ep. 4 黄泉平坂の片隅で
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交番から一番近いのは、蛇守高校だ。というわけで、私たちは高校に向かい、その次に公民館に行くことにした。この村に入った者を閉じ込める結界――それを解除しなければ、私はこの村からは出られない。その手段を探る必要がある。
「校長室なら、この村の歴史資料とか置いてあるかもしれんな」
と、シロが言う。
「あんたは、この村には詳しくないわけ?」
「オレも所詮は部外者だ。キミよりは知っているつもりだけどね。――それにキミは、オレと違って訳アリっぽい」
「訳アリ? どういうこと?」
「あの蛇頭人を、なんの術も使わずに殺せている。本来あいつらは、殴ったり撃ったりしただけじゃ死なないはずなんだが」
「フムン」
「まあ、やれてるからいいんだ」
段々と日が暮れてきた。真紅の空も、それに伴って徐々に黒に染まっていく。この村には街灯などというものはほとんどない。故に、日が完全に暮れたら明かりが何もなくなり、索敵が難しくなる。対して蛇頭人は、シロ曰く、蛇と同様に熱で獲物を感知できるため、明るさは関係ない。夜はこちらが不利だ。
「いるな……。蛇頭人がうじゃうじゃいる」
と、シロが二股の舌を伸ばして言う。
私はそいつらに気付かれぬよう、静かに、慎重に校門をくぐり、昇降口までやってきた。仲を覗いてみると、確かに学ランやセーラー服に身を包んだ蛇頭人が何体も徘徊していた。
「これは……慎重に進まないとヤバいわね。忍者になったつもりで」
「なんだ、やっつけていかないのか? 見たヤツ全員殺せばステルスだろ」
「あんたさあ、私をバーサーカーか何かだと思ってる?」
「違うのか? ここに来るまでに何体殺したよ。特に、学校で蛇頭人を鉛筆一本でぶっ殺したのは衝撃的だったぜ? まさにブギーマン……ババヤガだった」
「見てたんだ……。それは、戦うしかなさそうだったから仕方なくそうしただけよ。避けられるなら、避けたい」
「そうか」
などと小声で会話しながら、私は蛇頭人から逃れながら学校内を歩いた。
蛇頭人の熱感知の射程は、およそ五メートルらしい。なので、その距離まで近付きさえしなければ、案外奴らの目を逃れるのは簡単だった。もっとも、音にも反応するため、そちらも気を付ける必要はあるが。
といった感じで順調に進み、体育館の横を通りかかった、そのときだった。体育館の方から、カチャ……カチャ……という音が聞こえる。
「なんだろう、この音……」
と、私。
「蛇頭人っぽいが……今までにない反応だ。そっと覗いてみるか?」
「いやそれ絶対新手でしょ。触らぬ神に祟り無し、スルー一択――」
と、私が言いかけたときだった。体育館の音の正体が突如としてドアをぶち破り、飛び出して私の前に立ちはだかった。
校舎と体育館は渡り廊下で繋がっており、その距離は約八メートル。だというのに、こいつは私の存在を認識しているというのか……?
「み、見つかった――ッ!?」
カチャカチャ音――それは、こいつの着ている剣道の防具が出している音だった。右手には竹刀を握っている。
「よっぽど性能の良いピット器官を持ってるのか耳がいいのか……。とにかく倒すぞ!」
剣道の蛇頭人、蛇頭剣道がダッシュ――一気に私との距離を詰める。
――速い!
私の反応が一瞬遅れた。こいつは私の首を掴んで持ち上げると、腕をぶんと振って外に放り投げた。背中から窓ガラスに突っ込み、盛大に割って草の地面に落ちる。
「いった……」
「沙羅、上だ!」
見ると、蛇頭剣道が大きく跳躍し、私目掛けて落下してくる。私は咄嗟に地面を転がってその場から退避。直後、蛇頭剣道は篭手に仕込んでいた鉄アレイを、着地と同時に地面に叩き付けた。
今の衝撃で、地面にいくらかヒビが入った。とんでもない威力だ。あれをまともに受けていたら、一撃で頭をかち割られていただろう。
私は即座に立ち上がり、特殊警棒を抜いて構える。
蛇頭剣道の竹刀が迫る。私は特殊警棒でガード――が、重い! しっかりと握っていないと、あっという間に警棒を飛ばされてしまう。今回はなんとか落とさずに済んだが、ガードを崩されてしまった。胴ががら空きだ。
私は咄嗟にバックステップで後退。竹刀の間合いから出る。が、直後に脇腹に激痛。竹刀が命中していた。
竹刀の先端が、まるで鞭のようにしなって飛んできた。避けたと思ったところへの鈍い衝撃。骨の奥まで響くような鋭い痛みが走る。分厚い板を無理矢理押し込まれたかのような、嫌な感触。息が詰まり、一瞬、肺から空気がすべて絞り出された。
予想外のダメージに、私は思わずその場に膝を突いてしまった。
「な……ッ! し、竹刀が伸びた――ッ!?」
私は確かに竹刀の射程外に出たはずだ。ヤツはその場から動いていなかった。竹刀が当たるはずなどない。なのに、これは……。
「気を付けろ。あれ、ただの竹刀じゃない!」
前を向くと、蛇のように伸びてしなる竹刀が眼前まで迫っていた。どういう原理でこうなっているのかは知らない。だが、確かにヤツの竹刀は尋常ではない。シロとか結界が存在するくらいだ、そういう術もあるのだろう。
「蛇の呼吸の真似!? スマホも知らないくせに!」
