表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

逃走

 王都ゴルドスプリングの中心、王城の最深部――「焔の玉座の間」。

 黒い大理石の柱が林立し、天井は高く、赤黒い炎のシャンデリアが揺らめく。


 床には溶岩のように脈打つ赤い絨毯が敷かれ、壁には無数の魔導結晶が埋め込まれ、淡い光を放っている。

 空気は熱く、重く、息苦しい。


 ここはストンリバー王国の絶対権力の座、王の謁見の間。

 秀吉は一人、玉座の前に膝をついていた。

 黒金のローブは王都を焼いた煙の臭いがまだ残り、銀の杖を両手で握りしめている。

 普段の狡猾な笑みは消え、猿のような顔に緊張が走る。


 玉座に座るのは、ストンリバー3世。

 堂々たる体躯の王。

 身長は優に2メートルを超え、筋肉が鋼のように盛り上がり、黒い鱗のような甲冑を纏っている。

 顔は人間のそれではなく、獅子の鬣を思わせる金色の毛に覆われ、目は燃えるような赤。


 口元からは常に薄い煙が漏れ、息を吐くたびに周囲の空気が熱を帯びる。

 王の存在そのものが、部屋全体を圧倒していた。


 秀吉は深く頭を下げ、声を低くする。


「王よ……報告いたします。

 佐々成政……あの男を取り逃がしました」


 沈黙が落ちる。


 王の赤い目が、ゆっくりと秀吉を捉える。


「……ほう」


 一言。


 だが、その声は低く、地響きのように部屋を震わせる。

 秀吉の背筋に冷たい汗が伝う。


「取り逃がした、だと?」


 王の指が玉座の肘掛けを叩く。

 カツン、カツン、という音が、死刑宣告のように響く。

 秀吉は額を床に擦りつける。


「申し訳ございません。彼奴は畏れ多くも王家の守護獣たる焔鱗を魔導銃で弑逆し、逃亡した由にございます。

 魔導銃……あの男の魂が具現化した武器は、予想以上の脅威で……」


 王の体躯がわずかに動く。

 玉座が軋み、炎のシャンデリアが激しく揺れる。


「予想以上?」


 王の声が、雷鳴のように轟く。


「秀吉よ。お前は儂の『眼』だと言ったな。

 儂の配下の中で、最も勤勉で、最も有用だと自負しておったな。

 それが、たった一人の外来者を取り逃がした?

