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「……お久しぶりです、ライアン・クリフォード」

 翌日、アンリのボディ・チェックのために《技術者》が訪れたのは、朝食もそこそこの時間帯だった。

 S.P.Dにとって健康管理は必須事項で、何もなくとも定期的に全身のチェックを受けるのは彼らの義務だ。月に一度の割合で《技術者》が訪れ、全身のチェックを行うのである。

 アンリを作った《技術者》であるライアン・クリフォードは、そろそろ初老に差し掛かろうという男性である。特権階級であり、最初からアルベルトとは生まれた立場も何もかもが違うが、彼は、そういった形式的なことを重んじるタイプではなかった。気さくで、話しやすい人物だった。

「アンリの様子はどうだね?」

「特に変わったことはありません。……あ、栄養剤が切れそうなので、それの補充をお願いします」

 目上の者に対する最低限の礼儀だけしか要求しないライアンは、穏やかに微笑む。彼の傍らには美しい少女が寄り添っていて、アルベルトはわずかに緊張を覚えた。

「お久しぶりです。レディ・ルイーズ」

 その少女……ルイーズ・クリフォードは、ライアンの娘だった。特権階級であるライアンには、結婚の自由があり、その結果として生まれたのがルイーズであった。

 女性に対しては、それが年下であろうと最上級の礼儀を払うのが常識である。そのため、アルベルトは膝を折って跪き、彼女に頭を下げる。

 ルイーズとは知らない仲ではないし、彼女がこういう儀礼的なことを好まないことを知ってはいるが、人の目がある場所でその事実をさらけ出すわけにはいかない。それをも理解しているルイーズはその儀礼を当然のごとくに受け、笑みを浮かべた。

「アルベルト、少しお話があるのですが」

「……承知いたしました。では、ドクター・クリフォード。アンリはサロンにいますが、案内はどうされます?」

「場所はわかっているから必要ない。勝手に行こう」

「……恐れ入ります」

 アルベルトからの申し出を断ると、ライアンは知った様子で踵を返す。初めてではないのだから、それも当たり前の行動かもしれない。

 その後ろ姿が見えなくなるのを完全に見送ってから、アルベルトはルイーズへと視線を移した。

「……俺の部屋に行きましょうか」

 ルイーズは意を得たようにうなずくと、ライアンとは別の方向へと歩き出したアルベルトの後ろを、数歩遅れてついて行く。与えられている自室へと行き着き、いつものように施錠をしたアルベルトは、ルイーズへと向き直った。

「話とは、何です?」

「Legionのことですわ」

 ルイーズの言葉にアルベルトはわずかに息を呑み、全身に緊張を走らせた。

 父であるライアンが特権階級の者である以上、ルイーズも同じ階級に属しているのは当然のことだった。ライアン・クリフォードは優れた《技術者》でもあり、彼女は、この社会制度の中で相当の高い地位を望める立場にある。

 だが、彼女の持っている望みは、そこから大きく外れた場所にあった。

 それを知っているのは、彼女の周囲の人間ではアルベルトだけだろう。父であるライアンでさえ、ルイーズが何を思っているのかを把握してはいないはずだった。そうであるように、ルイーズは自ら仕向けていた。

 ……この世界で平穏に生きて行くには、逆らわないことが何よりも大切だからだ。父が得ているものを壊すことは、彼の命をも脅かすことになりかねない。それを、ルイーズは誰よりも理解していた。

「Legionに……何か?」

「近々、何らかの動きがあるかもしれませんわ。……この、近くで」

 淡々とした口調で告げられる、事実。それは、アルベルトの心を揺さぶる。アルベルトにとって、Legionの動向は一番に気にかかるものなのだ。

 計画していることを実行に移すためには、Legionのような巨大な力を持った相手が必要不可欠だったからだった。

 ルイーズは、アルベルトの協力者だ。

 労働階級であるアルベルトが得られる情報は、どうしても限られて来てしまう。中枢に入り込んで調べることができないわけでもないが、それには多大な危険が伴う。今、無理にやらかしたとしても、見返りの方が少ない。

 だが、ルイーズは違う。

 ルイーズは特権階級で、あらゆる場所への認証コードを持っている。彼女がどこでどんな情報を閲覧していようと、咎められることはない。事実、彼女はその立場を利用してたくさんの情報をアルベルトに与えていた。

 ただの夢物語にしか過ぎないと思っていたアルベルトの無謀な計画が、現実味を帯びて来たのも、彼女の協力あったがゆえのことである。

 とは言え、そう簡単に実行できることではないのは、双方が承知の上だった。

 だからこそ情報を集め、計画を練り、その機会を窺っているのである。

「それは、Legionがこの近辺で大規模作戦を実行するということですか?」

「おそらくは、そういうことになりますわね。あちこちで、特権階級の方々動きが慌ただしくなって来ております。この機会にLegionをつぶしたいと思っているのは、どこでも同じですもの」

「……それは、確かに。それで、Legionの上層部とはコンタクトは取れそうなんですか?」

「……残念ながら」

 と、ルイーズは微笑む。だが、それは諦めている口調ではなかった。

「Legionの方々はとても用心深くていらっしゃるのか、コンタクトを取るのは無理そうですわね。可能性があるとすれば、彼らの作戦決行日に、その場に出向くくらいでしょうか」

 難しいことをさらりと言ってのけるルイーズに、アルベルトはその実行の困難さを思って溜め息をつく。

「簡単に言って下さいますが、この城から出るのがどれだけ大変なことかをご存知ですか?」

 周囲に張り巡らされた高い塀、そして、そこに設置された高圧電流。外へ出ることを頑なに阻むこの透明な檻は、ちょっとやそっとのことでは突破できない。

 それは、ルイーズにだってわかっているはずだった。

「承知しておりますわ。そして、あなたが決して諦めてはいないことも、存じております。ですから、私がこうしているのでしょう?」

「……それは、そうですが」

 どうすれば最良の道が拓けるのか、わからないままに手探りで進んで行く未来。

 このまま、平穏でぬるま湯につかるような世界で生きて行くのも、ひとつの選択肢だ。それが、間違いだとは誰にも言えない。そして、その逆もそうだろう。

 そもそも、アルベルトやルイーズがしようとしていることを、当の本人のアンリがどう思うのか、その意思さえも確認していないのだ。

 難しい、と思う。

 だが、最後に後悔するような結果にだけはしたくはなかった。定められている命の期限があるからこそ、そんな生き方は嫌だった。


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