悪役令嬢の私だけが、聖女様の「やり直し」を覚えている
約8千5百字。ヒロインの終わらないループに巻き込まれた、とある悪役令嬢の逆転ファンタジーです。
「ヴィオレッタ。君をこの国から追放する!」
学園の卒業舞踏会。その華やかな会場の中央で、王太子アルフレッドはそう言い放った。
名指しされたヴィオレッタは、栄えある名門公爵家の令嬢。そして学園では生徒会長を務めており、本来なら今日という日も多くの生徒たちから祝福される側にいるはずだった。
ところが今、彼女へ注がれている視線はまるで違う。困惑。疑念。中には、露骨に非難するような目まであった。
原因は、アルフレッドの隣に立つ聖女リリアナである。
「先日の魔法実技試験。リリアナが使用するはずだった魔石は、直前に粗悪品へすり替えられていた。そのせいで彼女は満足に魔法を発動できず、試験にも失敗した」
アルフレッドが告げると、リリアナは胸元で両手を握り、不安そうに俯いた。
しかも話は、それだけでは終わらない。
「と同時に、その後の調査で君が生徒会長として管理していた備品の中から、同じ粗悪な魔石が発見された」
その言葉を受け、会場のざわめきがまた一段大きくなった。
「ヴィオレッタよ。これまでにも君は、何かにつけてリリアナへ厳しく当たっていたそうだな。今回の件も、聖女である彼女への醜い嫉妬心から行ったのだろう」
「アルフレッド様……。わ、私はもう大丈夫ですから……」
「いいんだ、リリアナ。君はいつも優しすぎる。こんなことをされてまで相手を庇う必要なんてない」
リリアナへそう声をかけたあと、アルフレッドは再びヴィオレッタへ向き直る。その目は小動物を愛でるような優しげなものから一転、鋭く刺すようにスッと冷たく変化した。
そしてついに訪れる、断罪の時。
「改めて言おう。君のような卑劣な真似をする者を、栄誉ある地位に置いておくことはできない。よってヴィオレッタ、私は王太子として君を――」
繰り返しとなる断罪の言葉を、アルフレッドが再度高らかに宣言しようとする。会場中の視線も、自然と彼の次の言葉へ集まった――が。
「あ、すいません。ちょっとお待ちを」
「……へ?」
そのあまりに軽い調子で入れられた横槍に、アルフレッドが目を瞬かせる。
しかし、一方のヴィオレッタには動揺など微塵もない。それどころか焦りや悲壮感もまるでなく、本当に言葉どおり「ちょっとすいませんね」というテンションで片手をあげていた。
「な、なんだ?」
「ああいえ、私が用があるのは殿下ではありませんのでお気になさらず。というより、しばし口を閉じていてもらえると助かります。話の邪魔になるので」
「え」
まるで通行人のごとくそっけなくあしらわれて固まるアルフレッド。けれどヴィオレッタはそんな彼のことなど一切構わず、その隣へと目を向けた。
リリアナである。
「……わ、私ですか?」
「ええ、そうです」
「な、なんでしょう……?」
恐らくはこういう状況に慣れていないのか、リリアナの視線が左右に泳ぐ。その姿はまるで何かに怯えているようであると言ってもいい。
ただ、ヴィオレッタは構わない。
「そうですね。まあ正直なところ、いろいろと言いたいことは山ほどあります。ですがこの場はとりあえず、先に一つだけ申し上げておくとしましょう」
そして、ちょっとした確認でもするように尋ねた。
「リリアナ様。あなたこの状況――何度も『やり直して』ますよね?」
「なっ……!?」
その瞬間、リリアナの表情が明らかにピシッと固まったのを、ヴィオレッタは見逃さなかった。
もちろん、アルフレッドを含め、周囲の者たちには何のことだか分からない。だがヴィオレッタにとっては違う。
今目の前で行われているこの断罪劇。実のところ彼女が経験するのは、これでもう“十三回目”だった。
――はじまりは、ちょっとした違和感からだった。
一回目の人生――奇妙な言い回しだが、他に表現のしようがない――でも、ヴィオレッタは今回と同様に断罪された。
聖女リリアナへ厳しく当たり、嫉妬から嫌がらせを繰り返した悪女。そう糾弾され、最後には公爵家から除籍された上で他国へ追放された。
そうして彼女の人生は、すっかりお先真っ暗のまま終わる……はずだった。
「…………んん?」
ある朝、目を覚ましたヴィオレッタは自分の寝室にいた。しかも日付を確かめてみれば、断罪されるよりずっと前。まだリリアナが学園に入ってくる前まで時間が戻っている。
最初は悪い夢でも見たのだと思った。
自分が聖女を虐げた悪女として断罪され、長年育った祖国から大勢の前で追放される。いかにも寝覚めの悪い夢である。
だが、すぐにそうではないと気づいた。
というのも、もしそうならあまりにも記憶が鮮明過ぎる。あれが夢ならば、こんな数分前に見たオペラのようにつぶさに内容を覚えているはずがない。となると、答えは一つ。
「時間が……”巻き戻った”?」
我ながら荒唐無稽にもほどがある。が、とりあえずはそう判断するしかなかった。
「いや、そんな馬鹿な……」
つい自嘲気味に呟いてしまう。だって意味がわからない。時間の逆行なんて摩訶不思議、そんなものおとぎ話の中でしか聞いたことがないもの。
ただ一方で、考えようによっては悪いことばかりというわけでもなかった。
なにせ破滅の未来から過去へ戻ってくることができたのである。ならば、今度は一度目の経験を活かして回避できるように気を付ければいい。
そう考えて、ヴィオレッタは自身の生活態度などを今一度改めつつ毎日を過ごしていたわけだったのだが……。
「ヴィオレッタ。君をこの国から追放する!」
ええええええええええええ!?
