05 : talking-2-
「ここは昔から俺の息抜きの場所なんですよ」
男は昔を懐かしむように目を細めた。
その瞳は目の前の鮮やかな帝都よりも先、私の目では届かないようなところを見ているようで、私はどこか寂しくなって顔を俯かせた。
すると頭上で、男がまるで可笑しそうに笑う声が聞こえた。
「今度は何を拗ねてらっしゃるんです?」
「……拗ねてなどいませんわ」
「……本当に?」
「はい」
そしてふと、男が至極真面目な顔をした。
「じゃあもう少し、笑顔を見せてください」
私の表情は、固まる。
「……は?」
「いえ、まだあなたの笑顔を見ていないなーと」
「はぁ……」
「拗ねるか苦笑かびっくりかでしょう、あなたの今までの表情」
「まぁ……」
「だから、笑ってください」
そう言って腕を広げ、にっこりと笑った彼に、私は呆気にとられていた。
人間、笑えと言われて笑えるものでもない。
苦笑がダメというなら引きつった笑みはもっとダメなのだろうし、それ以前に自分が見たいから笑えなんてどんな横暴だ。
――と、思いはした。
思いはしたけれど、なにぶん屈託なく笑う見た目年上の男が、荘厳な様相を浮かべ始めた大国の帝都を背に腕を広げている様はどことなく滑稽で、気付いた時には私はもう吹き出していた。
「本当に貴方って何者なんです?」
肺まで届かずに漏れていく息を懸命に押し留めながら、私は彼に問い掛けた。
彼は、口を大きく開けて笑う私に多少驚いた表情を浮かべ、けれど少し近付いて、そして顔を覗き込む。
「何者に見えます?」
悪戯っぽいこの口調だけは、年下のよう。
「分からないからお尋ねしています」
「自分から明かすのはあまり好みではありませんね」
「好みの話は聞いておりませんわ。
教えてくださらないと、気になって夜も眠れなくなってしまいます」
すると男はあえてとしか思えないほど恍惚とした表情を浮かべ、胸の前で手を組み合わせた。
「俺のせいであなたが眠れないとは……なかなかいい響きですね」
「……ふざけていらっしゃいますね?」
「えぇ」
そして今度はあくどい顔で笑む男を睨み付け、私はそっと溜め息を吐いた。
「教えてくださる気はないんですね」
「いいえ、ないわけではありませんよ。
本音を言うなら、あなたに見つけていただきたいんです」
「見つける?」
「俺もあなたを見つけましたし」
自分の顔が、途端に真っ赤になる。
「それは……すみませんでした」
「ですから、謝っていただきたい訳ではありませんよ」
男はやはり、可笑しそうに笑う。
「今夜、お待ちしております」
「……今夜?」
「我が国主催の、舞踏会です」
最終的には自分の顔が、蒼白になっているのがありありと分かった。




