シルバーシートは空いてますか?
現在、ヒーロー戦隊達が苦戦を強いられている様です。と、言うニュースが客の減った大衆食堂のテレビから流れている。
コンクリートに叩き付けられたヒーロー達が、その勢いのままに転がり変身が解ける姿がヘリから狙う報道カメラにばっちり映った。
「あ?おいおい!桃ちゃんちょっと見てみなよ!ありゃ、良君達と家の馬鹿じゃねーか?!」
何時も遅めの昼食を食べにやって来る常連の親父が、テレビに視線を釘付けにしたまま、バタバタと手を振って大衆食堂『あかり』の名物女将を呼び寄せた。
限界までアップにしている為か、ピントが合って居ない画像が喧しいヘリの音と共にヒーロー達のピンチを伝えている。
ゲラゲラ笑う悪役にも視点は移るが、ちらちら背中を移される若者達の姿は見る者が見れば誰だか解った。
赤いジャケットを埃まみれにしながら転がる背中は、常連の親父が言うように良ちゃん・・・この店の女将と店主の子供である長男と、その幼馴染や友人達だった。
その家の一人が常連の息子でもある。
「あらまぁ、喧嘩でもしてるのかと思ったら。あの子達ヒーローやってたのねぇ」
「いやぁ驚いたねぇ・・・確かに正義感が強い子だけどまさかヒーローたぁ思わなかったよ」
ペチンと年々広がる額を叩いた店主夫婦の友人兼常連客は、「家のはどうせ、ノリでやってんだろ」とケラケラ笑った。
「何だい、そーか。それじゃあ今年は安泰だなぁ何てったってー・・・」
「その無駄口を閉じないとフライパンが飛ぶよ!」
バンッ!っとテーブルを叩いた女将の怒鳴り声に、常連客は怖い怖いと肩を竦めた。
「母さん、テレビも引っ込んだみたいだし回収してきなよ」
「それもそうねぇ・・・あの子達車とか足はあるのかね?」
カウンターから身を乗り出した、頭の眩しい店主の言葉に頷いた女将は「あるなら原付で行くけど」と溜め息を吐いた。
ザッピングして各テレビ局の放送状況を確認した店主は、苦笑しながら頷いた。
「ケンちゃんの車と秋ちゃんのバイクがあるし、カメラも引き上げるからいっといで」
「そう?ならカブで行くかね」
まだ、ヒーロー達のピンチと言う状況に変わりは無いのだが、近年の成立した『ヒーロー法』により、素顔を晒している状況の彼らを放送出来ない各局は退散するらしい。
背中程度であれば良いが、彼らの素顔がカメラに映ってしまうとそのTV局は今後ヒーロー関係の報道が出来なくなると言う法律だ。
ヒーロー達が変身解除していると言う今、素顔が映る危険性が高い為各TV局は退散するしかないのだ。
福々しい体格の『あかり』の女将は、年季の入ったカブに大きな尻を乗せるとトロトロとした速度で店を後にした。
「確か場所は河川敷だったかね」と呟いた女将・・・否、食堂のオバちゃんは信号の無い裏道を使って河川敷に向かう。
店からそうかからず辿り着いた河川敷付近は閑散としていたのだが、何故かと言えば、これも『ヒーロー法』のお陰だ。
撮るなと言われれば、ヒーローの素顔を撮ってやろうとするパパラッチが出るのだ。
と、言うよりも過去にそう言う騒動が実際に在った為、『ヒーロー法』に追加された。
パパラッチがどうの、と言うよりも民間人を避難させる為と言う意識の方が強い法ではあるがヒーロー達が戦う周囲数キロの人払いを警察や自衛隊が総出で行う。
今の所、巨大化する敵は居ないので半径1、2キロで済んでいるのだが、その内迷惑千万なそんな敵が出てきそうな気もする。
店からそう時間が掛からない道のりではあるが、カップラーメンは2、3個出来そうな時間はかかった筈だ。だと言うのに、オバちゃんが辿り着きカブのスタンドを立てて鍵を抜いてもヒーロー達・・・と言うより、息子達は立ち上がろうとしなかった。
「何やってるんだい良!そんなへなちょこに育てた覚えは無いよ!」
「は?・・・母ちゃん!?」
何で居んの!と顔を上げた赤いジャケットを着たヒーローの一人である青年・・・『あかり』の店主夫婦の息子は、目を丸くした。
良ちゃんのおばちゃんだ。え、『あかり』のおばちゃんが何でここに!?
