表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の魔女と七人の王子たち  作者: 蒼月葵
第二章 すごいヤツを探せ!
14/39

9話

 見知らぬ大男の両肩にだらりと担がれていた二人は、男が路地の行き止まりにある古びた建物の扉を蹴破ったところで、ようやくハッと我に返った。アルバートは男の背中を右手でぐいと押して顔と上半身を起こそうと躍起になる。ブライアンも手足をばたつかせるが、屈強な腕で抑え込まれた腰はびくともしない。男は軽く微笑むと、所どころ穴のあいた床板を踏み抜かないよう気を遣いながら、子供をあやすように言った。


「はいはい、もうすぐだから暴れないの。ここから狭いんだから、ぶつけちゃうでしょ」


「あ、あの! 一体どこなんですかここは」


「てか、あんた何者??」


 男は右手に見える扉の前に立つと、えいっと小さく気合いを入れて、尻で扉を豪快に開ける。床下へと続く狭い階段を二人を担いだまま降りながら、二人に交互にウインクしつつ疑問に簡単に応えてやる。


「ここはね、私たちのア・ジ・ト♪ 本当は内緒なのよ? 今日は特別。ボスが貴方たちとお話がしたいんですって」


 思わず二人は顔を見合わせる。ブライアンはあからさまにうんざりとした表情を見せる。アルバートは眉間に皺を寄せながら訊いた。


「ぼ、ボスって……。ええと、迷子の案内所の、ですか?」


「え? ああ、まあそうね」


「で……その、貴方は一体……?」


「あたし? あたしの名前はシャロン。あたしのことを魅惑の歌姫、セイレーンと呼ぶ者もいるわ。……罪な女よね」


 船を沈没させるんですね、と小声で呟くブライアンを、アルバートが目で牽制する。いくらなんでも迷子案内所の施設としては不審な点が多すぎる。まだ何も判っていないうちから、相手の機嫌を損ねることをする必要は無い。そうこうしているうちに、唐突に男は立ち止まった。そこでようやく二人は男の腕から解放された。


 二人が降り立った場所は、暗く狭い廊下の突き当たりだ。目の前に頑丈そうな鉄製の扉がある。男――シャロンは、扉の横に取りつけてある呼び鈴を軽く鳴らし、重い扉を軽々と開けて中へと足を踏み出した。ちょっと待っててね、と二人に声を掛けてから、ひとり中へと入っていく。

 アルバートがブライアンに顔を寄せて、何事かを囁こうとした時、部屋の中から『入れ』と声を掛けられた。予期せぬ声に、二人は思わず真顔に戻る。低く響くそのありふれた言葉には、決して大きな声ではなかったはずだが、聴く者を威圧するだけの迫力が篭っている。ブライアンは我知らず、長剣の柄を握り締めなおす。アルバートも鞘に納めていた短剣をローブの下に隠し持つ。


 強張った表情をみせて立ち尽くす二人に、中からシャロンが手招きをした。緊張をほぐそうとするように、にっこりと微笑みかける。濡れたローブは既に脱いでおり、上品な化粧を施した顔は、実に人懐こそうな、見るものを安心させる優しい笑みを浮かべている。ブライアンは隣に立つアルバートに顔を寄せて小声で囁いた。


(なあ、どうしよう。ケツアゴなのを置いとけば、いい人っぽいよな)


(……まあな、いいお姐さんだよな。身だしなみも清潔感があるし。非の打ちようのない、立派な淑女だ。とにかく、油断はしないようにな)


 二人は小さく頷き合うと、まずアルバートが部屋の中へと向かった。すぐ後にブライアンが続く。二人は扉が閉まる音を背後に聴きながら、暗闇にところどころ浮かぶ蝋燭の明かりを頼りに、室内の様子を伺った。かなり広い室内の壁一面に、様々な大きさの鏡がびっしりと飾られている。大きな姿見が三つほど、まるで扉のように三方の壁に据えつけられている。その周囲は、鏡、鏡、鏡だ。正面の壁に掛けられている鏡は、全て違う光景を映し出している。他の壁の鏡は、普通の鏡と等しく部屋の光景を正しく捉えている。