また断罪された。それだけじゃない。しばらく経った後、また世界が巻き戻った。
そしてその次も。また次も。
それからも何度となく繰り返される、断罪と回帰のループ。
「いったい何が起きているの……?」
どれだけ藻掻いても、蜘蛛の巣のようにまとわりついてくる同じ末路。時間の逆行が発生する度に精神は摩耗し、これにはその優秀さと厳格さから“鉄の女”と周囲から称されていたヴィオレッタも、段々とノイローゼに陥っていった。
だがしかし、それでも彼女は折れなかった。むしろ逆に闘志を燃やし、ついに本格的な事態の原因究明へと乗り出した。
自分の記憶と現在の出来事を照らし合わせ、時間が戻った前後に何があったのかを探り、怪しいものを一つずつ拾っていく。
そうしてあれこれと悪戦苦闘しながら調べ回った末、ついにたどり着いた真実というのが……。
『時間を逆行させているのは聖女リリアナであり、しかもその目的はなんと――とっかえひっかえ様々な男性と何度も恋愛を楽しむため』
――というものだった。
「あはは……」
これにはもう、ヴィオレッタも笑うしかなかった。まさか散々自分を苦しめていたループ現象の原因が、そんなくだらない理由だったなんて。
しかもそれだけではない。調査の過程でリリアナについて出てきた情報は、ヴィオレッタを更なる混乱に陥れた。
まず、リリアナはこの世界で生まれ育った人間ではないらしい。以前はまったく別の世界に暮らしており、死後、今のリリアナとして生まれ変わった。言うならば別世界からの転生者というものだ。
加えて、その以前の世界には《乙女ゲーム》なるものが存在したという。
ここまでくると、ヴィオレッタの頭もパンク寸前だった。ゲームとはなんなのか。乙女が何をするのか。調べても調べても妙に要領を得ず、最終的には「登場人物を自分で動かせる絵本のようなもの」と勝手に解釈することにした。
そして困ったことに、この世界はリリアナが以前知っていた、その《乙女ゲーム》とやらに非常によく似ているらしい。
で、分かったことはもう一つ。むしろこっちが本命。
どうやらリリアナには、他の人間にはない不思議な力があるらしい。
「《ロード》……?」
一度進んだ時間を巻き戻し、人生そのものをやり直すという特殊な能力。調査の過程で、リリアナ自身がその力をそう呼んでいるのを発見した。
つまりヴィオレッタが突然過去へ戻されたのも、その《ロード》の影響を受けてだったのだ。
「……ふざけんじゃないわよ」
事実を知ったヴィオレッタは当然にして憤慨した。すぐにでも捕まえてやめさせようとも思った。
が、残念ながらそれはできなかった。
なにせ現状、ヴィオレッタ以外に過去の人生を覚えているのは、この状況を引き起こしている元凶たるリリアナ本人しかいない。他の者たちは、《ロード》されるたびに何もかも忘れてしまう。
いったいなぜ自分だけが覚えているかは定かではない。たぶん、調べてもわかるとは思えない。というか、問題はハッキリ言ってそこじゃない。
大事なのはそんな状態で誰かに、
『実はこの世界はすでに十二回も巻き戻っていて、私はそのせいで多大な精神的苦痛を受けています! なんとかしてあの女を止めたいので、誰か協力してください!』
などと訴えたところで、信じてもらえる可能性は限りなく低いということ。むしろそんなことを言うヴィオレッタの頭がおかしくなったと思われてしまう。
おまけに何か事を起こすとして、チャンスは一度きり。
なぜなら現状のリリアナ視点では、この世界の全ての人間は「時間を戻しさえすれば記憶を消せる」と認識している。でも失敗すれば、ヴィオレッタの記憶だけは消えないとバレてしまう。
それはつまり、こちら側で唯一のアドバンテージを手放すことに他ならない。仮にリリアナを追いつめられても、最終的に《ロード》で逃げられたら最悪だ。きっとそれ以降は存分に警戒され、二度と彼女と接触できない可能性すらある。
(ならば、こちらも相応の準備をしなければ……!)