何て目を白黒させて驚くヒーロー達は、はっと我に返ると、おばちゃん逃げて!危ない!避難して!と口々に叫び始めた。
「何言ってんだい!ヒーローだったら一般人を護るもんだろう?そんな状態のヒーローに言われてもねぇ?」
立ち上がろうともせず、うつ伏せに倒れたまま叫ぶ面々を一喝したおばちゃんはニヤリと笑って敵に視線を向けた。
オバちゃんが視線を向けた先では、何故か悪者達はオロオロしてたり棒立ちになったりしている。
ぽかーんと口を開けていたり目を見開いていたりは、残念ながら解らないのだけど何故か悪者達が揃いも揃って驚いたり慌ててたりしていた。
あれ?と少しおばちゃんは首を傾げたが、まあ良いか。とそのまま体が覚えているままに身体を捻って変身ポーズを取った。
腹回りの贅肉がちょっと邪魔をするけど、出来ないほどではないポーズだ。
「《レジェンドパワー!オン!》」
歳を取った所為か、昔叫んでいた時ほどの透明度は無いけれど。
と苦笑したおばちゃんが力強く声を張るとペンダントがピカッ!と光り出した。
閃光がおばちゃんを包み、パッとその光が散るとおばちゃんは何と、ヒーロースーツに身を包んでいた。
フルフェイスのヘルメットと体のラインを見せ付けるその姿は、目に痛いショッキングピンクで、銀色の模様がそこここに描かれている。
余談だが、アイシールドの部分は桃がモチーフになって居るが、どう頑張っても桃色ではない。
ぽちゃぽちゃとした赤ん坊の様な手首には銀色のバンクルが光り、大根足が履いたショートブーツの足首にも同じ様な銀色の輪が装着された。
でかい尻回りには申し訳程度にスカートの様な物がパッツンパッツンになりながらも張り付いていて、その上にはたぷんと揺れる弛んだ腹を押し上げる銀色のベルト。
「レジェンド・ピンク!」
贅肉をたぷんと揺らして昔懐かしいヒーローとしての名前を名乗るおばちゃんの視線の先で、悪者達が今にも泣き出しそうな様子で崩れ落ちた。
顔のパーツや何かが見えないので本当に泣きそうかどうかは不明だけれど、そんな感じだったとおばちゃんは語る。
「え、ええ!?おばちゃんが!!伝説のヒーローの一人!?」
そう驚きの声を上げた現役ヒーローのピンクが、飛び起きた。
イエローも目を丸くしながら状態を起こし、座り込む。
真っ赤な顔を盛大に引き攣らせ、何も見たく無いし聞きたくない!とばかりに起き上がって敵と母親に背中を向け耳を塞いでいるのはレッドである良一だ。
残りのブルーとグリーンは、おばちゃんとは知らずに憧れていた過去の姿と今の姿の違いにショックを受けて、撃沈した。
体力どころか気力すら昼休憩に向かった様で、うつ伏せのまま頭を落としている。
「やっぱり、只者じゃないと思ってたけど・・・おばちゃんが、レジェンドピンクだったのね!」
何故か納得して笑顔を浮かべて立ち上がる現役ピンク。
たぷたぷのおばちゃんと立ち並ぶ現役ピンクのスタイルは、過去のおばちゃん・・・レジェンドピンクと同じグラビア体型で、その対比が地に伏す男達(-息子)の目頭を熱くした。
月日の流れは残酷だ。
「・・・えーっと?まあ、良いか。さあて、春ちゃん覚悟は出来てるかい?」
「ええ!勿論!ふふ、伝説のレジェンドピンクと肩を並べられるなんて光栄だわ!」
「そんな大層なもんじゃないよ!レッドは今じゃ禿げ散らかしてるし、グリーンなんかは額が眩しいメタボなおっちゃんだしね!」
はっはっは!と、笑ったおばちゃんが告げた言葉にグリーンはアスファルトに頭を打ちつけてもんどり打った。
頭が散らかってるのはおばちゃんの旦那でレッドの父ちゃんである『あかり』の店主だし、額が眩しいメタボなおっちゃんは自分の親父だ。
周囲の大人達の中で思い当たるのはそれ位しか居ない。
ちょっと気弱な尻に敷かれたおっちゃんがレジェンドレッドで、野球とグラビアアイドルが好きなおっさん(父)がレジェンドグリーンだったなんて知りたくなかった!
