苦戦
佐々成政は影の峡谷の崖道を、息を荒げて駆けていた。
背後から響く蹄音と甲冑の擦れる音が、刻一刻と近づいてくる。
秀吉の追撃隊――十数名の精鋭騎士団が、魔力の青い光を槍先に灯して迫っていた。
森の木々が途切れ、道は狭い崖際に変わる。
左は切り立った岩壁、右は深い谷底。
逃げ場は、ほとんどない。
成政は足を止め、魔導銃を構えた。
青い結晶が激しく脈打ち、銃身が淡く発光する。
「来い……!」
先頭の騎士が槍を振り上げ、魔力弾を放つ。
青白い光の矢が成政に向かって飛ぶ。
成政は体を捻り、引き金を引いた。
――バァンッ!
青い閃光が光の矢を相殺し、騎士の胸を貫く。
騎士が馬から転げ落ち、谷底へ落ちていく。
だが、次の瞬間、残りの騎士たちが一斉に動き出した。
「連携を崩すな! 左右から挟め!」
騎士たちは訓練された動きで散開。
二人が前から槍を突き出し、三人が左右から魔力の結界を張って成政の動きを封じる。
後方からは魔力弾の雨が降り注ぎ、成政の足元を爆ぜさせる。
成政は銃を連射しながら後退するが、反動で肩の傷が開き、血が滴る。
――バァンッ! バァンッ!
二人の騎士を倒すが、連携は崩れない。
騎士たちは互いの動きを読み合い、成政の射線を常に遮る。
一人が結界を張り、もう一人が槍を振り下ろす。
成政は紙一重で躱すが、槍の穂先が肩をかすめ、新たな傷を刻む。
「くそっ……!」
足が崖の端に近づく。
背後は谷底へ落ちるしかない絶壁。
騎士団はゆっくりと距離を詰め、半円を描くように包囲を完成させる。
青い魔力の光が、成政の周囲を照らし、逃げ場を完全に塞ぐ。
隊長らしき騎士が、低く叫ぶ。
「成政! 観念しろ!
大人しく降伏すれば、命までは奪わん!
王も、秀吉様も悪いようにはせぬはずだ!」
成政は息を荒げ、銃を構え直す。
青い結晶の光が、弱く、しかし確実に脈打っている。
体は限界に近い。
血が足元に滴り、視界がわずかに揺れる。
「……選ぶのは、俺だ」
成政は低く笑った。
それは、絶望ではなく、静かな闘志だった。
「王の犬ども……
おぬしらの連携は見事じゃ。
だが……俺は、信長様の下で、越中の鬼と呼ばれた男じゃ。
崖際など、恐れたことはない」
成政は一歩、崖の端へ後退する。
騎士団が一瞬、動きを止める。
成政は魔導銃を高く掲げ、結晶に魔力を集中させる。
青い光が爆発的に膨張し、銃身全体が震える。
「――来い!
俺の銃で、おぬしら全員を道連れにしてやる!」
騎士団の隊長が叫ぶ。
「…やむを得ん。撃て!」
魔力弾の雨が成政に向かって降り注ぐ。
成政は引き金を引く。
――バァァァンッ!!
青白い巨大な光線が迸り、騎士団の結界を貫き、数人を吹き飛ばす。
衝撃波が崖を揺らし、石が崩れ落ちる。
成政の体が、衝撃で後ろへ傾く。
谷底へ――落ちる。
だが、その瞬間、成政の目が鋭く光った。
銃を捨て、太刀を抜き、崖の岩に刃を突き立てる。
体が宙に浮き、岩にぶら下がる形で止まる。
騎士団の隊長が崖辺に駆け寄り、下を覗く。
「落ちたか……?」
谷底は深い霧に覆われ、何も見えない。
成政の姿は、霧の中に消えていた。
隊長は息を吐き、馬を返す。
「……この高さでは助かるまい。
秀吉様に報告せねば」
騎士団が去っていく中、霧の底で、成政は岩にしがみつき、息を殺していた。
血が滴り、指が震える。
だが、目はまだ燃えていた。
騎士団の隊長が膝をつき、秀吉に報告する。
「……秀吉様。
佐々成政……あの男を、影の峡谷の崖際で追い詰めました。
十数名の精鋭で連携を組み、魔力弾の雨を降らせ……
奴は崖下へ落ちました。
あの高さでは、恐らく……」
秀吉の眉間に皺が寄る。
「……落ちた、だと?
成政の死体は確認したのか?」
隊長の背中に冷たい汗が伝う。
「い、いえ…。
霧が思いの外濃く、確認出来ておりませぬ」
秀吉の指が杖を叩く。
乾いた音が速いテンポで鳴り、苛立ちは明らかだ。
「遺体は確認できぬままか」
隊長の額が床に押しつけられ、声が震える。
「……申し訳ございません、秀吉様」
沈黙が落ちる。
秀吉がひとつ、深い溜息をつく。
そして――怒号が森に響いた。
「この、愚か者どもが!」
秀吉の声が森の木々を揺らす。
「あの男が、そう簡単にくたばるはずがあるか!
そうでなくても、生死を問わず奴を王の御前に引き回すまでが我らの任務であろうが!」
秀吉の充血した目が、ギョロリと光る。
「即座に谷底を徹底捜索せよ!
霧の底まで、騎士団を総動員しろ!
生け捕りでなくともよい……死体でも、奴の魔導銃でも構わん!
直ちに取り掛かれ!」
隊長は項垂れたまま、震える声で答える。
「……畏まりました、秀吉様。
ただちに捜索隊を編成いたします」
秀吉は返答せずに踵を返し、騎乗の上走り去った。
隊長は、騎士団に命令を下す。
王都から峡谷へ、100名ほどの騎士が送り込まれる。
谷底の徹底捜索が、始まった。
一方、谷底の霧の中。
成政は、崩れた崖の岩陰にできた小さな洞窟に身を潜めていた。
体は血まみれで、左肩の傷が再び開き、太ももにも新たな裂傷ができている。
冷たい霧が体を冷やし、血が止まらない。
魔導銃は転落の最中に放り投げたため、太刀のみを携えているが、無理に岩肌に突き立てたため、刃こぼれがひどい。
成政は傷口を押さえ、布を裂いて簡易止血を試みる。
だが、失血が激しく、視界がぼやけ始める。
洞窟の奥は暗く、冷気が骨まで染み込む。
「もはや、これまでか。
秀吉…」
言葉が途切れ、成政の体が洞窟内の冷たい岩肌にゆっくりと倒れる。
気絶した成政が見たのは、越中の家臣、領民たちに囲まれ、親しげに言葉を交わす夢であった。