そこでヴィオレッタが定めた決戦の場が、この卒業舞踏会だった。
ここにはリリアナのみならず、今回の攻略対象であるアルフレッド。過去に攻略された者たち。そして、話を聞く大勢の証人たちが集まっている。
このリリアナ本人が自ら用意してくれる断罪の場こそが、最も彼女の行いを摘発するに都合がよかったのである。
で、時は現在に戻り――。
「は、はて……? ヴィオレッタ様が、いったい何を仰っているのか……私にはさっぱり分かりませんわ」
リリアナは引きつった笑みを浮かべていた。
「ろ、ロード? 別世界? 何のお話でしょう。私はただの聖女です。それ以上でも以下でもあ、ありませんわ」
見るからに動揺した様子で言葉を紡ぐリリアナ。汗はダラダラと流れ、目はやたらと泳いでいる。はっきり言って、挙動不審以外のなにものでもない。
とはいえ、あまりに突拍子もない話だ。当然ながら、まだ周囲もヴィオレッタの言い分をそのまま信じたわけではない。
「ヴィオレッタ……」
アルフレッドが困惑を隠せない様子で口を挟む。
「君の話はあまりにも荒唐無稽だ。世界が何度も巻き戻っているなど、そんなものをどうやって信じろというんだ」
「でしょうね。私も逆の立場なら、そう思いますもの」
ヴィオレッタもそこは素直に頷いた。
「ですので、今日は“こちら”を持ってまいりました」
そこで彼女は、一冊の日記を取り出した。
「…………!」
リリアナの顔から、さーっと血の気が引く。
「そ、それ……! どうしてあなたが……!」
「たまたまです。先日、散歩途中で天から降って来まして」
大嘘である。普通にリリアナの部屋に侵入してパクったものだ。
ともあれヴィオレッタは日記を開くと中身を読み上げていく。そこに記されているのは、リリアナが前世の人生で培った数多の情報だった。
たとえば過去に攻略対象となった騎士団長。彼は幼い頃の家族旅行にて、急な嵐の中を魔物に襲われ実の兄を亡くしており、今でも雷鳴を聞くと当時のことを思い出して眠れなくなる。
そして日記には、その事実だけでなく――。
『ちなみに騎士団長くんの場合、だからそういう日にあえてデートに誘うのがベスト。あとはなるべく人気の少ない所に誘導して、隠すように震えてる彼の手をそっと握ってあげればイチコロ!(←ここ必須)』
こんな補足メモまで。
他にも、ある公爵子息については、亡くなった妹の形見である楽譜をどこに保管しているか。その曲をいつ、どこで弾けば彼の気を引けるか。
その他の様々なゲーム上の攻略対象となる人物についても同じ。本人しか知らない苦手なものや幼少期の失敗談。好みの食べ物。心を許しやすい話題などなど。
日記をめくるたび、そこには一人ひとりの《攻略情報》がびっしり並んでいた。
もちろん、今の彼らに過去の人生の記憶はない。リリアナと恋仲になったことも、そのためにヴィオレッタが断罪されたことも、まるで覚えてはいない。
ゆえに――。
「ちょ、ちょっと待て! なんでそんなことがそこに書かれているんだ……!?」
「その秘密は誰にも話したことなどないぞ……!」
「あのとき、あそこにいたのは母だけだったのに……!」
そう声を上げたのは、かつてリリアナが攻略した男たち。いずれもヴィオレッタと同じくゲームに出てきた公爵子息や騎士団長などである。
そして、その声が一人、また一人と増えるにつれ、会場の空気が明らかに変わっていく。
「ち、違います! そ、それは……」
とうとうリリアナも声を上げたものの、その声は弱々しい上に震えていた。なんとかこの流れを止めなければと思いつつも、けれどもどう説明すればいいかわからない。
が、彼女はそこで「閃いた!」とばかりに手を叩いた。
「そ、そうですわ……! それは小説! 小説なんです! 私が皆さまを登場人物として考えて書いてみた、ただの作り話なんです! よ、よくできてるでしょう!?」
しかし、ヴィオレッタは冷静に日記へ目を落とす。
「なるほど。小説でしたか。それにしては、随分と実在の人物に詳しいのですね」
「…………っ」
リリアナの顔がさらに険しく引きつる。下手な言い訳など価値もなし。むしろ立場を悪くするだけ。その好例だった。