 しかも、王家の守護獣を殺した男を!」


 王が立ち上がる。

 堂々たる体躯が影を落とし、部屋全体が熱波に包まれる。

 秀吉のローブの裾が焦げ始める。


「成政……佐々成政。

 最早、生け捕りでなくともよい……死体でも、魂だけでも、儂の元へ連れてこい!」


 王の赤い目が燃え上がり、部屋の結晶が一斉に輝く。

 秀吉は額を床に押しつけ、震える声で答える。


「……畏まりました、王よ。

 必ず、成政を……連れてまいりまする」


 王はゆっくりと玉座に戻り、吐息を漏らす。

 煙が部屋を満たす。


「期限は七日。

 七日以内に成政を連れてこなければ……貴様を磔刑とする」


 秀吉の肩がわずかに震える。

 だが、顔を上げた時、そこにはいつもの狡猾な笑みが戻っていた。

 いや、もっと深い――狂気に近いもの。


「……ふふ。七日、か。

 成政よ……おぬし、儂をここまで追い詰めたな。

 面白い。実に面白い」


 秀吉は立ち上がり、杖を握りしめて謁見の間を後にする。


 背後で、王の低いうなり声が響く。


「成政……儂の元へ来い。

 お前の銃は、儂のものだ」


 王都の空に、再び黒雲が渦を巻き始める。

 秀吉の影が、城門をくぐり、外へ消えていく。



 成政は王都ゴルドスプリングの炎と崩壊の残骸を背に、路地を抜け、森の奥へと逃げ込んだ。

 魔導銃を肩に担ぎ、毒の痺れが残る左腕を押さえながら、息を荒げて走る。


 背後からは焔鱗の倒れた衝撃で崩れた城壁の音が遠く響き、王都の火の手が夜空を赤く染めていた。


 騎士団との一時協力は終わった。


 次に会えば、互いに殺し合うだけだ。


 森は異世界のそれらしく、木々が異様に太く、葉は青黒く光を吸い込む。

 道なき道を進むうちに、成政の体力が限界を迎えかけた。

 そういえば、この世界に来てからまともな物を口にしていない。


「……くそ、まだ終わらん」


 その時、低い唸り声が複数聞こえてきた。

 森の木々の間から、小型の魔物が現れる。

 犬ほどの大きさの、牙と爪の鋭い狼型魔物。

 だが、毛皮は黒く棘が生え、目が赤く輝く。

 五匹。


 成政を囲むようにゆっくり近づいてくる。

 成政は魔導銃を構える。

 青い結晶が低く唸り、魔力が充填される。


「…邪魔じゃ」


 引き金を引く。

 二連射。

 青白い光線が二匹の頭を貫き、黒い体液を撒き散らして倒れる。


 残りの三匹が一斉に飛びかかる。

 成政は銃を捨て、太刀を抜く。

 魔導銃は強力だが、連射の反動で肩の傷が開き、毒の痛みが激しくなる。

 ここは刀で片付ける。


 一匹の喉を斬り裂き、もう一匹の脚を払う。

 最後の魔物が牙を剥いて飛びかかるが、成政は体を捻り、逆手に持った太刀を腹に突き刺す。

 グシャリと音を立てて魔物が崩れ落ちる。


 戦闘は数分で終わった。

 成政は膝をつき、息を荒げて周囲を見回す。

 魔物の死骸から黒い煙が立ち上り、徐々に霧散していく。


「……これで、少しは静かになるか」


 その時、木々の奥から人の気配。


「お、おい! あの人、魔物を倒したぞ!」


 小さな声が聞こえ、数人の村人が姿を現す。

 粗末な麻の服を着た農民たち。

 手に持っているのは鍬や鎌。

 怯えながらも、成政に近づいてくる。

 年配の男が前に出て、深く頭を下げる。


「旅の方……ありがとうございます。

 この森の『棘狼』どもに、村の者が何人も食われかけておったんです。

 おかげで助かりました。

 どうか、村へおいでください。

 大した事は出来ませぬが…御礼いたします」


 成政は太刀を収め、ゆっくり立ち上がる。

 視線は鋭いが、拒絶する気力はもうない。


「礼などいらんが……体が動かん。一晩、休ませてくれ」


 村人たちは安堵の息を吐き、成政を支えて森の奥へ導く。

 小さな集落――木と石でできた粗末な家々が並ぶ村。

 中央に井戸があり、周囲を簡易な木柵が囲んでいる。

 村人たちは成政を一番大きな家(村長の家らしい)に案内し、藁のベッドに寝かせた。


 女たちが薬草を煎じ、傷口に塗り、包帯を巻き直す。

 子供たちが恐る恐る近づき、魔導銃を覗き込む。


「おじさん、これなに?」


 成政は目を閉じたまま、低く答える。


「……あまり触るな、怪我をしても知らぬぞ」


 村長が湯気の立つスープを差し出し、静かに言う。


「あなたのような強い方が来てくれたのは、神様のお導きです。

 王都の火事も、遠くから見えました……

 子どもたちは怯えていますが、このあたりは、まだ安全です。

 しばらくここで休んでください。

 何もない村ですが、傷をゆっくり治されるといいでしょう」


 成政はスープを一口飲み、目を細める。

 毒の熱が少しずつ引いていく。

 体が温まる。


「かたじけない。

 だが、俺は追われる身だ。

 この村も巻き込まれるやも知れぬ。

 一晩休めば十分だ。」


 年配の男が静かに頷く。


「それでも……今しばらくはご逗留ください。

 我々がそうしたいからそうするのです。」


 目を閉じ、魔導銃を傍らに置く。

 そのまま、小さく寝息をたて始めた。

 成政は、異世界の小さな村で、はじめて、わずかな休息を得た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