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最強の執着王子は、溺愛する聖女だけは救えない。〜前世で後を追って死んだ弟が、今世は勇者として私を地獄へ誘い、私は彼に『不死』の呪いをかけた〜

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/02/16

 私は聖女になりたくなかった聖女でした。


 前世では家族に短い人生を捧げたのに、世界に人生を捧げるなんてまっぴら!


 せめて、今世の生きている間は、自由でいたかった——。



 前世では五人兄弟の長女で、弟たちの面倒をずっとみていた。

 だから今世で、聖女になって世界の面倒をみるなんて嫌だと役目は辞退している。


 それでも最終的な聖女って役割からは逃れられないけど、一人っ子として両親と三人だけの生活は充実している。


 そのせいか、たまにお城に行くと王や王子、大臣たちの私への扱いは悪い。

 城で贅沢させている聖女なら役目を押し付けてもいいけど、平民同然の私に押し付けるのは後ろめたいんだろうな。


 いつものように、私は洗濯物を干していた。


「お姉ちゃん!」


 可愛い声が背中から抱きついてくる。

 

 城の、この第六王子だけは、私を姉のように慕ってくれて、可愛い。


 私に抱きついた王子の手が、ギュッと私の腰に巻きついて急に私の逃げ場がなくなる。

 バランスを崩して王子と一緒に倒れそうになる。


「うわ!」


 すぐに焦って王子は私から離れて、転ぶことはなかった。

 王子は可愛いけど、小さかった頃と同じ調子だと、色々と不都合が出てくる年齢になっていた。


「ご、ごめんなさい」


 すぐに謝る素直な王子はやっぱ可愛い。

 聖女なんかに誘われてなければ、本来は第六でも王子など、お近づきになれない。


「どうしたの、王子? 泣きながら、慌てて」


 お近づきになれてしまっているから、私は気さくに話す。


 三歳年下の王子は走って抱きついてきたと思ったら泣いていた。

 背が伸びてきたと思ったのに、まだまだ甘えん坊の子供で可愛いな。

 いや、私と三歳しか離れてないならもう子供じゃないはずだけど……。


「お姉ちゃん……」


 上目遣いで私を見つめる王子が、

可愛い!!

 細かいことは、深く考えなくていい!


 けれど、この様子はただ事じゃない。


「僕、勇者に選ばれちゃったんだ……。嫌だよ、お姉ちゃんと絶対に離れたくない!」


 ええ!!