そんな中で、此度の攻略対象であったアルフレッドもまた呆然とした様子で呟く。
「じゃあ……あの日、図書室で僕が君と出会ったのも……」
「ええ。すべて計画ですわ」
「いいえ! 違いますわ、アルフレッド様!」
ヴィオレッタが頷く一方、リリアナは縋りつくようにアルフレッドの腕を掴んだ。しかし、何も違わない。
アルフレッドとリリアナ。二人が初めて親しくなったのは、学園の図書室だった。偶然互いに同じ本へ手を伸ばし、その指先が触れた。その後、高い棚の本を取ろうとしたリリアナがよろめき、すぐそばにいたアルフレッドが抱き止めた。
実に運命的な出会いだったと、アルフレッドは近しい友人に語っていた。
……だが実際のところ、それはリリアナにとって運命でもなんでもなかった。なぜならその日その時間にアルフレッドが図書室へやって来ることも、そのあと何が起きるかも、最初から全部知っていたのだから。
ちなみにヴィオレッタは、そのときのリリアナを陰からしっかり見ていた。アルフレッドが来る前から何度も時計を気にしながら図書室をうろつき、彼が現れるのを待っていたところから全部。
要するに、二人の出会いは偶然を装って再現された《ゲーム》のイベントだったのである。
「…………」
アルフレッドは何も言わなかった。否、言えなかった。
彼にとって、あの日の出会いは本当に特別なものだったのだ。偶然同じ本へ手を伸ばしたことも。転びかけたリリアナを咄嗟に抱き止めたことも。そこから二人の距離が少しずつ縮まっていったことも。
少なくとも彼だけは、それを自分たち二人だけの思い出だと思っていた。
それが実際には、相手だけが最初から台本を持っていた。しかもその台本には、自分の好みから家族の事情、どういう言葉をかければ心が動くかまで事細かに記されている。
不気味と思って当然である。
「リリアナ、君は……」
アルフレッドは小声で呟きつつ、リリアナから一歩離れた。
つい先ほどまであれほど己の愛した女性を守らんと帯びていた熱は、すっかり冷めきっていた。
と、そこまで至ったところで――。
「くっ……!」
もはやどんな弁明をしようと状況は覆せない。そう悟ったのだろう。リリアナは半ば反射的にドレスのポケットへ手を突っ込んだ。
だがしかし――。
(来た!)
その行動こそが、ヴィオレッタが何より待ち望んでいたものだった。
「まあ! 窓の外に巨大なドラゴンが!」
「えっ!?」
リリアナが反射的にそちらを見る。その隙にヴィオレッタは彼女のポケットへ手を伸ばし、中に入っていた小さなコンパクトを抜き取った。
「あっ……!」
「やれやれ。思った通りでしたわね」
ヴィオレッタは手にしたコンパクトを軽く掲げる。
「返して!」
「なるほど。やはり、これがあなたの能力のトリガーでしたか」
十二回も人生を繰り返していれば、嫌でも気づくことがある。世界が巻き戻る直前――リリアナは決まって、このコンパクトへ手を伸ばしていた。
つまりこれこそが、《ロード》に必要な道具なのだ。そして今、最後の逃げ道まで塞がれた。
「なんでよ! なんで邪魔するの!」
リリアナが声を荒らげる。もう先ほどまでの、弱々しい聖女の面影はほとんど残っていなかった。
「私はこの世界のヒロインなのよ! 《ロード》だって私が授かったものなの! 好きな人と結ばれたいからやり直して、それの何が悪いのよ! 自分の力なんだから、どう使おうと私の自由でしょ!」
「ええ。そこについては否定する気はありません」
「え……」
ヴィオレッタはあっさり頷いた。
「あなたがその力をどう使おうが、基本的にはあなたの自由だと思います。未来を知っていて、それを恋愛に利用するのも。《ロード》で人生をやり直すのも」
実際、そのこと自体を責める気はなかった。リリアナにはリリアナの人生がある。誰と恋をするのか。どんな人生を送りたいのか。それを決める権利も、当然彼女自身にある。
「ただし、そのために“赤の他人を犠牲にしていい”とはならないはずです」
そう。今回の一件で、ヴィオレッタが最も怒っていたのはそこだった。