 そして、正面の壁の前には大きな一人掛けの椅子が据えられている。その傍らには、異様な風貌の男の姿があった。


 床まで届こうかという長い白髪。燃えるような紅の地に、黒の縁取りの入った長衣は足元まで覆い隠す。長く細い革のベルトを腰にゆったりと巻きつけ、特に武器らしい物は見た目には携えてはいない。

 男は椅子の背もたれに肩肘をついて、まるで値踏みするかのごとく、二人の来客に交互に視線を這わせる。


 アルバートとブライアンも、ただならぬ気配を醸し出す部屋の主を注視せずにはいられない。どうしても耳の先端に視線が止まる。アルバートはためらいながらも、思いきって疑問を口にした。


「……貴方は、エルフの血を引いているのですか?」


「ん、まあ、半分ほどな。だが受け継いだのは、せいぜい耳くらいのもんさ。あいにくたおやかな美青年、とはいかなかった」


 クックと笑いを洩らす。二人はなんと返してよいか判らず、思わず顔を見合わせる。気まずそうな顔をする二人を気遣ってか、シャロンが横から口を挟む。


「あら、あたしはお若い頃はそれはそれは、というお話を訊いたことがありますわよ。今もお気持ちは十分お若いですけれどね。悪戯心は少しも褪せてはいらっしゃらないご様子ですしねえ?」


「ハハハ、敵わねえなあ。……隣に、茶菓子でも用意してやれ」


 シャロンは承知の旨を返すと、優雅にお辞儀をして鉄の扉を再び押し開けた。バタン、と響く重い音が二人の意識を部屋の主へと戻す。男の声色は落ち着き払っており、特に不機嫌さを感じさせることはない。先ほどの魔術師のような、あからさまな敵意を向ける様子もなく、二人はそっと息を吐いて緊張の糸を僅かに解いた。そこでようやくアルバートが、床に落ちる雫に気がついた。既に床に敷かれた絨毯には、かなりの染みが出来ている。慌ててブライアンにも声を掛けて、二人揃ってローブを脱いだ。


「あの、申し訳ありません、気がつきませんでした」


「ああ? 引っ捕まえてきたのはこっちだしな、細かいことだ。……そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺の名はイグルス。盗賊ギルドのカシラをやっている」


「はあ????」


 素っ頓狂な声がぴたりと重なり、暗い室内に響く。呆気に取られて立ち尽くす二人の耳に、部屋を揺らす豪快な笑い声が木霊した。



***



「迷子案内所じゃなかったのか……」


「おかしいと思ったんだよな。どうりで柄悪かったり、斧持ってたり……」


 隣の部屋へと移動したアルバートとブライアンは、うなだれながら手拭いで顔を拭いた。頭と体も簡単に拭う。服が濡れているのが気になったが、イグルスに早く座れと促され、そのままの格好で用意されている椅子に腰を下ろした。シンプルな造りではあるが、それなりに高価そうな長方形のテーブルの上には、湯気を立ち上らせる陶器のカップが用意されている。

 良い匂いに誘われて覗き込むと、中には茶ではなくスープが注がれている。具は目立たないが、とろけた野菜が湯気の下に漂っている。刻んだベーコンも少し入っている。ブライアンがたまらずカップを口元に近づけるが、理性がそれを押し留める。アルバートも両手でカップを包み込んで、暖を取りながら困った顔をしている。その時、シャロンが焼いたパンが入ったバスケットをテーブルの上に置いた。


「大丈夫よ、あたしが作ったの。朝食用に作ったのが残っていたの。ああでも二人とも王子様だものね、お口には合わないかしら」


「え、いや、そんなことはありません」


 はにかんだ笑みを浮かべるシャロンに、ブライアンが慌てて手を横に振って否定する。とはいえ、いくら美味しそうなスープとパンでも、ここが盗賊ギルドの本拠地と知って口にする気にはなれない。だが、ほわんと立ち上るコンソメの匂いに食欲をそそられずにはいられない。