◆◇◆


 勇者といえば百年ごとに復活する魔王を倒す英雄。

 勇者が倒した魔王は聖女が百年の封印をする。


 勇者が倒したら聖女の私の出番もあるんだけど……。


 家の中で温かい飲み物をカップに入れて王子に渡す。

 王子はカップの中身をただ見つめている。


「王子より、もっと強い人がいるんじゃないの? 何で王子なの?」


「王子と言っても僕は第六王子だし、いてもいなくてもいいんだよ……」


 自重気味に言う王子。


 王子は兄弟が多い。

 長女の第一王女様とは面識がないけど、前世の自分を重ねて親近感がある。


 王妃様もよく産んだよなぁ。

 前世では二十歳くらいで死んじゃったから子供を産むってよく分からないけど。


「他の魔王討伐メンバーは強いんだよね? だったら大丈夫、きっと……」


 慰めていても虚しい。

 こんな王子を選ぶくらいだし、他のメンバーも期待出来なさそうだ……。


「だから、僕……、お姉ちゃんに一緒に来て欲しくて……」


 う、やっぱり、そうなるよねぇ。

 可愛い王子は遠慮がちに言うけど、切実な事は分かった。


「お姉ちゃんが、聖女になりたくないのは知ってるけど……お願い……!」


 私の気持ちを知っている王子が、それでも私しか頼れないところまで追い込まれているんだ。

 ……可愛い弟みたいな王子様に頼まれたら断れないよ。


「……仕方ない、分かった」


 私がそう言うと、王子は満面の笑みで喜んでくれた。


「……ありがとう、お姉ちゃん」


 心底ホッとしたような王子の表情を見たら、仕方ないどころか、力になれて良かったと思う。

 私の前世からの長女気質は健在だ。


「ふふ、もう逃がさないからね……」


 そんな声が聞こえた気がした。

 低く頭の中で反響するようなねっとりした声。

 さっきまで泣いていた王子の口元がニヤリと歪むのが見えた気がする。


 ゾクゾク。


 背中から冷気が這い上がって、可愛い王子から不気味な怖さを感じた。


 き、気のせいかな……。


 見るといつもの可愛い王子がカップを握って中身を無害な顔で飲んでいるだけだった。

 カップを包み込む手が大きくて、指先がはみ出している。

 可愛い王子に不釣り合いで、そこだけはドキっとする。


◆◇◆


 城に篭って聖女をやるのは断っていた私だけど、回復魔法の練習は欠かした事がない。


 勇者の王子と聖女の私、格闘家、魔法使いのパーティーでは、私のレベルが突出して高かった。


「聖女様がついてきてくださって、旅がとっても楽です!」


 魔法使いが喜んでくれる。


 王子も手伝ってくれるけど、野宿での食事の用意とかも私の担当で固定されてるけど、感謝されるのは嫌じゃない。


 前世からの長女気質は、本当に今も続いて、嬉しいと思っちゃうんだから仕方ないね。


「王子、ちゃんと食べてよ。あなたがしっかりしないと、いくら私が聖女でも、敵を倒す力はないんだからね」


「うん……、お姉ちゃん!」


 キャンプで作った料理を渡そうとすると抱きついてくる王子。

 ホームシックだろうか。

 まだまだ、子供だ。


 王子は肩を丸めて私の胸の中に顔を埋めると、離れた方の手の指先で私の袖をギュッと握る。

 仕草の割に大きな手に、王子を包むように抱きしめながらも、少し戸惑う。



 でも、実は私も寂しい。


 王子を料理を持っていない手でなでながら少しだけ涙が出た。


「お姉ちゃん、僕がずっと守ってあげるよ」


 王子が上目遣いに真剣な目で言うから、ちょっと笑えた。

 まだ、こんなに弱いのに、気持ちだけは頼もしい。


 でも、その目は真っ直ぐで……。


「お姉ちゃんは僕だけのものだからね」


 悲しくて真剣で、でも、少しだけ私を見下すような王子の瞳。

 いつもの王子と少し違う……。


 王子の独占欲に胸が締め付けられる。

 絡みつくように捉えられて逃げられない気分だ。


 前世の、姉への独占欲の強かった三男を思い出す——。


『お姉ちゃんは僕のだから、お兄ちゃんや弟の事はやらなくていいの!』

 そう言って小さな手で私の服を引っ張って、自分の方を向かせていた。

 三男の様子に、他の弟たちの世話の大部分はやらなくて良くなった。

 でも、三男の面倒はずっとみさせられてた。


 私が、頼られることが好きなことを見抜かれていて自分だけが頼って、私を独占しようとしていた。

 甘えん坊で、でも私を守ろうとしてくれた可愛い弟。


『嫌だよ!! お姉ちゃんと絶対に離れたくない!!』

 私が病死した後は、どうしていたのか。


 特別、手のかかった大好きだった弟。


◆◇◆


「魔法使い!」


 森の奥に格闘家の絶叫が響く。


 戦闘不能になった魔法使いの横で、絶叫した格闘家が既に戦闘不能で倒れていた。


 初心者向けの森だというのに、この敵は強すぎる。


 私は二人を復活させるべきか、王子に加護の魔法をかけるべきか迷ってしまう。

 わずかな隙に、敵は私目掛けて攻撃してくる!


 当たる!


 そう思ったけど、無事だった。


 目の前に、王子の背中が見えた。


 足元にはさっき私に攻撃してきた敵が伸びていた。


「な、な、何があったの!? 王子……怪我はないみたいだけど……」


 まさか、こんな強い敵を可愛い王子が倒せるはずないし……。

 倒れた敵に気を取られていたら、後から声がした。


「あは、気付かないんだ。お姉ちゃん」


 ゾクッ!


