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銀の魔女と七人の王子たち  作者: 蒼月葵
第三章 死神の名を持つ男
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2話

 夕食の時間が終わった今も、変わらず雨は降り続けている。この様子だと明日まで止むことはないだろう。

 アウレウスが招いた魔術師は四名なのだが、うちのひとりの到着が遅れているらしい。今晩魔術師ギルドで行われる予定だった定例会議は、最後のひとりの到着を待って王城内の会議室で行われる予定だ。もっともアウレウス自身、別の会議に出席するために外出したままだ。予定ではそろそろ戻る頃なのだが、いまだに姿は見えない。


 夕食を終えた七兄弟は、残した作業を完了させるべく、作業小屋へと続く廊下をぞろぞろと歩いている。途中、魔術師たちが寛いでいる客間の前を通り掛かる。中から洩れる笑い声に、先頭を歩くギルバートの足が止まった。聞き耳を立てる弟を兄たちはたしなめながらも、つい扉に顔を寄せて中の様子を伺ってしまう。再び起こる楽しそうな笑い声が、どうにも好奇心をそそる。エリックが聞き耳を立てながら言った。


「ふ~ん、今のはミーティスさんだな。あと誰が来てるんだろ?」


「さっき見たのはペルグランデさんだったかな。なんかすげえでかい赤毛のおっさん。ミーティスさんってどんな人だっけ?」


 エリックの疑問に後ろに居るチャールズが応える。エリックはミーティスについて知っていることを簡潔に告げた。


「んー、黒のロンゲで背の高い兄さん。見た目神経質そうなカンジだけど、話すと結構のんびりしてるな。プラチナの先輩で、それなりに実力のある人らしいよ」


「へえ。あれ、じゃあまだ来てないのって、フェルムさん?」


 横から割って入るのはブライアンだ。確かめるように皆の顔を見る。アルバートが小さく頷いて言った。


「そういえば、今日はまだ見てないな。……そうだ、ちょっと挨拶していかないか?」


「賛成!」


 アルバートの提案に、全員が口を揃えて応える。アルバートはにっこりと笑みを浮かべて、客室の扉を軽くノックした。すぐに中から返事が響く。カチャリとちいさな音を立てて扉が開かれる。出迎えたのはプラチナだった。意外そうに目を丸くして、わずかに肩をすくめる。


「あら、あなたたちだったの。てっきりフェルムさんかアウレウス様かと思ったわ」


「どうも、お久しぶりです。今日はちびたちがお世話になったみたいで。フェルムさんはまだいらっしゃっていないんですね」


 長兄らしい挨拶の言葉を送りつつ、ちらりと室内の様子を覗き見る。テーブルの左側の席に二人の男が腰を下ろしている。右側の手前の席にはプラチナが座っていたのだろう。その奥側は空席だ。そこがフェルムを待つ席で、やはり空席の上座の椅子は、アウレウスの予定で空けてあるのだろう。


 アルバートに気づいた二人の男は、笑顔を見せて立ち上がった。室内へと入るアルバートの後ろから、六人の弟たちがわらわらと入ってくる。口々に挨拶の言葉を送る王子たちに、二人の魔術師は微笑ましそうに表情を崩しながら丁重な挨拶の言葉を述べる。最後に中へと入ったブライアンが、軽く廊下の様子を伺ってから静かに扉を閉める。そして、この中でもっとも年長と思われるペルグランデに声を掛けた。


「あの、実はちょっとお訊きしたいことがあるんですけど、今構いませんか?」


「え? ああ、私は別に……。どんなことでしょう?」


 ペルグランデは長身のブライアンよりも更に頭ひとつ分は背が高い。肉付きも良く、巨漢と呼ぶにふさわしい堂々とした体躯だ。だが威圧感を与えないための配慮なのか、その身を少し屈めて静かな口調で相手に語り掛ける。穏やかな微笑みを浮かべて応えるペルグランデに、ブライアンはアルバートにさっと目配せをして訊ねた。


「ええと、実はほら、僕たちアウレウス先生の後任を、今探しているところなんですよ。ここだけの話、貴方だったら誰が良いと思いますか。自薦でも結構ですよ」


「……は? いやあ……それは、参ったなあ」


 予想外の問いだったのだろう。ペルグランデは頭を掻きながら真顔となって当惑している。隣に佇む男――ミーティスに顔を向けて、助けを求める。ミーティスも大袈裟に肩をすくめて苦笑いを浮かべている。プラチナはその様子が可笑しいのか、チャールズの背後でクスクス笑っている。エリックが肘で軽くプラチナを小突く。