 二人の対面の席に座るイグルスが、バスケットからパンをひとつ取って言った。


「心配するな、腹減ってるだろうが、好きなだけ食え。肉も焼いてるところだ。若いもんが遠慮するな。金は後でアウレウスからふんだくるから心配いらん」


「いや若いとかの問題ではなく……へ? 今、なんて?」


 思わずきょとんとするアルバートに、イグルスは葡萄酒の入ったゴブレットを傾けながら言った。


「アウレウスとは、アイツが若い頃からの付き合いだ。あの頃は、暇潰しに占い屋をやっててなあ。いやあ、儲かったなあ」


「う、占い屋??」


 うわずった声を上げるブライアンに、イグルスは頬杖をついて懐かしそうに目を細めて応える。


「占い屋。いわゆる世を忍ぶ仮の商売って奴だ。妖しげな小屋を用意して、いわく有りげな骨董品を並べて、ちょいと観察眼があって弁の立つ奴を置いておけば、口コミで客が来るわ来るわで大儲けよ。まあふらりと寄ったアウレウスに、インチキがばれて潰されたんだけどな。あの時はアイツ、まだ魔術師見習いだったかな。クソ真面目な奴を怒らせるもんじゃねえなあと思ったもんさ」


 イグルスはカラカラと愉快そうに笑う。アルバートはブライアンに顔を寄せて、ぼそりと呟いた。


「……すっげえなあ、先生……」


「とんでもねえな、盗賊ギルドの表の稼業、潰したのかよ。あれ、てことは、今の表の稼業ってのが……」


 二人は顔を見合わせて、怪訝な表情を浮かべる。話の流れからすると、盗賊ギルドの現在の表の稼業が、件の迷子案内所なのだろう。だが、どうしてもこの目の前に座るギルド長からは、二つの組織を繋げるものが見つからない。

 イグルスは葡萄酒を一息に飲み干してから、話を続けた。


「それでなあ、その後しばらくは薬草問屋をやってみたんだが、これもアウレウスが口うるさくてな。しょうがねえから、今は大人しく迷子案内所をやってる訳さ。日常の中の非日常ってのも、なかなか楽しいもんだろう? 迷路作るのも、結構金掛かったんだぜ?」


 迷路、という言葉に二人は言葉を失った。しばらく唖然とするが、ブライアンが一足先に我に返って叫んだ。


「おかしいと思ったんだ、あんたらが道を塞いでたってわけか! なんでそんな手間の掛かることを!?」


「暇潰しだつっただろ。長生きしてるとヒマなんだよ。一応、本物の迷子も来るぞ。そういう時はちゃんと無料で親元まで届けてやっている。道を塞ぐのは俺の目に適った奴の時だけだ。子供以外の迷子の場合は、ぼったくった上でちゃんと目的地までご案内してやっている。これ以上、健全な表の商売があるか?」


「……う~……。そうだ、ということは、あの着ぐるみの中の奴とか、ドワーフたちも盗賊なんですか」


 ドワーフたちの使い込まれた斧を思い出す。ドワーフは本来、街中にはいない妖精族のはずだ。宝石を掘り出すのが主な生業であるはずの彼らを、わざわざ連れて来て盗賊にしたのだろうか。ブライアンは非難の目を向けた。だがイグルスはチラリとブライアンに視線を向けると、意外にも真顔となって質問に応える。


「着ぐるみの方は生粋の盗賊だが、ドワーフはカタギだよ。あいつらは裏稼業のことは知らん。……去年だったか、どこぞの商船が、ドワーフをごっそり積んでいてな。まあ、売り飛ばすつもりだったんだろうよ」


「売り飛ばすって……ドワーフをですか?」


 思わずアルバートが口を挟む。イグルスは二杯目の葡萄酒を手酌しながら言った。


「あいつらは無駄に力があるし、頑丈だからな。手先も器用だ。馬鹿が多いからすぐあくどい輩に引っ掛かる。鉱山にでも持っていけば、いくらでも買い手は見つかるさ。肉と酒で雇っておけばよいものを、まあ詳しいことはいいんだ。あいつらは商品のドワーフじゃなくて、漕ぎ手としてこき使われているドワーフだったんだよ。見つけた時はガリガリだったっけな。珍しいモノではある。だが、まあそんなに面白いものでもねえ。俺はそういうのは好かねえ」


 吐き捨てるように言うあたり、心底腹立たしいのだろう。得体の知れない男だと思ったが、冷徹という訳でもないように思える。熱いスープをすすりながら、アルバートは少し考えこむ。隣のブライアンは眉をひそめながら言った。


