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銀の魔女と七人の王子たち  作者: 蒼月葵
第三章 死神の名を持つ男
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3話

 夜更けとなってもいまだに雨足が弱まる気配は訪れず、作業小屋の窓は固く閉ざされている。わずかに洩れる灯りが、中に人が居ることを教えている。

 細い光の筋に気づいたのか、王城の窓を目指して歩いていたちいさな狐は、くるりと向きを変えて作業小屋へと向かう。濡れそぼる身体を気にする様子はなく、冷たい石畳にちょこんと腰を下ろす。光の洩れる扉に鼻を寄せ、そっと中の様子を伺う。中からは何かを炙る香ばしい匂いと、ゴリゴリと何かを固い物で砕こうとする音が幾重にもなって響いてくる。仔狐は小首をかしげると、扉を頭でコツンと押した。そしてそのまますり抜けて中へと入っていく。


 小屋の中では七人の男子がなにやら机を囲んで作業の真っ最中だ。丸椅子やら木箱やらにそれぞれ腰を下ろし、五人ほどがちいさなすり鉢とすりこぎを持って何かの実を一心にすり潰している。残りの二人は、片側だけ開けた窓の傍に七輪を置いて、小魚の干物を網いっぱいに並べて炙っている。妙に手馴れた仕草に、木箱と大壷の隙間に隠れている仔狐は不思議そうに大きく首をひねる。


 そんな珍客を知ってか知らずか、彼らは無言でひたすら作業に没頭している。だがよく見ると手元が怪しい者も中にはいる。とっくに粉だけになっているすり鉢に気づきもしない者、実をただすりこぎで突いているだけの者。なにやらブツブツと呟いている者。上の空で作業を続ける彼らに仔狐は少々いらつくが、彼らは一様に真剣な顔つきだ。何か難しい考えごとに耽っているのだろう。仔狐は納得したようにちいさく頷くと、狭い隙間の更に奥へと身を滑り込ませた。


 沈黙を破ったのはチャールズだった。七輪の前に陣取っていたチャールズは、火ばさみで器用に小魚を掴みながら兄弟たちに声を掛けた。


「出来たぞ~。熱いうちに食おうぜ」


 チャールズは傍の木製のトレイの上に、炙った小魚を移していく。夕食は皆済ませてあるのだが、そろそろ小腹が空いてくる頃だ。作業を一時中断した兄弟たちは、思い思いに寛ぎながら干物を齧り始める。それまでしかめっつらで作業をしていたブライアンも、ようやく砕けた表情を見せて頬張っている。アルバートは少し冷ましたいらしく、尾びれをつまんで軽く振っている。エリックはそれを横目に、既に二匹目を口に運んでいる。ひとり二つまでだからな、とチャールズが笑いながら釘を刺す。


 どこか緊張した空気が漂っていた室内に、ようやく普段通りの穏やかな雰囲気が戻って来た。フランはほっとしたように丸い息をつくと、水を一口含んだ。コップを置いて、少し眠そうに目をこする。ギルバートも大あくびをして言った。