「いいじゃん、参考までに教えてよ。ほら、残りの面子が来る前にさ。誰にも言わないからさあ、こっそりさ」


「……まあ、別にいいけど。いいじゃない、私も興味があるわ。ペルグランデさんだったら誰をお薦めかしら? 言われてパッと思いつくのって、貴方だったら誰?」


「ええ……そんなことを急に言われてもなあ、パッとって言われたら、そりゃあウィル、あ~いや、フェルムかなあ」


 言葉を濁しながら応える大男の隣で、ミーティスが小さく頷いた。


「私も同意ですねえ。するしかありませんねえ。という訳で、我々はフェルムに二票。プラチナは?」


「私? ……私ねえ……。フェルムさんもねえ、いいと思うけど。なんて言うのかしらねえ、もうちょっと刺激が欲しいのよねえ。それでいくとやっぱりウィ」


 途端に大の男二人が慌てふためいて止めに入る。意味が判らないという顔を見せる王子たちの中、約二名が無言でさっと視線を交わす。アルバートが話の続きを求めようとした時、割って入る声があった。エリックだ。


「あのさ、あのさ、質問その二! ええとなんだっけな、その~、メリクリの鍵ってやつ、誰か知ってる?」


 降って湧いた唐突な質問に、今度こそ魔術師たちは目を丸くして呆気に取られている。アルバートたちも同様だ。話の腰を折られたブライアンが口を挟もうとした時、ミーティスがぼそぼそと呟いた。


「いや、それはちょっと勘弁して欲しいですねえ……。どこでそんな言葉を知ったんですか?」


「へへへ、友だちにね。それを持ってる魔術師が、一番凄い魔術師だって訊いたんだけど。詳しいことは魔術師ギルドで教えて貰えっつってさあ、それ以上のことは教えてくんなかったんだ。魔術師が三人も揃ってるんだから、訊かない手はねえなって思ってさ」


 不敵な笑みを浮かべるエリックとは対照的に、魔術師たちは揃って難しい表情を見せる。意外な彼らの反応に、ブライアンも興味を引かれる。そっとアルバートの顔を覗き見ると、やはり気になるらしく、アルバートは小さく頷いた。弟たちも同様なのだろう、立ち尽くしている魔術師たちの背中を押して、彼らの席へと誘導している。アルバートはちいさく笑って、テーブルの上に置いてある銘々のティーカップにおかわりを注いでいく。


 興味津々と顔に書いてある七兄弟に取り囲まれ、観念したのか俯いていたペルグランデが仕方なく重い口を開いた。


「……う~ん、しょうがないなあ……。本当は、魔術師以外には教えたくない秘密なんですが。それが世の中に蔓延する魔術師への偏見を助長しているというか……。だからあまり世間には知られたくないんですよ」


「そうそう。魔術師は頭がおかしい、と差別される大きな原因になってますよねえ……。酷い話です」


 ミーティスも愚痴をこぼす。はあ、とプラチナも力なくため息を洩らす。ここに至ってようやく話の重大さに兄弟たちは気がついた。気まずそうに顔をしかめるエリックに、ブライアンが力強く頷いて見せる。ブライアンは真剣な眼差しを魔術師たちに向けて、丁寧な口調で語り掛けた。


「一体なんの話なのか、僕はよく判りませんけれど。魔術師への偏見の原因となっている、となれば訊かない訳にはいきません。僕は、いや僕らはそういうものが大嫌いなんです。いわれのない偏見を持たれることがどれほど辛いものであるか。……僕らは知っているつもりです」


 噛み締めるように、静かに言葉を紡いでいく。真摯な瞳に宿る熱い光が、魔術師たちを覆うほの暗い影をそっと押しのける。しばらくの沈黙ののち、応えたのはペルグランデだった。彼は場の空気を和ませるかのように、たははと笑いながら頭を掻いた。


「判った、信じましょう。……それは正しくは、メルクリウスの鍵、です。古くからの言い伝えがありましてね。魔術師が死ぬと、その夜にどこからともなく蛇が現れるんです。

 そしてその蛇は魔術師の記憶、主に知識を食べていずこかへと去って行く。……蛇たちが集めた知識は、メルクリウスの館と呼ばれている処へ運ばれ、そこにはそうして得た過去から現在までの全ての魔法、魔術が収められていると言われています。