 王子の声じゃない、少し狂気を孕んだ声だ。

 ここには倒れていない人間は王子以外いるはずがないのに。


 振り返ると見知らぬ男が立っている。


 “見知らぬ”と表現したくなるくらいに王子とは違う“男”に見えた……。


 王子じゃないの?

 何が起こっているの?


 ゾクゾクッと感情が立ち上ってくる。

 怖いのに、同時に別の感情もあるのが分かる。


 王子に感じてはいけない感情——。

 でも、ずっと抱いていた気持ち。


 ガサッ


 草を踏みつけて男が近づいてくる。

 私も合わせて、少しづつ後ろに下がっていく。


 近づいてくる男の顔がじっと私を見つめて、ゾクッと悪寒が全身を走る。

 王子の顔をしてるのに全然別の表情をする男。


 私が今、男に感じている感情が伝わってしまったら、もう取り返しがつかない。

 王子の年齢ならもう男なのが当然だけど、可愛い子供でいてほしかった。

 逃げられない重圧を感じた。


 それでも、男から逃げたくて、声を絞り出した。


「お、王子が、倒した、の」


 あなたは王子でしょう? そう確認したかっただけなのに。


 震えて、思うように声が出なかった。

 自分の感情を隠すつもりが、これ以上ないくらいに感情を溢れさせた。


 トンっ


 背中が木に当たった。


 追い詰められた私。


 男が笑う気配を感じたけど、気まずくて、怖くて、目を逸らした。


「……お姉ちゃん、僕の潜在能力は別格で、レベルが低くても勇者相当なんだ。だから、こんな敵は僕の相手じゃないんだ」


 王子の声なの?


 よく聞くと声は同じ、でも、挑発するような話し方が、私の逃げ場をなくすように身体に響いてくる。


 視線を合わせなくても、王子じゃないみたいに鋭い目つきで、睨むように私に話す男の姿が想像できた。

 獲物を捉えるみたいに私の目からねっとりと絡みつく視線を外さない。

 見つめたら、私は捕まって逃げられなくなる。


 前世でもあった。

 あの最期の夜に、三男に捕まった……。


「もう少し後で、バラすつもりだったんだけど……。仕方ないよね?」


 男の声に背中がゾクゾクする。


 最初から王子は私を騙して捕まえるつもりだったの!?

