閑話 : 皇帝陛下の憂い事
※ライオネル帝視点です。
正妃を娶った途端、大臣たちが次々に側妃の話を持ってくるようになった。
昨日は軍務大臣の娘、
一昨日は農務大臣の孫、
その前は外務大臣の姪、
その前は工務大臣の養女。
――よくもまあネタが尽きないものだ。
もちろん、この話をすべて押し付けられてくる宰相は俺がどれも相手にしないことを知っているので、最初の2回だけは真面目な報告がきたものの今ではすっかり茶飲み話となっている。
と、そんな折。
「なあ、泣くってどういうことだと思う?」
俺はふと途切れた会話の間に、疑問を投げていた。
もちろん訳の分からないはずの宰相クラストラー・レイズは、鳶色の目を丸くして首を傾げた。
「何がどういうこと?」
クリスは宰相である前に幼なじみという立場が先行するため、口調が軽い。
さすがに公式の場ではずいぶんと猫を被るが、普段はへらへらとした振る舞いをしながら、それはまあ辛辣な言葉をぽんぽんと言ってくる。
城内で俺が最も信頼する人間の1人だ。
「泣くんだよ、いつも」
俺はティーカップをソーサーへ戻しながら、まるで世間話のように軽いスタンスを保った。
実際のところは、ひどく焦っているにしても。
そして、そんな機微はクリスにはすぐに悟られてしまうにしても。
「まだ手を出せてない姫さまのこと?」
案の定、賢しい奴は頭の中で独自の計算を終了したらしい。
俺は肯定をするために、苦い顔をしながら短く首を縦に振った。
「キスをした後、必ずだ。
最初の方こそ気のせいかと思ったんだけどな……」
「ふーん」
「やっぱり駄目だったのか……」
「うーん」
「お前、真面目に考えてるか?」
「うーん」
「……答えろよ……」
「だって惚気にしか聞こえないし」
そしてクリスは、ふふふと不敵に笑った。
「案外、手を出してみるのもいいんじゃない?」
俺は明け透けな物言いに、思わず顔をしかめた。
◇◇
彼女と初めて会ったのは、今から4年も前のこと。
まだまだ即位直後の若造だった俺は、何かと意見をしてくる議会を抑えつけるため、「賢帝」との結びつきを利用しようとした。
――というのは建前で。
本当はミスティアナを実質的な服属国にすることで、ロゼット帝秘蔵の深窓の姫君を一目見てみたいという幼稚な魂胆があった。
そこには確かに、好奇心しかなかったはずだった。
だからこそかの少女が行方不明だと聞けば嬉々として探しに行き、けれど自分でも予想外なことに、それまで誰にも明かしたことのなかった秘密の休息所にまで連れていってしまった。
なんの思惑も絡むことなく接した、漆黒の髪と輝くオレンジの瞳を持つ少女は、一国の皇女でありながら傲ることなく、貴族の女特有の気取った笑いではない、気持ちのいい豪快な笑顔を提供してくれた。
俺がその予定外の恋を、自覚するのは早かった。
この4年間、脇目も振らずに国政の整備に走り、幾度挙がった正妃の話も全て蹴って彼女の父親に並ぶことだけを目標とした。
それは彼女を迎えるための、俺の意地のようなものだった。
そして、数ヶ月前。
ようやく手に入れた彼女はかつての快活さが薄まって憂いが増し、より美しくなっていた。
触れてしまえば何かが脆く崩れてしまいそうな不安定な表情が俺を誘い、そして惑わせる。
その憂いが分からないからこそ、俺は彼女に唇以上を求められないのだ。
かつての淡い恋が、日を追うにつれて深い愛情に変わっていくにもかかわらず。
それはこの4年、ことあるごとに思い描いていた未来像が、まだ偶像でしかないことを示していた。
◇◇
俺は執務室のソファに深く沈み、天井を見上げ溜め息を吐いた。
目の前の軽薄そうな金髪男は、ひたすら楽しそうに鳶色の目を細めてこちらを見ている。
「……レミリカ」
そして俺は、未だ自分のものになっていない、愛しい人の名を呼んだ。