現役ヒーローの輝かしい目標を尽く打ち砕いたおばちゃんピンクは現役ピンクの背中を叩いて走り出した。
お前本当にぼろぼろだったのか?と聞きたくなる位、素早く変身して軽い足取りで走りだした現役ピンクから大分遅れて、おばちゃんはお腹をたぷたぷさせながらのっしのっしと走っていく。
「走るってーか、あれ競歩じゃね?」何て口を滑らせた現役グリーンに現役イエローの鉄拳が打ち込まれた。
子供の駆け足の方が早いような速度にも拘らず、ずどん!と尻餅を着いたおばちゃんの足元から空き缶がコンコロロンと転がっていく。
スチール缶が歪んでる・・・。
「レジェンドピンクッ!」
「ああ、ごめんよ。昔の様には行かないね。あいたた」
大きなお尻を撫でながらどっこいしょと立ち上がるおばちゃんに、悲鳴の様な声を上げながら駆け戻ってきた現役ピンクが手を貸す。
「何だ、あの状況・・・」と呟いた現役ブルーに、グリーンとイエローは同時に頷いた。
流石にイエローもあれ?っと思ったらしい。
「ああ、もうしょうがないねぇ。《レジェンドアームズ》!!!」
迫力のある声で叫んだおばちゃんが、もたつきながらくるりと回って両手を上げると、ピンク色に発光する物体がおばちゃんの両手に納まった。
ドギツイピンクのフライパンとお玉だった。
あれは伝説の!と、はっとした現役ヒーロー達はそれの威力を思い出したのか頭蓋骨がみしっと音を立てるほどの力で耳を塞いだ。
「さあ行くよぉ!《ピンクショック》!!」
そう叫んだおばちゃんは、力強く握ったドギツイピンクのフライパンをお玉で叩いた。
不思議パワーでぐわんぐわんと喧しい音を立てながら、ヒーローグッズのフライパンから一定の方向に向かって衝撃波が飛び出す。
やっと気を持ち直したらしい悪者達に、その衝撃波が襲い掛かったかと思うと悪者達はあっさり怯んだ。
現役ヒーロー達をピンチに追いやった悪者達は、おばちゃんの一撃で怯み、そのチャンスを逃すまいと力を振り絞って立ち上がった現役ヒーロー達は再び変身すると、必殺技を繰り出した。
おばちゃんピンクの傍に居たはずの現役ピンクも他の現役ヒーロー達の元に駆け寄って必殺技に協力している。
何時の間に・・・と突っ込むのは野暮だろう。
そして、現役ヒーロー達の必殺技で倒された悪者達は無事倒された。
「さて、あたしは帰るとするかねぇ。この様子なら皆、ちゃんと帰って来れるだろ?」
何時の間にか変身を解いていたおばちゃんは、苦笑を漏らしてカブに向かう。
「レジェンドピンク!」
「ヤダねぇ、あたしゃただのおばちゃんだよ」
おばちゃんに駆け寄りながら変身を解いた現役ピンクの言葉におばちゃんは豪快に笑った。
その笑顔が何時ものおばちゃんで、変身を解いた他の現役ヒーローはほっとした。
それに、あのある種の迫力があるボディーラインがゆったりした服とエプロンに隠れている事にも安堵した。
アレは見ちゃいけない物の様な、居た堪れない感じがあった。と、後にブルーはボヤくのだが、それよりも安堵したのはレッドだろう。
何せ、ぽちゃぽちゃした伝説の(ショッキング)ピンクは母親だ。
「あの!あのね、おばちゃん。今日みたいに一緒にまた戦ってくれない?」