「あ~あ、なんかいろいろあった一日だったあ」


「そうだね~。結局すごい魔法使いって見つからなかったね。やっぱり簡単には見つからないよねえ」


 フランも肩を落としてため息をつく。フランの横に座るエリックが、ニヤッと口元に笑みを浮かべて言った。


「なんだ、やっぱお前らもそれが目当てだったのか。そうでもねえんだな、これが。俺はちょっと判ってきたもんね」


 エリックの向かいに腰を下ろしているアルバートが、エリックに身を乗り出す。


「おい、エリック。お前あの鍵の話、どこから仕入れて来たんだ? もしかして、鍵の持ち主に心当たりがある?」


「ん? いや~、ちょっとね。そうだ、アルもさっき変な目配せしてただろう、ブライと。あれ何よ、ええと、宮廷魔術師候補は誰かいるかって訊いた時」


 エリックの目聡さに驚きつつも、アルバートはこちらの質問が先だと譲らない。エリックは観念したのか、情報源のことはぼかしつつ応える。


「いやね、考えることは一緒さ。俺もいろいろ訊いて回ったんだよ。誰かすげえ魔術師、いねえかってさ。そしたら、そのなんとかの鍵を持ってる奴が、一番すげえ魔術師で、今はひとりだけ居るって話をしてくれたんだ。……けど、そいつはなんか事情があるのか、絶対無理だからやめとけって言われてさ。他にも鍵を持ってる奴がいたら、そいつを紹介して貰ったらいいってね。まあ、そうゴロゴロ居るとは思えねえなあって、さっきの話訊いてて思ったけどね」


「ふーん。それって、俺らが訊いた人と同じ人のことかな。……どう思う?」


 アルバートは隣のブライアンの顔を見る。ブライアンは二匹目を齧りながら頷いた。


「たぶんなあ、俺もそんなザラにいるとはとても思えないよ。十中八九、あのギルド長が言ってた人だろうな。絶対無理、て話も被るしな」


「ギルド長!? 盗賊ギルドの長!? え、どういうことよ、マジ??」


 エリックの声がうわずっている。滅多に動じることのないエリックが慌てふためいているのが面白くて、アルバートとブライアンは顔を見合わせて小さく笑う。他の者たちは話が読めず、きょとんと目を丸くしている。ギルバートがエリックの後ろから抱きついて、話の続きを求める。


「ちょっと、なにそれ、盗賊ギルドの長ってなんの話?」


「俺が訊きたいよ。アル、マジでどうなってんの」


 机を乗り越えてきそうな勢いのエリックに、アルバートは肩をすくめて言った。


「ええと、実は俺たち、いろいろあって盗賊ギルドのアジトにご招待されてさ。そこで、ギルド長とご対面ってなったんだ。で、その長が言うには、ウィルドっていう最高位の魔術師がいるんだけど、昔この国が追放している上に、ちょっと難問を抱えているから止めとけってね」


「そうそう、でも、止めとけって言いつつ期待満々って顔に書いてあるんだよなこれが。いいからさっさと連れて来いって脅されたようなもんでさ。完全に面白がってたなあ」

 ブライアンが愉快そうに笑いながら付け加える。エリックは悔しそうに歯噛みしながら更に食い下がる。


「ちくしょう、俺も会ってみたいのに! で、どんなヒトだった、渋い? ちょいワルおやじ?」


「ちょいワルって言うよりは、渋ヤバかなあ。渋いオッサンだったなあ……声も渋いし、悪かっこいいってカンジだった。あれで剣でも持ってたら、すっげえおっかなかっただろうなと思うよ。丸腰でも充分ヤバそうな雰囲気だったしな……」


 ブライアンはイグルスの姿を思い浮かべながら言った。今まで出会ったことのない類いの人物だった。危険だと判ってはいても、妙に人を惹きつける魅力を持つ、不思議な男だ。ギルバートとフランも興味津々といった様子だが、アルバートが尚も食い下がろうとするエリックを遮って口を挟む。


「それはちょっと置いておいてさ。……ほら、さっきの会話。二人とも、明らかにウィルドって言おうとしてただろう。てことは、追放されたとは言っても、孤立してるって訳でもないんだなと俺は思ったんだよ。それなりに、魔術師仲間との付き合いは持ってるヒトなんだなってさ。しかもなんか、あの面々に一目置かれているって感じだっただろ?」


 意外なアルバートの言葉に、ブライアンは大きく目を見開いた。あの時の会話を反芻しながら相槌を打つ。


「ああ、そうか。そこまで考えなかったな。ふーん、そう考えると、そこまで付き合い難い男ってこともないのかな。プラチナだって知ってるくらいだもんな。……俺はちょっと、怖い考えになってたんだけど、考えすぎてたかも知れないな、いや、やっぱりそうでもないのか……」


 う~んと首をひねるブライアンに、アルバートが話の続きを促した。ブライアンはためらいながらも、やはり催促の目を向ける弟たちの視線に負けて、渋々といった様子で口を開く。


