08 : enduring
輿入れから、早1ヶ月が経っていた。
フォグレストでの生活にも慣れ始め、ようやく身の回りの人間たちの顔と名前が一致するようになり、けれど一方で、懐妊の兆しどころか妃としての務めすら果たされない日々も続いている。
目まぐるしく移ろっていく毎日に、彼は必要不可欠な存在であるはずなのに。
私はまるで必要とされていない。
いらないと言われることを恐れて息を殺しながら、彼の優しさに縋ってしまいそうになる自分を必死に諫めるのだ。
かつて抱いた感情がより広く深くなって、もうそれは恋ではなく愛と呼べるものになったというのに、それをぶつけしまったら砕け散りそうで怖いから。
――例えばそう、こんな瞬間にも。
「今日はどんなことが?」
ライオネル帝は私室のソファにゆったりと腰掛けながら、穏やかな口調で私に問うた。
私はその隣に心地悪くも居座りながら、顔を俯かせていた。
「特に……何もございませんでしたわ」
――あなたが気にするようなことは何も。
ところが、彼を煩わせないように答えたはずの言葉が、彼にひどく寂しそうな顔をさせたので、私はなぜか悪いことをした気分になって、慌てて言葉を繋いだ。
「あの……
大臣の奥様たちとお茶会を致しましたわ。
皆様に誘っていただいて」
すると、途端に彼の目が輝き出して、その面には優しい笑みが浮かんだ。
――分かりやすい人。
私が思わずクスリと微笑むと、彼は急かすように続きを促す。
「それで? どんな話を?」
「いえ、農務大臣のお孫さんがとても可愛らしいとか、外務大臣の姪ごさんが今年社交界にデビューなさるとか」
「へえ……」
そこで一瞬、彼の顔に苦いものが走る。
けれどそれは本当に一瞬のことで、その後はすぐに消え、穏やかな笑みばかりがまた顔中を満たしていた。
でも私はその一瞬に固まったまま、彼の顔を凝視し続けていた。
察した彼は、私を覗き込む。
「どうかなさいましたか」
彼の問い掛けに、ふと意識を取り戻した私は、ふるふると首を振った。
「いいえ……何も」
「本当に?」
「ええ」
「無理をしているのでは?」
その唐突な問いは、まるで私が無理をしていると言っているようだった。
「そんなことはありません」と細い声で否定を返せば、彼は「そう」とだけ呟いて深く息を吐く。
なんとなく居心地の悪い沈黙が続き――
「姫」
囁かれたことに気付いた時、彼の顔はもう少し動けば触れ合ってしまいそうに近かった。
――どれだけ経っても、「姫」としか呼ばないんですね。
いっそ叫んでぶつけてしまいたい想いを、必死で堪えながら。
「キスを、しても?」
いつものように問い掛けてくる彼に、小さく頷いて。
触れ合わせた唇は、思っていたよりもずっと、熱かった。