「でも、貴方だって彼らを利用してるのは同じじゃないですか。あんな格好させて、盗賊の片棒を担がせている」


「なりゆきなんだよ。最初はメシ代酒代を稼がせるつもりでやらせたんだけどな。どうも連中のツボにはまったらしくてなあ。本物の迷子の子供の面倒を見た時に、随分と感謝されたのが嬉しかったらしいな。今じゃこの辺の子供らに武器の扱いまで教える始末よ。背中のアレは、一見のガキがびびらねえように、自分らでこしらえたんだぜ」


 イグルスは愉快そうに手振りを交えながら説明してやる。ブライアンは彼らの姿を脳裏に描きながら、納得したのか神妙な顔つきで頷いた。確かに、無理矢理やらされているとは思えないような、はつらつとした姿だった。アルバートは苦笑いを浮かべながら言った。


「……なんというか、色んな人生があるな」


「う~ん……確かに。俺らはそのお陰で散々な目に遭うわけだけどな」


 はあ、とため息が同時に洩れる。うなだれながらパンをぼそぼそと食べる二人の王子を、イグルスはニヤニヤと口元を歪めながら見物している。大皿に乗って運ばれてきたばかりの、肉の塊りが三つほど挿してある串を一本手に取って、二人にも食べるよう促す。もはや遠慮する気の無い二人は、短く礼の言葉を送り、一本づつ手に取った。良い具合に焼き色のついた豚肉は、思いのほか柔らかく、香辛料もふんだんに使ってあって実に美味い。あっという間に平らげて、二本目に取り掛かる。イグルスはゆっくりと味わいながら、彼方から聴こえてくるかすかな鐘の音に、尖った耳をぴくりと動かす。夕刻を告げる美しい響きに、見知りの老魔術師の罵声が重なる。イグルスは小さく嗤うと、むき出しになった串を皿に戻しながら告げた。


「……そろそろ戻らねえと、じいさんに小言食らうんじゃねえか? お前らが迷路で遊んでるのを、あいつ空から見てたしな。戻って来ねえのを俺のせいにされたんじゃ俺が困るんだわ」


 肩をすくめるギルド長を、二人はぽかんとして見つめた。先に口を開いたのはアルバートだ。


「……え、先生が見てたんですか?」


「ああ、あいつ、最近は鴉に化けるだろ。様子を伺っていたぜ。すぐにフラフラ飛んで帰ったけどな。ああそういやあ、他にもお前らを監視してる奴がいたっけな」


 イグルスの何気ない言葉に、ブライアンが真顔に戻る。自分たちを襲ってきた男のことを、今の今まで忘れていた。くやしそうに歯を食いしばるブライアンに、アルバートも眉根を寄せて小さく頷く。


「すっかり忘れてたな。……あいつ、本当に叔父上の、ああ、いや……」


 目の前に座る男の存在を思い出し、アルバートは語尾を濁した。だがそんなことはお構いなしに、イグルスが口を挟む。


「あれは、そうだろうな。だが、もう一組居たのを知っているか?」


「え?」


 意外な言葉に、二人は思わず目を丸くする。余裕の笑みを浮かべるイグルスの続く言葉を待った。イグルスは二本目の串を口に運びながら応えた。


「前から一人、背後に三人。あと飛び入りの狐さんだな。お前らが道を間違えた辺りで、アウレウスが近くに居る近衛を帰した。……三人組の方は、別口だ。こいつらはお前らの手には負えん、連中を本気にさせる前に、人探しからは手を引くんだな」


 イグルスの口調は軽いものだが、目には有無を言わせぬ鋭い光が宿っている。盗賊ギルドの長であるという事を、改めて思い出させる。闇夜に突きつけられる白刃のような迫力に気圧されながらも、アルバートはなんとか平静を保ちながら疑問を口にした。


「……貴方は、知っているんですか、その輩を。僕たちの目的も、知っているんですね」


「ああ。アウレウスの後釜を探しているんだろ。お前らは若いから知らんだろうが、昔この国には、やべえ魔術師がいてな。近隣諸国にも知れ渡る大悪党よ。ついたあだ名が『死神』だ」


「……死神、ですか」


 アルバートがひと呼吸置いて、訊き返す。

 あの銀の髪の少女も、その言葉を口にしなかったか。彼女が紡いだ言葉は、確か……。

 複雑そうな表情でそれきり押し黙る。ブライアンは何か言いたげに口をわずかに開くが、言葉を発することなく再び口を真一文字に結ぶ。ふいに訪れた沈黙を破ったのはイグルスだった。


