00 : prologue
「どうしたんです?」
柔らかな寝台の上、仰向けになった私に被さっていた男が、まるで心配そうな顔をしてこちらを覗き込んだ。
端正な顔立ち。
長い睫毛に、すっと通った鼻梁。
濁りのない金糸は薄暗がりの中でも煌めいていて、碧い瞳は深海を思わせるほど澄んでいる。
女としての私の自信をいつも失わせるその面には、なぜだか今は苦悩が浮かんでいるように見えた。
「大丈夫……です」
私は、その視線から逃れるように横を向いて、そして意図せずして拗ねた口調で言った。
彼は綺麗な眉を寄せ、尚も食い下がる。
「……本当に?」
「はい」
そしてなにかを諦めたような溜め息が聞こえた瞬間、いつものように口付けが始まった。
いつも想う。
まるでこの口付けは、私のことを好きと言っているようだと。
ただ啄むような触れ合いから始まって、
段々と唇が覆われていって、
舌でなぞられて吸われ、
そしてノックされる。
中で互いが、優しく、深く絡んで、
目が眩みそうなほど長い間、何度も何度も確かめるように角度を変えられる。
それが、いつもの彼のキス。
一度途中で、目を開けたことがあった。
どんな顔をして彼はこんなキスをしているのだろうという、純粋な興味が勝ったから。
そうして視界いっぱいに広がったのは、もう焦点が合わないほど、まるで深海を覗き込んだかのような気分に陥るほど近く在った、碧だった。
目が合うと、彼は蕩けるような甘い顔を更に甘く歪めて、優しく微笑んでより深く舌を絡めた。
――やめて。これ以上勘違いさせないで。
言い放ちたい言葉は、喉の奥で疼くだけ。
私はただ為す術なく、また目を閉じた。
もう幾度、唇を重ねただろうか。
それでも彼は、私の素肌に触れようとはしない。
いつも私が彼の首に腕を絡めたところで溜め息を吐き、そしてそっと離れて、隣の寝台へ帰っていく。
そのたびに私は、泣き声を押し殺しながら泣いた。
どうすればいいのかも分からない。
聞きたくてもそんなことは聞けない。
自分からねだることなんて出来ない。
怖い。
いらないと言われるのが。
道具でいいはずだった。
私はただの道具のはずだった。
いつから私はこんなに欲張りになったのだろう。
分からなくて、また泣くのだ。