 その館に入るための鍵、それがメルクリウスの鍵。どうやったらその鍵が手に入るのか、その館にたどり着けるのか。その謎におよそ全ての魔術師は挑みます。偉大なる先人たちが遺した、大いなる英知の全てがそこにあるのですから。ですがその謎を解いた魔術師は、現在までにおそらく幾人とはいないでしょう。であるからこそ、それを知るに至る魔術師とは、最高位と呼ぶにふさわしい魔術師なのです」


 ペルグランデはそこまで語り終えると、高揚してきた心を落ち着かせようと静かに息を吐いた。いつの間にか、膝の上で両の拳を硬く握り締めている。それに気づき、ペルグランデは自嘲気味に口元を歪めた。まだ諦めてはいない自分を強く意識する。他の者も同じ想いを抱いているのだろう。隣に座るミーティスが、目の前の水の入ったゴブレットをじっと見据えている。プラチナは静かに目を閉じて、唇を真一文字に結んでいる。二人とも身じろぎもしない。


 彼らの周りを囲んでいる兄弟たちは、思いも寄らぬ話に驚いている様子だ。ギルバートとフランは顔をしかめて考え込んでいる。最初に話題を振ったエリックは、合点がいったのか納得した表情を見せる。驚いた顔をしているのはアルバートとブライアンだ。アルバートは目を丸くしてブライアンに顔を寄せた。ブライアンも話を頭の中で整理しつつアルバートの囁きに耳を傾ける。


「……驚いたな。エリックのやつ、どこからそんな話を仕入れて来たんだろう」


「さあなあ。……ギルドのお頭が言っていた最高位って、こういうことだったんだな。てことは、要するにそいつの知らない魔法は無いってことになるのか。……すげえな。そりゃ確かにすっげえわ」


 最高位の魔術師――その非凡さを、改めて思い知らされる。この世に生み出された全ての魔法を手にしている者。

 盗賊ギルドの長から訊いた話を思い出す。今、世界のどこかに、確実にひとり存在しているのだ。その事実がいまだに信じられない。


 エリックは更に質問を重ねようとしたが、ふいに響くノックの音に遮られた。扉にもっとも近いディランが短く返事を送り、扉を開ける。そこに立っていたのは、アウレウスと深緑のローブに身を包む男だった。ディランは遅れてやって来た来客を室内へと招いた。


「ようこそ、フェルムさん。お久しぶりです。先生もご一緒だったんですか」


「本当に久しぶりですね。前に会った時よりも、随分と背が伸びましたね。アウレウス師と同じ会議に出席していましてね。そのままご同行させて頂きました」


 フェルムはにこりと微笑んで簡単に説明した。背はアウレウスよりも高く、ブライアンと変わらないぐらいだ。歳は確か四十ほどで、ペルグランデとさほど変わらない。焦げ茶色の髪には白髪も少々混じっている。伸びた髪を邪魔にならないよう黒の紐で縛り、背に流している。髭はアウレウスと同じく、鼻の下だけに伸ばしている。

 右手には肩から床までの長さの、ねじれのある木で出来た杖を携えている。アウレウスより一歩下がった位置で佇む彼を、アウレウスは背中を軽く叩いて室内へ入るよう促した。アウレウスはテーブルの周りの意外な顔ぶれに気づくと、呆れたように目を見開いて言った。


「おいおい、なんで七人とも揃っているんだ? 何か良からぬ相談でもしていたんじゃないだろうな」


「違いますよ、僕らはちょっと質問に来ただけです」


 応えたのはアルバートだ。肩をすくめる長兄に、アウレウスは片眉を上げて鼻をちいさく鳴らす。ミーティスが笑いながら口を挟む。


「本当ですよ、今、鍵の話をしていたんです」


「鍵? ……それはもしかして、あの鍵のことか?」


 意外な言葉に、アウレウスは唖然とした顔を見せる。ペルグランデは席へと腰を下ろすアウレウスに、今までの経緯をざっと説明した。ブライアンは同じく目を丸くしているフェルムに、椅子を勧めながら言った。