 カッと怒りが込み上げる。

 でも、同時に王子から逃げられないことを、期待している自分が嫌だ……。


 ——あの夜みたいに。


「お姉ちゃんは迷っちゃダメだよ。まず自分を優先して加護をかけて。怪我したらどうするの?」


 男の影が私に重なる。


 吐息のかかる距離まで近づいた男の身長は、いつの間にか私を越している。

 何故か、その事実に胸が締め付けられた。

 私は腕を掴まれて逃げ場を失い、少しだけ、私を見下げる男と目が合った。


「ずっと可愛い弟だと思ってた? 演じなきゃお姉ちゃんは一緒に来てくれないから、大人しくしてただけだよ」


 王子の声だけど口調が違う。

 捕食者の傲慢さを含んだ声に気を取られていたら、私は男の獲物になって捕まってしまった。

 男に抱きしめられて、自分の身体の熱を思い出す。


 ずっと可愛い弟だって誤魔化していた王子への気持ち。


 首筋に男の息がかかると、熱くて、私の冷えていた身体の中の熱が発火してしまいそう。


 男は私の身体をなぞるように手を這わせる。

 私はそれを感触で辿る。


「お姉ちゃんはずっと僕にとって“女”だったんだよ」


 耳の奥で言葉が反響して、心をくすぐる。

 心の底で欲しいていた言葉だったから、知ってしまったならもう逃げられない。


 小さな手だと思っていたのに、王子の筋張った大きな手が私の細い腕の上にゴツゴツした感触を残す。


「魔王よりもお姉ちゃんを、僕に屈服させる方が優先だから」


 王子の息が私の肌に熱を移すと、私の手に王子の指がからみついてくる。

 大きくて力強い王子の指が、私の指と指の間に一本一本入るこんでくる。


 目を細めて舐めるように私を見つめる王子が、官能的で、私は指先から屈服させられていく。

 女にされていく感覚……、心地良い浮遊感がある。


 王子のもう一方の手で強く抱きしめられて支えられた私の身体が、熱くてどうにかなりそう……。

 待っていた……、この瞬間をずっと待っていた、気がする。


 ——でも、


 ドンっ


 私は王子を突き放す。


「……ッ!」


 王子は驚いて、辛そうに顔を歪めた。


「お姉ちゃん……、どうして僕を受け入れてくれないの……?」


 少し離れると、まだ少し子供の顔を残してる。

 辛そうだけど、懐かしむみたいで、まだ諦めてない顔。


「王子! 私を、舐めないで! あなたが強くたって、私はあなたに頼まれたら着いてきたんだよ!」


 私は言いながら涙が出てきた。

 王子に触られた感触がまだ身体に残っている。

 指の間に残った王子の跡が切ない。

 求められて嬉しいけど、悲しい。


 こんなバカな嘘をつかれるくらい、信用されてなかったなんて……!

 自分が捨てられた子犬みたいに思える。

 私は、信頼って絆で王子とつながっていたかったのに!


 そう強く思ったのに、いつもと違う弱々しい声が口から飛び出して自分でも驚いた。


「私だって、あなたをずっと守ってあげたいと思っていたのに……」


 自分の声を聞いて思う。

 まだ、私はお姉ちゃんに戻れてない、王子に“女”にされたままだ。


 違う、私もまた演じてたんだ……。


 王子も呆気にとられてる。


 私は涙を拭いて、でも、真っ赤になって言う。


「私だって、ただの可愛い弟だと思ってたわけじゃないんだから」


 ギュッと王子の腕を取って、王子の胸に顔を埋めた。

 もう私を包み込めるくらい大きくなった王子の身体に、私の息がかかる。

 熱い呼吸が王子の胸に解くと、王子は私を戸惑いながら抱きしめる。


 さっきと違って王子の腕もなんだか弱々しい。

 “女”の私を預けるのは、王子にはまだ早かった?

