04 : talking-1-
土地勘がなければ絶対に脱出することは叶わないだろう狭く暗い路地裏で、男はフードを脱いで微笑んだ。
「お探ししました」
その一言を聞いて、私は数瞬前まで彼を胡乱な目で見ていたことに恥じ入った。
そういえばここは他国であって、父の権限が及ぶ場所ではない。
物珍しさに惹かれてミスティアナにいる時のように行動してしまったけれど、私が何かに巻き込まれた時、迷惑を被るのは私の家族だけではなかったのだ。
フードを脱いでようやく認識出来た、目立つ金髪と碧い瞳を持つ男に、私は深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
すると男は――一国の皇女が頭を下げるとは想ってもみなかったのだろう――ひどく驚いた顔をして、慌てて私の頭を上げさせた。
「別に謝っていただくために言ったわけではないんですよ?」
「ええ……
でもご迷惑はおかけしましたもの」
「そんな、迷惑などでは」
「皆さんの貴重な時間を裂かせてしまったことに変わりはございませんわ。
ライオネル帝の衛兵の方々にまでこんなに走り回らせてしまって……」
と、そこで男が目を丸くした。
「ライオネル帝?」
「……の衛兵の方でいらっしゃいますでしょう?
我が国の衛兵の顔は覚えておりますもの。貴方はその中にはおられなかったから」
すると途端、男は爆笑し始めた。
訳も分からず、思わず私が拗ねたように戸惑うと、彼は腹を抱え、ひいひい悶えながら言った。
「俺は衛兵ではありませんよ、姫。ご到着直後の会見の時にもお会いしたはずです」
そこで私は言葉に詰まった。
初めて会う人間の顔は覚えられないんですなんて、皇族の言っていいことではない。
「……ごめんなさい、あまりにも疲れていたので覚えておりませんわ」
しかし下手な言い訳はやはり下手な言い訳で、彼の笑いの虫は更に元気になってしまったようだった。
私はなかなか笑い終えない男を前にしながら、会見の場にいられるほど身分ある人間を衛兵と勘違いしてしまった申し訳なさもあって、途方に暮れるより他なかった。
やがて自分の致らなさにすっかり意気消沈した私を、彼は宥めるように誘うと、どんよりとした路地を躊躇いもなく進んで開けた高台へ連れてきた。
「フォグレストの都が一望出来ます」
そう言って彼が腕を伸ばした先にあったのは、夕焼けに照らされた、色彩の賑やかな帝都。
その鮮やかさは一瞬で私の心を引き込み、思わず私は時も忘れてその光景に魅入っていた。
男は、そんな私を見て微笑んだ。
「ご機嫌は直していただけましたか?」
「……元々悪くはありませんでしたわ」
「でも、少し拗ねていらっしゃった」
そう言ってからかうように笑った、男の整った面立ちを見つめながら、私はどうしようもない胸の高鳴りを感じていた。