「でも、今ひとつ良く判らないことがあります。その話が、どうして魔術師への偏見に繋がるんですか? 皆さん、そのことを随分気にしておられましたけど」


 葡萄酒の瓶と、人数分のゴブレットを携えた従者が室内へと入って来た。さっとブライアンがそれを取り上げ、アルバートが優雅に注いで回る。居座る気満々の七兄弟に、魔術師たちは苦笑いを浮かべて顔を見合わせる。アウレウスに促され、ペルグランデが先ほどの話の続きを紡いだ。


「……ええと、どこまで話しましたかな。そう、それでですね、多くの魔術師たちが、蛇の行く先を突きとめようとしました。まあ、誰でも同じことを考えます。蛇の後を追えば、きっと館へと辿り着けるに違いないと。それで、死に掛けの魔術師をまず探しまして。蛇を待ち構えるわけですね」


「え……。死に掛けの魔術師、ですか」


 思わず口を挟むのはチャールズだ。一斉に魔術師たちは頷く。ミーティスが更に話を続けた。


「そうですよ。あそこの老師が今夜あたり危ないらしい、という噂が立つと、近隣に住む魔術師がこぞって集まるわけです。それで、今か今かと待ち構えて、蛇がやって来たら銘々があの手この手で追い掛けるんです。そのためにも、化身の術は必須ですねえ。で、やっと死んだしそろそろ来るかなと思ったら、これがなかなか現れなくて。ええと、だいたい一週間以内でしたっけ?」


「そう訊いているがなあ……。どうも、死んだ晩は来ないみたいだな。次の晩から一週間くらいが目撃情報が多いな。何しろ、知識の殿堂へと辿り着けるかどうかの一大勝負だから、直弟子たちは余所者を近づけようとはしないし、皆出し抜こうと邪魔はするしで大騒ぎなんだよなあ」


 ペルグランデがため息をつきながら応える。プラチナは目を輝かせてアウレウスに向かって身を乗り出す。


「もちろん、アウレウス様は私たちをお招きくださいますわよね。私はちゃんと病床のお世話も致しますから、どうぞ早めに呼んでくださいな」


「あ、こら言ってる傍から抜け駆けは止めろ。我々も下の世話でもなんでも致しますので、そろそろ死にそうだとお判りになったら是非お教えくださいよ。本当にお願いしますよ、アウレウス様には期待しております。高名な魔術師の場合、蛇の数が増えるらしいですからね。きっと三匹くらいは来るんじゃないんですか。一匹くらいなら、なんとか後を追えるかも……」


「そうそう、私はアウレウス様に掛けているんです。きっと辿り着いてみせますから、どうぞ安心して死んでください。アウレウス様の死は決して無駄には致しません」


 ペルグランデとミーティスも満面の笑みを浮かべてアウレウスに詰め寄る。アウレウスは嫌そうにあさっての方角に視線を向けて、投げやりに応えてやる。


「いいけどな……。腐る前に葬式は出してくれよ。大概、葬式そっちのけで大盛り上がりだからなあ。まあ、ワシもやったんだけど……。ちくしょう、あいつは歳食ってからの面倒だけはきっちり押し付けておいて、いざって時に勝手に海に落ちて死にやがったからな。お陰でワシが用意していた術もパアだ。いや、まだ諦めんぞ。そろそろあそこのババアが……いやなんでもない」


「アウレウス様! ババアってどこのババアですか!! 私にも紹介してください、丁重に介護して差し上げますから!!」


 血相を変えるペルグランデに、我も我もと同調の声が飛び交う。テーブルを囲む魔術師たちの鬼気迫るやりとりを、若い王子たちは唖然として眺めている。

 やがてブライアンが気まずそうに呟いた。


「……えっと、ちょっと出ようか」


 兄弟たちはこっくり頷くと、尚も続く魔術師たちの熱い舌戦を背中に聴きながら、そっと部屋を後にした。



***



 バタン、と扉が閉まる音に、誰からともなく安堵のため息が洩れる。静まり返る兄弟たちの中、フランがちいさく呟いた。


「……ごめんなさい……いけないことなんだろうけど、僕、ちょっとドン引きしたかも……」


「いやあ、実は俺もだ……」


 俯いたまま応えるのはブライアンだ。アルバートも複雑そうに眉をしかめ、う~んと呻いて首をひねる。


「ちょっとなあ……なんて言ったらいいか判らないなあ。まあ、あれだ。偏見はよくないとしても、価値観の相違というものは、あるなあと思わざるを得ないというかな……」


 気を取り直した七人の王子たちはうんうんと頷くと、雨が降り込む廊下をぞろぞろとねり歩いた。


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