現役ピンクのその言葉に、他の現役ヒーロー(の男性陣)がギョっとした。
ピンク以外の女子であるイエローは「あー、良いかも」何て呟いているが、男性陣からしたら溜まったもんじゃない。
特にレッドからしたら土下座してでも勘弁願いたいところだ。
あの何処もかしこもぽよぽよぶるんぶるんさせたおばちゃんを見なきゃならんのか!?と、心の中で叫んでいるブルーとグリーンはまだ良い。
レッドはその視界の暴力以上に、母親があの格好をして目の前で戦うと言う羞恥と大丈夫なのかと言う不安と色んな物がごちゃ混ぜになって良く解らない事になった恥ずかしさで一杯だ。
ついさっきの一瞬ですら“そう”なのに、これから先毎回毎回出動の度にそうなるなんて有り得ない。
「・・・春・・・おばちゃんには食堂も在るし、忙しいだろ?」
「そう、そう!母ちゃんには現役時代の話し聞いたりする位で我慢しとけって!なっ!」
「現役時代みたいに行かないってさっきおばちゃんも言ってたじゃん!って事はおばちゃんが怪我する危険だって高いんじゃね?」
頼むから断ってくれ!寧ろ余計な事言うなピンク!と、おばちゃんを気遣う言葉の裏にそんな本音を隠した男性陣の言葉に、おばちゃんが笑った。
「そうだね!あたしはあんた達とは一緒に動けないわねぇ」
「そんなこと!」
フォローしようとするピンクに「良いの良いの本当の事だし」と、おばちゃんはパタパタ手を振った。
「だけど、そうねぇ。アンタ達にアドバイス位は出来ると思うのよぉ?」
そう言ったおばちゃんに、ピンクとイエローはちょっとだけ顔色を明るくして、男性陣は嫌な予感を感じた。
特に息子は素早く耳を塞いでしゃがみ込んだ。
「最近の戦隊ヒーローには白とか黒とかゴールドとか居るだろう?」
「ん?ああ、確かに。先代はサポートと別働の白と黒が居たかも」
「金と銀もその前に居た、かも?」
イエローが頷いて、そう言えば?とピンクは首を傾げる。
「それに、あんた達のそう言うポジションは空いてるだろ?」
ニヤッと笑ったおばちゃんの言葉に、グリーンが「まさか」と呟いた。
「シルバーシートは空いてるかい?」
「それがヒーローカラーのシルバーの席って事なら空いてますよ」
「どうぞ!って言うか是非!」
微笑んだイエローが肩を竦めると、ピンクはにこやかに笑っておばちゃんの福々した手を取った。
「「よろしく(ね)おばちゃん」」
「こんなおばちゃんで良いなら喜んでってね」
クスクス笑ったおばちゃんの胸元に下がっていた、変身ペンダントが輝いた。
トップについていたピンク色の小さな石が、淡い光を放って銀色の小さな玉に姿を変えた。
「不思議パワーって何でもありだな・・・」
そうボヤいたのは、青と緑のどちらかなのかは解らないが。
おばちゃんが現役ヒーローに返り咲いたのだけは確かだ。
近い未来、“レジェンドレッド”と“レジェンドグリーン”がゴールドとブロンズして現役ヒーロー達の仲間になると言う事は・・・
男性陣の・・・否、レッドとグリーンの精神衛生上まだ秘密にしておこう。
おしまい。
ネタの書き出ししてた時は面白かったんですけど・・・。
面白くなかったら済みません。
寧ろここまで読んで頂いて有難う御座いました!