追撃
成政は森の奥を抜け、川沿いの岩場に身を潜めていた。
村の炎が遠くに赤く残る空の下、夜が深まっていた。
魔導銃を膝に置き、青い結晶の微かな光を頼りに息を整える。
毒の痛みは薬草で抑え込まれ、肩の傷も血が止まり始めていた。
だが、心の傷は別だ。
村の焼け落ちる音、子供の最後の叫び――すべてが耳に残る。
「……秀吉。おぬしの罪は、重い」
成政が呟いた瞬間、遠くから馬の蹄音が響き始めた。
単なる一、二騎ではない。
数十騎、いや、百騎近い大部隊の音。
森の木々が揺れ、松明の火が無数に揺らめく。
騎士団の甲冑が月光を反射し、青い魔力の槍が森を照らす。
追撃が、本格化した。
先頭に立つのは、秀吉自身。
黒金のローブを風に翻し、銀の杖を掲げて馬を駆る。
猿のような顔に、狂気じみた笑みが張り付いている。
七日の猶予を与えられた王の命令を、秀吉は最大限に利用しようとしていた。
「成政! 出てこい!
儂はもう、容赦せんぞ!
王の怒りは頂点じゃ!
お主を、死体で連れ帰る!」
秀吉の声が高らかに響き、騎士団が一斉に散開する。
魔力の探知結界が森全体に広がり、青白い光の網が木々の間を這う。
隠れ場所を探知されれば、即座に包囲される。
成政は岩陰から銃を構える。
青い結晶が激しく脈打ち、魔力が充填される。
だが、数が多い。
一撃で数十人を倒せても、残りが押し寄せる。
秀吉は馬を止め、杖を地面に叩きつけた。
「――全騎士、魔力弾幕を張れ!
森ごと焼き払え!」
騎士団が一斉に槍を掲げる。
青白い魔力の弾が無数に放たれ、森を蜂の巣のように貫く。
木々が爆ぜ、炎が広がり、成政の隠れ場所が次々と炙り出される。
成政は岩を蹴って跳び、銃を連射。
――バァンッ! バァンッ! バァンッ!
三連射。
青白い光線が騎士三人を貫き、馬ごと吹き飛ばす。
だが、秀吉は動じない。
杖を振り、巨大な魔力の盾を展開。
成政の弾を弾き返す。
「ククク……成政よ。おぬしの銃は強い。
だが、儂は王の『眼』じゃ。
おぬしの動き、すべてが見えておる!」
秀吉の杖が再び輝き、地面から巨大な魔力の蔓が伸びる。
蔓が成政の足を絡め取ろうとする。
成政は太刀で斬り払い、銃を構え直す。
「見えておるなら……見ておれ!」
成政は森の木を蹴り、跳躍。
空中で銃を回転させ、秀吉の馬に向かって撃つ。
――バァァンッ!
青い閃光が秀吉の馬を掠め、馬が悲鳴を上げて倒れる。
秀吉は空中で体を捻り、杖で着地。
ローブが焦げ、顔に血が伝うが、笑いは止まらない。
「ハハハハ! いいぞ、成政!
もっと来い!
おぬしを捕らえるまで、儂は止まらん!」
騎士団が再び包囲を狭め、魔力弾が雨のように降り注ぐ。
成政は森の奥へ後退しながら、銃を撃ち続ける。
だが、消耗が激しい。
結晶の光がわずかに弱まる。
「……くそ、まだ足りんか」
成政は歯を食いしばり、川へ向かって走る。
水辺なら、魔力弾を散らせるかもしれない。
背後で、秀吉の高笑いが追ってくる。
「逃げるな、成政!
王の命令じゃ!
おぬしの銃は、儂のもの……いや、王のものじゃ!
七日以内……いや、今夜中に、儂がおぬしを連れ帰る!」
森は炎に包まれ、騎士団の蹄音が地響きのように迫る。
成政の闘志は燃え続けていたが、体は限界に近づいていた。
秀吉の追撃は、容赦なく、本格的に始まっていた。
距離はまだ遠いが、魔導銃の射程内。
成政は銃身を構え、引き金を引く前に、声を張り上げた。
「秀吉!」
声は森を切り裂き、炎の音を一瞬だけかき消す。
騎士団の動きがわずかに止まり、秀吉の馬がピタリと静まる。
成政は銃を構えたまま、ゆっくりと問いかける。
声は低く、だが確かだった。
「なぜ、俺にそこまで拘る。
王の第一の臣として栄達すればよいではないか。
おぬしはすでに、王の『眼』とやらだ。
信長様に仕えていた時同様に裸一貫で成り上がり、重臣として遇されている。
それで十分じゃろう。
なぜ、俺一人に……ここまで執着する?」
霧と煙の向こうで、秀吉の姿がはっきり見えた。
黒金のローブが風に揺れ、銀の杖を握る手がわずかに震えている。
「儂は、いつも『誰かのために』必死に生きてきた。
信長様のため、自分を慕う家来どものため、そして今は王のため。
自分の美学など、持ったこともない。
持とうとしたら、すぐに潰された」
秀吉は、喉から声を絞り出すように続ける。
「それに引き換え、成政、お前は常に自分の美学に従って行動しておった。
織田の譜代の臣として、誇りを持って武勇を示し、鉄砲の名手として称賛されていた。
何より、お前は、誰かの命令ではなく、自分の『これが正しい』という信念で動いておった。
儂は……それが、たまらなく羨ましかった」
秀吉の声は、初めて――本物の震えを帯びていた。
「だから、儂はお前の姿を見るたび、胸が焼けるように痛かった。
お前が自由に生きている姿が、儂の目に見えぬ鎖を思い出させる。
だから……お前を捕らえたい。
お前を王の前に跪かせたい。
そうすれば、儂はようやく……お前の『美学』に勝ったことになる」
それは、狂気と――深い渇望が入り混じった、歪んだ笑みだった。
「……秀吉」
成政の声は、低く、静かだった。
だが、そこにあったのは、憐れみでも、嘲りでもない。
ただ、確かな――決意。
「俺は、信長様に仕えていた時も、今も、変わらん。
自分の信じる道を、ただ歩くだけじゃ。
おぬしの羨望など、知らん。
おぬしの苦しみも、俺が背負う義理はない。
だが……おぬしの鎖が、俺の美学を邪魔するなら、斬る。
おぬし自身も、王も、この世界のすべてを、斬るまでじゃ」
成政は太刀の柄に手をかけ、ゆっくりと一歩前へ出る。
「羨ましいなら……来い。
俺の銃で、おぬしの鎖を、撃ち砕いてやる。
それがおぬしの望みなら、俺は応じてやる」
秀吉の顔が、ゆっくりと歪む。
笑みではない。
狂気と、解放への渇望が入り混じった、恐ろしい表情。
「……成政。
おぬしは、いつもそうじゃ。
だから、儂はおぬしを……」
秀吉は杖を高く掲げた。
魔力が爆発的に膨張し、森全体を青白い光が包む。
「――殺す!
王のため、儂のため、そして……お前のためじゃ!」
騎士団が再び動き出す。
魔力弾が雨のように降り注ぎ、成政は銃を構え直す。
二人の視線が、炎の中で交錯する。
羨望と決意が、激突する瞬間。
成政の指が、引き金にかかる。
「……来い、秀吉。
儂の美学で、おぬしを終わらせる」
森は、再び戦場と化した。
秀吉の鎖と、成政の銃が、最後の激突を迎えようとしていた。