「いやな、さっきのギルド長だけど……凄い魔術師なのは間違いないけど、騒動も呼び込むとも言ってたんだよ。で、さっきの鍵の話を知ってさ。……あの人たちは、どうなんだこれって話をしてたけどさ、よく考えたらそれでも真っ当な方なんだろうなと思ったんだよ。悪い奴だったらさ、死に掛けの魔術師を探すんじゃなくて、もっと手っ取り早い方法を取るんじゃないかと思ってさ」


 ブライアンは憂鬱そうに目を伏せる。エリックが言わんとすることを察したのか、眉をしかめて頷いた。フランとギルバートは不思議そうに兄たちの様子を伺っている。アルバートは苦笑いを浮かべて小さく肩をすくめた。


「……そうだな。きっといるんだろうな。わざわざ死に掛けている魔術師を探して、待ち伏せをする必要は無いと考える奴が。……魔術師を殺せば、そこに遣いの蛇はやって来る。もしくは、既に鍵を持っている魔術師に強引な手を使ってでも館の場所を訊き出せばいい。鍵も奪えば手に入る。どんなことをしてでも辿り着きたい奴だったら、そのくらいは考えるだろうな。そして、それだけのことをする価値はあるんだろう。なにしろ、今までに創り出された全ての魔法が手に入るんだからな。……その魔術師を城に招くとなったら、そんな輩を呼び込むことにもなるんだろう。きっと、そういうことを言ってるんだろうな」


 アルバートは険しい表情でそこまで語ると、コップの中の水をぐいと飲み干した。コップを置く音に静かに吐いたため息が重なる。エリックもいつになく神妙な顔つきでなにやら考え込んでいる。


 事情が飲み込めず、蚊帳の外だったチャールズとディランも、ここに至ってようやく話の重大さに気がついたようだ。互いに顔を見合わせて、はあ、と深いため息を洩らす。

少し考えて、チャールズがぽつりと呟いた。


「……凄い魔術師かあ。凄すぎるってのも、大変なのかも知れないな。妬む奴も多いだろうな」


「う~ん、そうだなあ。でも俺思ったんだけど、そういう人ってさ、敵に回ったらものすご~く恐ろしくない? だったらさ、味方になってもらった方がいいと思わないか。……その、追放されたってのが、どういうことか知らないけどさ」


 ディランも相槌を打つ。エリックは机に肩肘をついて、コップの水をすすっている。昼間のカルとの会話を思い出す。エリックは随分と食い下がったつもりだったが、カルはその魔術師のこととなるとまるで相手にせず、固く口を閉ざしていた。あの様子では、思っている以上に追放した理由というのは深刻なものなのだろう。エリックはコップの端を齧りながらしばらく考え込む。

 ふいに訪れた沈黙を破ったのは、ブライアンだった。冷めて少し固くなった小魚を噛み締めながら、ブライアンは忌々しげに言った。


「……ふん。その理由も訊いたけど、くだらない理由なのさ。馬鹿みたいな迷信を盾にして、無実の人間を追い出したんだ。昔、物凄い凶悪な魔術師が居てさ、そいつが死んだ時に、産まれたんだってさ。……そんなことで、生まれ変わりだって思われたんだと。本当、馬鹿みたいだ。むしろそれでひねくれたっておかしくないと思うぜ。……せっかく凄い能力を持っていても、まだ何もしてないうちから勝手に恐れられるなんてさ、理不尽だろ、そんなの……。俺は嫌いだ、そういうの」


 ブライアンは怒りで震える声で吐き捨てるようにそう言うと、窓の外に視線を向けた。荒れてくる心を静めるかのように、窓枠からぽつんぽつんとしたたり落ちる雫を仏頂面で睨みつける。じっと見据えている目が潤んでいる。その横顔に気づいたチャールズが、困ったようにアルバートに目配せをする。アルバートはちいさく笑って肩をすくめると、話の後を継いで語り始めた。