私は警棒で竹刀をいなしながら、蛇頭剣道に接近する。スライディングしてヤツの懐に飛び込み、警棒を駆使して足を絡め取り、転ばせた。コイツ、竹刀は機敏に動くが、本体はあまり動かないらしい。
鉄アレイを仕込んだ腕を関節技で押さえ、空いた手で拳銃を抜き、面の隙間から二発撃ち込んだ。
「ハア……ハア……倒した……?」
それまで拘束から抜け出そうとジタバタしていた蛇頭剣道の腕がだらんと脱力し、地面に落ちた。
「そのようだな。でも、今ので蛇頭人がワラワラ集まってきた。どうする?」
「どうするって……突破するしかないでしょ。こうなっちゃったら」
結局こうなるのか……と内心でため息をつきつつ、敵の全貌を、ぐるっと見渡して把握する。前方にステゴロの蛇頭人が二体。それから校舎内に弓を構えた弓道着の蛇頭人が三体か。
一番近い蛇頭人が殴りかかってくる。私は渡り廊下の壁や柱で弓隊の射線を切りつつ、そいつの腕を掴んで投げ、顔面を一発、思い切り踏んづけてやる。
背後から別の蛇頭人が接近し、私を羽交い締めにした。
私は掴まれたまま全体重をかけて後ずさりし、そいつを壁にぶつける。それから肘で顔面を殴り、腕が剥がれたところを脱出して向き合い、両手の拳で顔面を連打。トドメにアッパーカットを顎に食らわせてやった。
「沙羅、しゃがめ!」
シロの警告。考えるより速く身体が動いた。直後、先ほどまで私の頭があったところを、矢が通り過ぎていく。
「サンキュー、シロ!」
私は身をかがめて壁に隠れたまま弓隊に接近。敵は角を曲がったすぐそこだ。
飛び出し、腕を回して弓を奪い、羽交い締めにして他の弓隊に接近。放たれた矢が捕えた蛇頭人に何本も突き刺さり、こいつは絶命した。
私は弓隊に接近すると、死んだ蛇頭人を投げつけて怯ませ、その隙に矢筒から矢を一本拝借し、怯んだ蛇頭人の眉間に突き刺して倒した。もう一体も同様にして撃破。
「沙羅、新手が来るぞ」
廊下の奥から、どしどしと蛇頭人の援軍が押し寄せてきた。
私は矢筒を奪って肩に掛け、弓を射て牽制しながらその場を後にした。
「撒いた……?」
「そうみたいだな」
というわけでどうにか危機を脱し、私たちは目的地たる校長室に辿り着いた。慎重にドアを開け、侵入する。
校長室の中は無人。壁には、歴代校長と思われるモノクロの会写真が並び、棚にはきらびやかなトロフィーがいくつか飾られている。
私は本棚から適当に一冊を手に取り、開いて見た。タイトルは「蛇神様の御子名簿」。中には生徒の名前と学年、それから個々に日付が書かれている。
「これは……? 単なる生徒名簿……って感じじゃなさそうね」
「ああ」
ページの最後には、以下のように綴られていた。
『この名簿に名を連ねた生徒たち、そして、今後この名簿に名を連ねる全ての生徒が、蛇神様から許諾を受け、我ら村の真の姿へと転じます。彼らは皆、外界の穢れを払い、永遠の安寧をもたらす使命を授かりました。この栄誉、我々蛇守村のすべての教職員、村民の喜びであります』
これを見る限り、どうやらこれは、蛇頭人と化した生徒の名簿らしい。とすると、あの日付は蛇頭人に成った日だろうか。
「本当に、この村には鬼印しかいないのね」
この本は、少々昔の名簿だった。最新版、今年の名簿を手に取って見ると、最後の欄に取って付けたように私の名前と学年の記載があった。だが、私のところだけ他と異なり、赤いボールペンでバツ印が付けられている。恐らく私が部外者だから、こいつは排除しなければならない、そんな意味だろう。
「典型的な因習村だ。ずっと外部と隔絶されてきたんだろう。オレたちの常識が通用しないわけだ」
この本を書いた人物は、明らかに生徒が蛇頭人に成り果てることを礼賛している。吐き気を催すほどの邪悪だ。こんな村は、一日でも早く滅んだ方がいい、滅んでしまえ――私がこの手で滅ぼしてやる……そう、思った。こんな奴らに殺されては、奴らの思うつぼだ。
私が本を閉じ、別の本に手を掛けた、そのときだった。突如として本が発火。瞬く間に青白い炎が校長室全体を包んでしまった。
「なに!? なんで急に燃えだしたの!?」
「分からん! でも、微かだが蛇神の霊力を感じる。きっと、ヤツが起こしたんだ」
私は一刻も速くここから出ようと、ドアノブに手を掛けた。が、どれだけ力を込めてもびくともしない。ドアが開かなくなっている。
「開かない! なんで!」
「蹴破れ!」
正攻法で開けることを諦め、何度も蹴り飛ばしたが、やはりドアが開くことはなかった。ならば窓ガラスはどうかと、咄嗟に窓の外を確認する。
ここは二階。すぐ下にはトタン屋根の掘っ立て小屋がある。
「飛び降りる気か!?」
「それしかないでしょ! このままいても、丸焼けになるだけ」
私は特殊警棒で窓ガラスを叩き割り、破片で切らないよう注意しながら、校長室から外へダイブした。背中からトタン屋根に激突し、転がって地面に落ちる。
「い――ッ!」
背中がモーレツに痛い。呼吸する度に激痛が走るので過呼吸のようになる。が、燃え盛る校長室からの脱出には成功した。生前葬ならぬ生前火葬は免れた。
「……大丈夫か?」
シロが心配そうな目で私を見てくる。
「アダムとイブを作るときに翼を付けなかった神を恨む」
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