 でも、もう後戻りは出来ないよ。


 ——私にとっても、王子はずっとただの弟じゃなかった……。


 弱々しいと思っていたけど、皇子はまた強く私を抱きしめてくれる。


 王子の息が首筋にかかって、呼吸が乱れていくのが分かった。

 切実な想いが王子の呼吸を乱している。

 私をずっと手に入れたかった王子の願いが叶ったんだ。

 乱れた呼吸が王子の私への崇拝の深さを表して、痛いくらいに抱きしめられる。



「お姉ちゃん……、僕もずっと、お姉ちゃんの事を姉だなんて思ったことなかったよ……、最期に触れ合って気持ちが通じ合ってから、ずっとずっと……」


 前世から——。


 王子が私に覆い被さるように体重を預ける。

 王子はこんなにも力強いのに、肩の重さが、前世で小さなあの子を抱いた日の重さを思い出させた。


 肩に乗せられた王子の表情が優しく切ないことが、かかる吐息から想像できた。


 私も同じ表情をしているんだろう。


 やっぱり、王子は前世で最期に一緒だった三男のあなただったんだ……。


 探していたものがやっと手に入った満足な表情を、二人で重ねた。


 涙が、溢れて私の顔が乗った彼の肩を濡らす。


 でも、最後の彼の言葉は聞かなかった事にする。


 私の方が、貴方を前世からずっと一人の“男”として深く求めているから——これからも、永遠に手放すつもりがないの。


 知らせてしまったら、変わってしまうもの。


◆◇◆


「魔法使いと格闘家を回復させないと」


 そう言って私が王子から身体を離すと、王子に強く引っ張られる。


 絡みつくように王子の手が再び私の背中に回されると、また顔に息が掛かる距離まで近づく。

 逃げられないほど強く。


「ダメだよ、まだ足りないから。二人が起きてきたらまた可愛い王子に戻らないといけないし」


「も、戻れるの!?」


 驚いたけど、王子のこの本性を知ったら、二人が王子を遠巻きに見る気がした。

 私は、王子を子供扱いするお姉ちゃんには、もう戻れない気がするのに……。


 王子と二人の間で、ずっと可愛い王子の裏の“男”の顔を想像してドキドキしてる自分が想像できる。


「もう可愛い弟の僕はいらない?」


 可愛い弟に戻って王子が言う。

 さっそく、その裏に隠されてる本当の“男”の顔が透けて見えて、可愛いはずの王子が獰猛な獣のように見えてしまう。


 王子はそんな慌ててる私の目を見て笑うと顔の角度を少しずらすして、私にキスした。


 は、初めてのキスなのに!


 心の準備もなく、唇の感触と王子の体温を感じる。

 なんの準備もできてなかったのに、もっと溶け合いたいと思ってしまう。


 安心するけど、それ以上に私に絡みついてくる王子の腕と視線が、逃がさないと警告する。


「ずるいよ……王子、あんなに小さくて可愛かったのに」


 小さな声で囁く私は、まだ王子を求めてる。

 急に大人になって現れたみたいで、王子の宣言通りに屈服させられてる——。


 完全に私は王子のものだ。


「もうお姉ちゃんは僕のものだね」


 少しだけ若返ったような表情の王子が言う。


 あ、まだ可愛い……。


 ふいの、演技じゃない年相応の王子の笑顔にホッとするけど、“男”の匂いが弱くなって少し残念。


 私は軽く王子にキスする。


 王子は少し驚いた。


 私は王子の不意をつけて満足して微笑む。

 執着の強さと溺愛では、まだ王子に負けないから!


 ずっと呪いみたいに私があなたを離さないの。


 私は心から笑っていたと思う。


 王子も私を見つめて笑う。


「でも、僕はもう王子にも勇者にも戻らないんだ」


「え!?」


 急な王子の宣言に驚く。


 今の王子は演じてる可愛い王子でも、男の王子でもない。


 年相応で、別れた時の三男と同じくらいの印象だ。


「お姉ちゃん……君に聖女の役目を押し付けたくない。いや、絶対にやらせない!」


 王子に初めて“君”って呼ばれてドキッとしてしまう。

 前世も今も、ずっと“お姉ちゃん”って呼ばれていたのに。


 “姉弟”でも“男と女”でもない、対等な関係が新鮮でくすぐったい。


 ……でも、


「……知ってたんだ、王子は」


 私は悲しくなる。


 楽しい勇者様との冒険が幻だったみたいに霧散していく。


「逃げよう、お姉ちゃん。その為に僕は君を冒険に連れ出したんだ」


 王子はまた可愛い弟になって甘えて言う。

 私の弱点をよく知ってる。


 それでも、私は首を横に振る。


「それは出来ないよ……」


 王子の顔が絶望に歪む。


「どうしてだよ!! こんなの理不尽じゃないか!!」


 王子の叫びは私が何度も叫んでいたことだ。

 私に執着するあなたの痛みが分かる。

 私もあなたに永遠の執着をしているから。


「魔王を倒すまではずっと一緒だから大丈夫よ」


 私は王子を抱きしめた。

 もう私じゃ包めないくらいの王子の身体。

 

 王子が私を抱き返す。

 強く、強く。


「君は僕のモノになったんだよ」


 私の顔に手を絡めて、視線を逸らせないようにした。

 王子の焦燥と懇願の混じった表情が私を見つめる。

 鼓動が早くなっているのが分かる。


「うん……、私はずっとあなたのものだよ……」


 私は王子の手に自分の手を重ねる。

 離れていても、私は永遠にあなたのものなの。


「……!」


 王子の顔が歪む。


 そして、涙が溢れる。


 同じ執着なのに、私たちには心の距離がある。


 離れていても、私はあなたが幸せならそれでいい。

 あなたは、私を側におきたい。


「泣かないで、王子」


 私は王子を落ち着かせようと、身体を撫でた。


「嫌だよ……泣いたら、君はなんでも僕の言うことを聞いてくれる」


 そうね、そうだったね。


 でも、聖女の役目を降りたらこの世界の人が困ってしまう。

 今はもうあなたとは血がつながっていない、この世界の聖女だから。


「……いけない……」


 王子の切実な声が聞こえた。


「僕が、君のいない世界では生きていけない。——前もそうだった……」


 え?