「……ええと、まあ今日得た話を総合するとだ、国境付近らしいんだけど、この国一番どころか、世界中探しても見つからないレベルの凄い魔術師が確かに実在していると。名前はウィルドっていうらしい。プラチナたちとも付き合いがあることから、魔術師たちから特に敬遠されている訳でもないらしいぞと。ということは、本人はそんなにあくどい人間でもないのかなと思えるな。少なくとも、彼らはその因習を気にせずに普通に関わっているんだろう。俺としては、かつて国が追い出したってことをきちんと清算した上で、先生の後継をお願いしたなと思うんだ」


 アルバートはそこで一旦話を区切ると、ざっと一同を見渡した。うんうんと頷いている弟たちの中、エリックがひょいと片手を挙げる。アルバートからの指名を得ると、いつになく真剣な表情で意見を述べる。


「俺もそれは賛成なんだけど、さっき言ってた問題があるじゃん? たぶん、本当にそいつを狙っている奴ってのはいて、しかも俺たちも既に目を付けられていると思うんだよ。……昼間、ちょっと俺尾けられていたみたいなんだよな。友だちが巻いてくれたんだけど……そいつにしては、随分と神経尖らせていてさ。もうこれ以上、関わるのは止めとけって釘刺されちまったよ」


 エリックの声は淡々としたものだが、目は真剣そのものだ。ブライアンは振り返ると、驚いたように目を見開いてエリックを見つめて言った。


「おい、お前もなのか? 実は俺たちもなんだけど、お前は大丈夫だったのか?」


「ああ。耳のいい友だちを持つと頼もしいなと思ったよ。なんか、マジもんみたいだな。それで忍んでる人たちは、ギルたちを引き上げさせたんだろうよ」


「……お前の友人ってどういうヤツだよ。まあいいけど。俺らは実際に襲われたんだけど、本気だったな……。そうだな、ここから先は俺らでなんとかするよ。明日、直に本人に会いに行ってみる。話はそれからだ」


 ブライアンの目に明るい光が戻っている。今はいろいろ悩んでいても仕方が無い。とにかく一度、直接会って話をしてみよう。そう決心してしまうと、今まで心の中で渦巻いていた重苦しいものが嘘のように消えていく。知らずのうちに覆い被さっていた呪いを払い除けたかのような爽快感が、心地良く広がっていく。さっぱりとした笑顔を見せるブライアンに、アルバートも穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「そうだな。まだ実際に会って話もしていないうちに、俺たちだけで盛り上がってもしょうがないしな。おかしな連中がうろついているようだし、特にギルとフランはいつも通り学校に通って、この話には関わらないようにした方がいい」


 途端に甲高い不満の声が二人分飛んでくるが、アルバートは知らん顔をしてすっかり冷めた二匹目の小魚を口に放り込む。エリックがへらりと笑って弟たちを宥める。しばらくは学校をサボらずに、一緒に通ってやるからと宣言するが、ギルバートとフランは口を尖らせてぶつぶつ文句を言っている。


 夜も更けてきたことだし、話も纏まったところでそろそろお開きにしよう、とチャールズが提案する。ディランは用の済んだ七輪の片付けに取り掛かり、まだ作業が終わっていない者は慌てて残りの作業を再開した。すり鉢の中の粉を入れ物に移していたギルバートが、突然声を張り上げた。


「そうだ、いいこと思いついた! あのさあのさ、さっき言ってた、その魔法使いを狙っている人たち? その人たちのことが困るんでしょ?」


「そうだけど、それがどうかしたか?」


 いきなり耳元で叫ばれたブライアンが、じろりと睨みながら応えた。ギルバートは勝ち誇ったように椅子の上に立ち上がると、高らかに言い放った。


「そういう悪いことしそうな人たちのことは、そのすごい魔法使いに任せちゃおうよ! だって、すごいんでしょ。すごい物知りなんでしょ、きっと自分でなんとかするよ!」


 突拍子も無い提案に、兄たちは作業の手を止めて唖然としている。ぽかんとしている一同の中、最初に我に返ったのはエリックだ。エリックは満面の笑みを浮かべて言った。


「お前、天才だな! それいいな、なんだ解決したじゃん! 簡単なこったな~!!」


 その発想はなかったよ、とあちこちから感心したような呟きが聴こえて来る。兄たちから次々に浴びせられる褒め言葉に、発言者は椅子の上で大いばりでふんぞり返っている。その時、どこからともなく見知らぬ声が響いて来た。


