10 : loving-2-
眠れないままの、一夜が過ぎた。
うつ伏せになって枕を濡らし、泣き声を隠すようにシーツを被り。
泣き腫らして、いつものようには上手く開かない目で見る空が白んできても、一向に眠気はやってこなかった。
――どれだけ絶望すれば、気が済むのか。
そもそも希望を抱かなければ、嘆きを迎え入れることもないのに。
身の程をわきまえていたのなら、こんなにも深く彼を愛することもなかったのに。
その昔、母様に読んでいただいた、小国の姫が大国の王と幸せな結婚をする絵本。
自分がこんな風になるまで、ここ何年も頭の片隅に埋めてあった記憶が溢れ出てくる。
彼女はどうやって幸せになるのだったろう。
魔法使いだとか、妖精だとか、お伽話の中にしか存在しないようなものたちから妨害を受けて、それでも最後には、愛する人に愛された。
向こう側の寝台の上、規則正しく動く、シーツが象っている逞しい背中をじっと見つめて。
私だけのために誂えられた寝台。
それでも、隣に彼が眠ったとしても十分に余るほどの広さがある。
まるで私の心の空白を体現するような、1人分の熱しか吸収しない真っ白なシーツは、キスの名残を残すように少しだけ乱れていた。
――いつか、
いつか彼があの寝台でさえ眠らない日々が訪れるのだろうか。
彼が後宮に迎える、彼の本当に大切な女性と共に微笑み、立っていられることが私には出来るのだろうか。
自問自答を繰り返し、その内ふと、空気が変わったことに気が付いた。
彼がむくりと起き上がり、寝台を降りる気配が背中越しにぴりぴりと伝わる。
まだ起きるには早いはずの時間。
出ていってしまうのかと、彼に縋ることすら考えた。
……臆病な私が、それを出来ないことも分かっているのに。
元々うまく開かなかった目を閉じて、眠るふりを続ける。
鎧のようにシーツを抱え込み、胸元でぎゅっと握り締めて自分を押し留めた。
――早く、過ぎ去って。
まるで永遠にも近い間、私はドアの閉まる音だけを求めて、耳を澄ましていた。
けれど私の荒い息遣いと、彼の忍ぶような足音を割るように私を支配したのは、ギシリと寝台が軋む音で――私の身体が少し深く寝台に沈み込む感覚だった。
『レミリカ』
いつも私を「姫」と呼ぶ低い声が、記憶にない甘さで名を呼んだ。
寝転んだ私の背中が、彼の熱を感じられるほど近くに腰を下ろした彼は、武骨な指で髪を梳きながら、それを追い掛けるように唇を滑らせている。
夢なんじゃないか。
それが願いなのか、現実逃避なのかも分からない。
ただ言えるのは、彼が私の名を呼び、今私に触れているということ。
私が夢を見ているのではないということ。
そして。
髪に甘く痺れるような余韻を残し、彼の唇が次に辿り着いたのは、まだ涙の跡の残る頬だった。
彼は深く溜め息を吐き、その跡をなぞるように顔の輪郭をはむと、音を立てて唇の端に口付けを落とした。
『レミリカ』
やはり甘い声は、まだ明けきらない仄暗い闇の中、私の心を鷲掴みにした。