きく息を吐いて丸椅子に腰を下ろした。それを合図に、残りの者たちも手近なところに腰を下ろす。チャールズが机の上の水の入ったポットを軽く揺さぶった。中にはまだ少し水が残っているようだ。チャールズは空いているコップに残りの水を全て注ぎ、一口すすってから隣のブライアンに手渡す。アルバートは全員に回ったのを確かめてから、まだ昂ぶっている気持ちをなんとか抑えて言葉を発した。


「……ああ、びっくりした……。ほんと、いつもなんの前触れもなく現れるんだもんなあ。初めて逢った時もそうだったなあ……。成長してるかと思ったら、幼くなってるんだもんな。つくづく不思議な子だなあ……」


 その言葉に、ブライアンが目を丸くする。


「あれ、やっぱり? お前が初めて逢ったのって、いつ?」


「ええと……物心つくかつかないかって頃かなあ。たぶん、三歳くらいかなあ。あと、ギルくらいの時にも一度だけ。お前は?」


「俺も初めての時はそのくらいだな。あと、やっぱり十歳くらいの時に何度か……。だから、今頃きっと二十くらいのお姉さんになってるかなと思ってたんだよな……」


 ブライアンは先ほどの姿を思い出しながら応える。まさか成長しているどころか逆に幼くなっているとは夢にも思わなかったが、気持ちが落ち着くにしたがって、あまりそこは問題ではないような気がしてきた。


「……あれって、やっぱり魔術師が使う、化身の魔術だよな。アウレウス先生がよく使ってるさ。てことは、あの子って魔女なのかなあ……」


 ぼうっとした顔で頬杖をつくブライアンに、ギルバートが横から食ってかかる。


「ちょっとまって、もしかしてみんな、あの子と何度も逢っているの!? 僕なんか一回だけだよ! あ~もうなんかくやしいっ!!なんで~??」


「僕だってそうだよ。ていうか、皆知ってたんだ。僕だけの秘密だと思ってたのになあ」


 そうぼやくのはフランだ。エリックも口を挟む。


「俺だってそうだぞ。チャールズとディランは?」


「俺?……う~ん、女の子の姿を見たのは一回だけで、狐のシッポだけを見たのは二回くらいかなあ。なんで城の中に狐がいるんだろって思ったんだ」


 応えるチャールズに、ディランも相槌を打つ。


「俺もそうだよ。しかもチラ見だけなんだ。図書室で調べ物をしていて、部屋に戻る途中に一回だけすれ違ったんだ。なんでこんな場所に知らない女の子がいるんだろうと思って振り返ったら、もういなくなってたんだ。……でも、すれ違った時の顔は忘れられないなあ。なんだろう、神秘的って言うのかな。それに何故だか淋しそうな目をしていてさ……。気になって、次の日にいろいろ訊いて回ったんだけど、誰も知らなくてさ」


 ディランはその時の様子を思い出しながら、うっとりとした表情で説明する。うんうんと兄弟たちも頷いている。

 決まって現れるのは夜。儚げな瞳の少女の姿に、話し掛けることも出来ずに魅入ってしまう。翌日誰に訊いても、そんな少女は知らないとしか答えは返ってこない。

 もう一度逢いたい。そう想い続けた少女に、まさかこんな形で出逢うとは。ようやく落ち着きを取り戻した兄弟たちは、先ほどの再会の場面を改めて振り返った。


  ちいさな女の子。ちいさな銀狐。

  そして、言い放った警告の言葉。

  『死神』の意思を置いて行った銀の魔女――

 

 警告の意味は今ならば理解出来る。死神に近づくことはすなわちメリクリウスの秘密を求める輩と関わることに繋がる。死神と呼ばれる男と彼女に、一体どのような関係があるのか。それが判らない。


 エリックに問われたアルバートが、イグルスから教えて貰った話を簡単に説明してやる。死神とはかつて最強最悪と恐れられた黒魔術師の異名であり、現在は因縁を持つ魔術師ウィルドに受け継がれている。それまで俯いて考え込んでいたブライアンが、ハッと顔を上げて言った。


「そうか、判った! 単純な話だよ、あの子がウィルドなんだ! 最高位の魔術師とは彼女のことなんだ!!」


「えええっ!!」


 自信満々のブライアンの言葉に、悲鳴にも似た驚きの声が一斉に上がる。呆気に取られている兄弟たちに、ブライアンは更に続けた。


「ほら、アルも訊いたろ。ギルド長がさ、ウィルドってのはなんとかの意とか言ってたじゃん! ええと、なんだっけ……」


「あ~そういえば……そうだ、確か空白の意と言ってたな」


「そうそう、それだ! ウィルドっていうから男の名前だと思ったけど、それも空白っていう意味の渾名なんだよ。つまり、彼女自身が俺たちのことを心配して、ああやってわざわざ現れて警告してくれたんだよ!! ほら、それで全ての辻褄が合うだろ? きっとさ、本当は大人の姿の魔女で、俺たちの前に度々子供の姿で現れていたんだよ」


 半信半疑だった一同も、ここに至ってようやく納得したのか、目を輝かせて互いに顔を見合わせる。あちらこちらからため息が洩れる。アルバートが紅潮した頬に冷たい陶器のコップを押し当てながら呟いた。


「そうか……そうだな、そうに違いないよな。きっとあの子は俺に助けて欲しかったんだな……。本当は今の辛い生活から助け出して欲しいのに、俺たちのことを心配して、ああやって忠告に来たんだな……。可哀相に、古い因習に縛られて、今までひとりぼっちで生活してだなんて。ああ今まで気づいてあげられなかったことが悔やまれる……」


 隣でブライアンも大きく首を横に振ってため息をついた。


「なんて健気なんだろうな……。俺には痛いほど君の気持ちが判るよ。本当に、もっと早く気づいてやれてたらな。俺が必ず救い出してやるよ……。そうだ、世間の理解が得られないのなら、いっそ二人で駆け落ちしてもいい。王位継承権なんてクソ食らえだ。明日夜明け前に出発しよう。ああもう居ても立ってもいられないよ……」


「ブライ、抜け駆けは無しな。じゃあ明朝、五時起床でいいか。ちょっと父上に話してくる」


 すっくと立ち上がるアルバートの袖をエリックが掴む。


「待てって、ほら何かと物騒だし、ここは俺に任せてくれよ。第一王子と第二王子、ええと三番目とあと四番目も予備にいるだろ。俺が適任だな。ちょっくら行ってくるわ」


「そうだそうだ、僕たちにまかせてお兄さまたちはお留守番しててね! きっと城に連れて戻るから!」


 横から飛んでくる末っ子の甲高い声に、エリックは耳を抑えながら言った。


「あのな、お前らこそお留守番だよ。大人しく学校に行ってろ、俺の分まで」


「おいこら何勝手に仕切ってるんだよ、俺たちはもう留守番したんだよ、だから今度は俺たちが行くぜ!」


 チャールズとディランががっしりと肩を組んで宣言する。七人の王子たちによる白馬の王子様権争奪戦は、日付が変わる頃、一羽の鴉の乱入の時まで延々と繰り広げられた。


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