『アホかお前らはっ!! どういう発想だ馬鹿者!』


 突然怒鳴りつけられて、兄弟たちは一斉にきょとんと目を丸くして顔を見合わせる。罵声は更に続いた。


『まったく、アウレウス師はどんな教育をしているのやら! ああもう意味が判らん! 末っ子だけならともかく、兄たちまで賛同するとか揃いも揃って頭がおかしいんじゃないのか、大丈夫かこの国の将来はほんとに!!』


 尚もぶつぶつとどこからともなく文句が聴こえてくるのだが、不思議なことに声というよりは頭の中に直接響いてくるような感覚がある。確か、鳥の姿となったアウレウスに叱られる時もこんな感じだ。だが、どうもアウレウスとは声が違うように思う。ようやくこれは魔術師の使う魔術なのだと思い至った兄弟たちは、キョロキョロと辺りを探してみる。やがて屈んで物陰を覗き込んでいたフランがあっと驚きの声を上げた。


「ここ! ほら、ここに何かいるよ!?」


 壁際の床の上、木箱と大壷の狭い隙間に、何かの動物のちいさな鼻先が見える。気づいたブライアンが邪魔な木箱をよいしょと持ち上げた。そこにうずくまっているのは、随分とちいさな仔狐だ。銀の毛並みの仔狐は、しまったという顔をしてブライアンを見上げている。慌てて逃げようと踵を返す仔狐に、フランがさっと手を伸ばす。掴んだと思った手は何の手応えもなくすり抜けた。だが、触れられたことで術が解けたのだろう、仔狐の姿がみるみるうちに人間の女の子の姿へと変わっていく。


 突然現れた、長い銀髪の少女の姿に、今度こそ兄弟たちは言葉を失って呆然と立ち尽くす。アルバートとブライアンは、昼間対面した時よりもなぜか幼い少女の姿に、驚きのあまり大きく開けた口を閉じることすら出来ずにいる。あの時は十歳ほどの少女だったはずが、今はまるで五歳くらいの、丸々とした可愛らしい幼児の姿だ。


 しんと静まり返った室内に、雨音だけが相も変わらず降り注ぐ。動くものの無い世界で最初に動を取り戻したのは、引き攣った笑みを張り付かせたその少女だった。少女は気まずそうに視線を彷徨わせると、絹糸のようなやわらかな髪を翻し、くるりと扉へと向きを変えた。その後姿は既に仔狐のものとなっている。扉に首まで溶け込ませた仔狐は、再び室内へと顔を向けてちいさな口を開いた。


『……あ~、とにかく、もうこの件には関わらないこと!

これは忠告だからな、死にたくなければ金輪際一切関わってはならぬ。死神は動かぬといったら動かぬのだからな!』


 仔狐は毛を逆立てて、精一杯の威嚇の姿勢を取ってそう言い放つと、のしのしと大股で床を歩き、そのまま扉をすり抜けて外へと消えて行った。



***



 仔狐がちいさなちいさな矢となって暗雲立ち込める城の上空へと放たれた頃、古い瓦の作業小屋の中では、瓦を吹き飛ばす勢いで大きな大きな叫び声がでたらめに乱れ飛んでいた。

 そのただならぬ熱量に気圧されたのか、いつ果てるともなく降り続いていた雨は次第に勢いを削がれていく。夜明けの頃には星の光が遅れて瞬いているのだろう。

仔狐は城下より押し退けられる雨雲を引き連れて、主の元を目指して闇の中をひた走った。


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