03 : losing
フォグレスト・ミスティアナ間で同盟が締結され、それを記念する催しがフォグレスト国内で行われた。
その際、両国の友好関係を大々的にアピールするため特に皇族の参加は必至となっており、即位後は滅多に国を空けたことが無かった父帝もほとんど初めて、私たち家族を引き連れて南へと向かうことになった。
しかしそこには、実はフォグレスト側の思惑があったのではないかとも言われている。
同盟関係を結ぶミスティアナへ、政情を探るための間諜を送り込むためだったのではないかと。
政に直接的に関わっている人間達を国外へ出せば、それは比較的簡単に行える。
ミスティアナの帝都からフォグレストの帝都までは早くとも1週間。更に滞在を2週間とすれば、約1ヶ月半もの間、ロゼット三世についての調査を本人に感付かれることなく行うことが出来るのだ。
――というのも、結局は想像の域を出ないのだけれど。
ただ私がこの話にこだわるのは、その間中自分がずっとその帝都の美しさに浮かれ続けていたことへの、罪悪感からだ。
北部に位置するミスティアナの帝都には、あまり色が無い。
青や白という比較的淡泊な色が上手く折り合って、美しいけれど寒々しい光景ばかりが広がっている。
それに対し、あらゆる民族を飲み込んで形成されている国家のためか、フォグレストの帝都は多国籍で煌びやかだった。
見たこともない光景に、年端もいかない子供が興奮するのは摂理だ。
あまりにも私が興奮しすぎるので、兄様達もそのはしゃぎように目を見張っていたほどだったけれど。
目につくのは真新しいものばかり。
耳に入るのは長調の楽しげな音楽ばかり。
鼻をくすぐるのは甘いお菓子の匂いばかり。
ミスティアナは交易があまり発展しておらず、北部特有の大人しい短調の音楽が主流で、甘露も珍しいものとされていたのために、忍んで城下に出ていった私を取り囲んだ賑やかな市は、それだけで私の心を掴んだのだった。
一方城内では、ミスティアナ皇女がいなくなったことに関してひと騒ぎあったようで、実は市に数人の衛兵が降りてきたらしいというのは、後々兄様達が面白可笑しく私に語って聞かせた話である。
しばらく私は市をぐるぐると回っていた。
先立つものは持っていなかったので、キラキラと光るガラス細工を手にして太陽に透かしてみたり、美味しそうな匂いのする方へふらふらと歩いていき、屋台の中を覗き込んだりするだけだったのだけれど。
ただ、知らない国の知らない土地でそんなことをしていては、もう迷うこと必至である。
案の定私もそのパターンを踏み、そしてそろそろヤバいかな、と思い始めた頃、ところがよく通る低い声が頭の上に降ってきた。
「レミリカ姫……ですね?」
声を掛けてきたのは、真っ白な麻のローブを羽織った、見目麗しい青年だった。