そもそもここだけの話、ヴィオレッタには自分が《ゲーム》において『悪役令嬢』などと扱われる心当たりがないわけではなかった。
公爵令嬢として。そして学園の生徒会長として。その責任感から、ヴィオレッタは昔から自分にも他人にも厳しく生きてきた。
規則を破る者がいれば注意したし、礼儀を欠いた行いがあれば身分に関係なく指摘したりもした。
それゆえに他人から必ずしも反感を買わないような人間だったかと問われれば、自信を持って頷くことはできなかった。
……けれど今回で言えば、そここそが“隙”となった。
思えば学園で初めて出会ったリリアナは、不思議なくらいにヴィオレッタの前でよく粗相をしていた。他の教師や生徒と話しているときは特に問題を起こさないのに、ヴィオレッタが近くにいると途端に規則を破ったり、礼儀を欠いた行動を取ったりする。
そして注意されれば、決まってこう言う。
『うえ~ん、ごめんなさ~い。私、貴族様のルールってあんまり詳しくなくってぇ……』
その声音はまるで、相手が真面目な人格者であるほど神経を逆撫でされるような……実に甘ったるいものだった。
すべては、ゲームにおけるヴィオレッタの性格を熟知したリリアナの誘導だった。
厳しい悪役令嬢と、それに怯える可哀想な聖女。一度目からずっと、ヴィオレッタは知らないうちにその役へ押し込まれていたのだった。
「そして極めつけは、今回の魔石の件です」
「……っ」
「粗悪品へすり替えたのは、あなた自身でしょう」
いったいなぜリリアナがそんなことをしたのか。少し考えればすぐに察しがついた。
それもそのはず――『主人公とは、得てして敵がいて初めて輝くもの』である。ゆえにヴィオレッタという悪役令嬢は、リリアナの攻略にとって必要不可欠な存在だったのだ。
けれど一度目の逆行で自分の行いを悔いたヴィオレッタは、それ以降断罪を回避するため日々の言葉遣いや生活態度を改め始めた。その結果、周回を重ねれば重ねるほど、ヴィオレッタは悪役令嬢らしさを失っていった。
このままではマズい――そう考えたリリアナは、ついに暴挙に出た。
それこそが、『ヴィオレッタ名義による意図的な悪事の捏造』だった。
身に覚えのない嫌がらせ。知らないうちに用意されている証拠。本人が何もしていない以上、誰かが作っているとしか思えない事件。
そして日記には、そのための手順まで残されていた。今回で言えば、あえてリリアナは自分の魔石を交換して実技を失敗する。その上で同じ粗悪品を、ヴィオレッタの管理する備品棚へ忍ばせる。
そうすれば、聖女リリアナは被害者になり、ヴィオレッタは彼女を陥れた悪役令嬢になる。
「あ……ああっ……!」
動かぬ証拠を突きつけられ、よろよろと後ずさるリリアナ。己の秘密を白日の下にさらされたうえ、もはや頼みの綱の《ロード》も使えない。完全なる八方塞がり。
加えて計画の全貌が明かされたことで、周囲も大いにざわつく。
「ま、魔石のすり替え……!」
「そんな悪事を、あのリリアナが……」
「ということは、ヴィオレッタ様は被害者ってこと……?」
「なんてひどい……」
リリアナへの非難とヴィオレッタへの同情。それらのこもった視線が交差する中、ヴィオレッタは手にしていた日記をパタンと閉じた。
「さて」
リリアナの肩がびくりと震える。
「先ほども申し上げたとおり、あなたがこの世界で誰とどんな関係になろうが自由です。それを妨げる気は私にはありません」
ヴィオレッタは、まっすぐリリアナを見つめる。
「ですが、私にとってこの世界は『唯一の現実』です。“げーむ”だか何だか知りませんが、ヒロインごっこに付き合わされるこちらの身にもなってください」
「う、ううっ……!」
それを最後に、リリアナはその場へ泣き崩れた。
……しかし、その涙をぬぐう者は誰も現れなかった。
かくしてヴィオレッタは、悪役令嬢の汚名を返上した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もし少しでも皆様の暇つぶしになったようでしたら、
【ぜひ下の☆☆☆☆☆をタップして★★★★★にしていただけると嬉しいです!】