 私はあたまが真っ白になる。


 “前も”?

 

『嫌だよ!! お姉ちゃんと絶対に離れたくない!!』

 私の死に際に絶叫していた三男。

 私は、自分も離れたくないと伝えて、三男が私に触れてくれた。


 それが、前世での私の最期……。


 私が病死した後に、三男はどうしていたの?


 私は満足して旅立てたけど、残された三男は——。


 “離れていても、私はあなたが幸せならそれでいい”


 ……。


「逃げよう」


 私の肩を抱いて皇子が言う。


 私はうなづいた。


「お、お姉ちゃん!」


 王子が花が咲いたような笑顔になる。

「魔法使いと格闘家を安全な場所に運んでからだよ……」


 私は王子の手に指先を触れさせて言う。

 王子が私の指に指を絡ませる。

 とても大切なものみたいに扱ってくれる……。


「うん。お姉ちゃんは僕のだから、他のことは何もやらなくていいよ!」


 王子の笑顔を見たら、私はこれでいいんだと思えた。


「ありがとう、ごめんね」


◆◇◆


 私、魔法使いが目を覚ますと、王子と聖女がいませんでした。


 横に寝ていた格闘家を見ると毛布がきちんとかけられていて、奥には食事の用意がしてありました。


 格闘家を起こして、私にも掛けられていた毛布をはいで、食事の置いてある方に向かいます。


 思い出してみると、暗い森で戦闘不能になった筈ですが、ここは安全な街道の側です。


「まさか、逃げたのか……?」


「え!? 聖女を逃したんですか!?」


「王子は聖女に懐いてたからな……」


 料理の横で格闘家と私は顔を見合わせました。


 魔王を倒したら聖女の命を持って封印するのが百年に一度のこの世界の決まりです。


 勇者がいなくても魔王は倒せるかもしれないけど、聖女がいなければ世界はおしまいです。


 ガサっ


 誰かが近づいてきます。


「王子!」

「聖女と逃げたんじゃないんですか!?」


 私と格闘家が同時に声を上げます。


「逃げた……。お姉ちゃんが……」


 王子は辺りを見回します。


「嘘だ! 水を汲んできてって、……そしたら一緒に逃げようって言ったのに……!」


 王子は叫びながら聖女を一晩中探しましたが見つかりません。


 ——。


 森に崩れ落ちる王子。


「お姉ちゃん……」


「聖女は、一人で逃げたのか? 魔王の封印が嫌で……」


 格闘家が言います。


「違う!」


 王子が叫びます。



「お姉ちゃんは魔王から逃げたんじゃない……。彼女は、そんな無責任なことはしない……!」


 ……しないんじゃない、出来ないんだ。

 お姉ちゃんは……。


「僕は知ってたのに! お姉ちゃんのことなら何でも知ってるのに!」


 お姉ちゃんは世界を守るために、


 僕から逃げた——。


 ——。


 魔王を倒したとき、聖女が封印しなければ世界は救われない。


 だから、


 僕に魔王を倒させる為に。


 ……。


「魔王を、倒せば」


 お姉ちゃんに、また会える——。



 私、魔法使いは、王子の暗く悲しい表情に、息を呑んだ。



 王子と逃げても、世界は終わるの。


 行き場のない私たちは、どうすればいいの?


 自分のせいで人々が苦しむことに、私は耐えられない。


 だから、逃げた後に、私はきっと……。


 そして、王子は、私の後を追ってしまう……。


 私が消えたら、王子は魔王を倒すまで死なない。


 私に会うために——


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