「今日のお前らはなかなか愉快だったから、駄賃代わりに教えといてやろう。死神は二人いる。一人は、今言ったばかりの、史上最強最悪の黒魔術師だ。もう一人は、空白の魔術師――名を、ウィルドという」


「空白、の……?」


「そう、ウィルドとは、空白の意。そして死神の名を継ぐ男。ただ、そいつ自身はまだ何もしていない。周りが勝手に恐れをなしているだけだ。この国には、そんな因習があるのを知らないか」


 そこに至り、ようやく話の筋が見えてきた。因習という言葉が、二人の王子の顔つきを一瞬にして変える。

 今まで一切見せなかった、若さに似合わぬ凄みを宿した二対の眼を、イグルスはじっと見比べた。宿す色に若干の差異を見て取ると、満足そうな笑みを湛え更に話を続けた。


「……ある者が死す時。同時刻に生を受けた者は、生まれ変わりと断じられる」


「そんなものは、迷信だ!!」


 怒りを孕んだ声で吐き捨てるように言い放つのは、ブライアンだ。アルバートも厳しい表情で無言で頷く。イグルスは口元を歪めると、揶揄するような口調で言った。


「それが、そうとも言い切れねえのが、この騒動のややこしさだ。なんせ、三十半ばで最高位まで辿りつくほどの、とんでもねえバケモノなんでなあ。……あのアウレウスですら、とっくに勝負から降りるような、な。だからこそ、そいつの動向に神経を尖らせている連中は多いんだよ」


 ニヤリと嗤うイグルスに、ブライアンは思わず腰を浮かせるが、掴み掛かるのはなんとか堪え、自身を落ち着かせようと深く息を吐いた。

 雨の中対峙した、魔術師の言葉が脳裏をよぎる。


 最強の魔術師を知ろうとするな。

 最強の者には、最強たらしめる所以がある。

 引き寄せる禍はいずれ国を乱す。求めてはならぬ――


 再び沈黙する対の顔を、イグルスは頬杖をついて興味深そうに見物している。部屋に満ちる重い空気を解き放ったのは、兄の方だった。アルバートは俯いているブライアンの横顔をそっと見つめると、小さく息をついて言った。


「……要するに、その人に対して敵意を持っている人が多いんですね。僕たちが最強の魔術師を追い求めて、その人に辿り着くのが嫌な連中がいると。僕たちを追っていた三人というのも、そういう輩なんですね」


「まあ、そうだ。どこのどいつかは俺も知らん。だが、いちいち探ったところで、キリのねえ話なのさ。ましてや、宮廷魔術師なんかに雇ってみろ、そういう連中がうじゃうじゃ湧いて出てくるぜ? あいつに代わる魔術師はいねえのは間違いねえな。だが、面倒ごとも同時に持ち込むぜ。だからまあ、止めとけって話になるのさ。それでなくとも、魔術師ってのは民衆から厄介者扱いされるものだ。ましてや、いわく付きとなれば、尚のことな。関わらないのが上策だ、大人しく中の上の魔術師を招聘しておくんだな」


 話し終えたイグルスは、席を立って二人の王子を静かに見下ろした。その目の奥に、今しがたの言葉とは裏腹に、煽っているような光がちらついている。フッと笑みを浮かべるイグルスを、アルバートとブライアンは席を立って真っ直ぐに見据える。ひと呼吸置いて、アルバートが応えた。


「……ご忠告、ありがとうございます。今日は色々と勉強になりました。出来れば、もう少し教えて頂きたいんですけれど、いけませんか?」


「ここから先は、有料だ。……そうだな、忠告ついでに、もうひとつ。俺が大人しく愉快犯を決め込んでるのは、アウレウスを気に入っているからだ。あいつが隠居したあとは、俺はこの国がどうなろうが知ったこっちゃねえ。とはいえ、俺の好きそうな匂いのする、飽きの来ない食わせ者でもとっ捕まえてくるんなら、まあ話は別だがな」


 カラカラと笑いながら部屋を後にするギルド長に、二人の若者は苦笑いを浮かべて別れの挨拶を送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