ep. 3 回顧する断片
毎日16時30分投稿
村唯一の交番は、住宅がある程度密集したエリアを見張るような場所に位置している。辺りは民家が密集し、視界が通りにくい。あの化け物たちが隠れられる場所がごまんとある。
そう思って慎重に進んだが、遂に交番に辿り着くまで出会うことはなかった。
――良かった……何も出なくて。
だが、それで安心してもいられない。その理由は、この交番にある。
「何があったの、これ……。ヤクザに襲撃された痕みたい。まあ、こんな僻地にヤクザなんていないだろうけど……」
交番は、窓が滅茶苦茶に割れてガラス片が散乱しており、壁にはべっとりと血が付着していた。確実に〈なにか〉があった後だ。
――これじゃあ、お巡りさんに保護してもらうこともかないそうにないな。まあ、半分くらい期待していなかったけど。……でも、目の当たりにするとやっぱり愕然とする。
私は忍び足で、なるべく足音を立てないようそっと交番の中に入った。中は無人。人の気配がしない。
「失礼しますよぉ……」
私はカウンターデスクを乗り越え、本来一般人が入ってはならないであろう場所に侵入する。人はいないが、書類などは大量に残されている。この村に関して、何か知ることができるかもしれない。
私は取り敢えず、最初に目に付いた紙を一枚、手に取って見た。どうやら報告書らしい。
『村民が次々と姿を消している。なのに誰も、捜索願も行方不明届も出してこない』
『行方不明になった村民の足取りを調べたところ、みんなあの山に入ったきり姿を消している。なので山への立ち入りを控えるように言ったが、誰も耳を貸してくれない』
『無線機に原因不明のノイズ。困った、これでは外部と通信ができない……』
『行方不明になっていた村民がみな帰ってきた。一件落着だが、あの山でなにをしていたのだろう』
私はそれらに目を通し、背筋が凍った。なんとも形容しがたい嫌悪感……違和感。
――なんで誰も、行方不明を気にしていないの? それとも、みんな山に入った人が何をしているのか知っていたわけ? だとしたら、お巡りさんがそれを知らないのはなぜ。ここに着任したばかりだったから?
壁を見ると、この村全体の地図が掲示されており、その上からモノクロの写真が何枚か貼り付けられてある。例の行方不明事件に関わるロケーションだろうか。また、その横の黒板には、一日のスケジュールなどが書き込まれていた。
それから、私は村全体を囲むように赤鉛筆でぐるっと丸が描かれていることに気付いた。同じく赤文字で「ここから先には行けない」とのメモ。
――ここから先には行けない……? どういうこと。行けないってのは、道が寸断されているとかで危険だから?
見れば見るほど謎が増えていく。私は頭を抱えた。事態の不透明性と気味悪さで胸がいっぱいになる。
「これ……母さんのスマホにあった写真と同じだ……」
地図に貼られた一枚の写真――この村の土着神「蛇神様」の石像。どうやら母は、いつの間にかこの像の写真を撮っていたらしい。
――いつの間にこんなところに行ってたんだ。
などと考えていた、そのときだった。突如として、圏外だったはずの私のスマホが、電話の着信音を奏でた。
「うわっ!」
私は予想外の出来事に思わず飛び上がり、その場に尻餅をついてしまった。全身に鳥肌が立っているのが分かる。その衝撃でスマホがポケットから転げ落ちる。
「な、なに……?」
スマホを拾い上げて見ると、電話が鳴っているはずなのに画面が砂嵐だった。
――なになに、マジで何が起こってるの。これが霊障ってヤツ? 怪異はあの蛇頭だけにしてよ……。
「霊障……まあ、確かに霊障だな。――悪かったな、驚かせるつもりはなかったんだ」
不気味なスマホを放り投げたら、こんどは爽やかな男の声と共に、首にヒヤッとした感覚。見ると、淡く発光した白い蛇が私の首に絡みついていた。
「……は?」
私は、声を出すことができなかった。あまりのわけの分からなさに、どんな声を出せば良いかすら脳が判断できなくなっている。
「嬢ちゃん、キミもこの村からでたいのか?」
と、白蛇が私から降り、デスクの上でとぐろを巻いて言う。
「へ、蛇が……喋った……?」
「この村が普通じゃないことはもう分かってるだろ。今更蛇が喋ったところで、なんだってんだ」
「そ……そうだよね……」
しかしこの白蛇、敵意が感じられない。しっかりとコミュニケーションもとることができる。どうやら怪異は怪異でも、今までに出くわした奴らとは違うようだ。
などと考えている間に、白蛇はこの村について勝手にベラベラと喋り出した。
「この村は、蛇神様っていう土着神を信仰しているんだがな、それが年月と共に歪んでった結果、今に至る。ま、簡単に言えば、この村は土着神に呪われてるってことだ」
「へ、へえ……。じゃ、あの蛇頭は何者?」
「あいつらは蛇頭人だ。蛇神への信仰の成れの果てが、奴らだ。一見するとただの人間だが、部外者をみつけると本性を現して襲いかかる。いまこの村にいる人間は、ほとんどが蛇頭人だぜ」
「じゃあ、村人は全員、私の敵……ってこと?」
「ああ。オレたちの敵だ」
「オレたち……あんたも部外者?」
「ああ。大学でオカルトサークルやっていてね。この村の噂を耳にして来てみたら、ぶっ殺された。そのあとなんやかんやでこうなったってわけだ」
「そのなんやかんやが気になるんだけど……」
「正直オレにもよく分かっていないんだ」
そういうと白蛇はデスクから降り、私のスマホを拾って画面を見せてきた。
「キミのスマホに村の地図をインプットした。どうやら村を出るのは一筋縄じゃいかないみたいだ。あの地図の赤線、見ただろう? 蛇神があそこに結界を張ったもんで、出ようとする人間を阻んでいるんだ」
「マジか……」
にわかには信じがたいが……まあ、目の前の白蛇を見た後では、そのようなことも有り得るのだろう。にわかには信じがたいが。
「結界を壊さないと出られないんだが、オレもその方法までは解明できてない。だから、一緒に探そうぜ。村はオレが案内する」
「わ、分かった……。――あんたのこと、なんて呼べばいい?」
「別に何でもいい。自分の名前だけなぜか思い出せないんだ」
「じゃ、シロで。よろしく、シロ」
「おう」
それから私たちは、交番の中を物色して使えそうな物をかき集めた。村人全員が敵と分かった以上、戦闘に備える必要がある。
結果的に私は、十四年式拳銃一挺と特殊警棒を手に入れた。拳銃の実包はマガジン内の八発ですべて。
交番の中を漁り尽くし、出ようとした、そのときだった。交番の奥から、ガタッと物音がした。シロではない。シロはいま私の首に巻き付いているから、有り得ない。であれば、敵だ。
私が振り返ったとき、既に敵は目の前まで迫っていた。蛇頭人と化した警官。ずっと奥の方に隠れてこちらを観察していたのか。
警官蛇頭人は私の両肩をがっしりと掴み、大きく口を開けて噛みつこうとしてくる。
「コイツ……ッ」
私は蛇頭人のすねを思い切り蹴っ飛ばして耐性を崩すと、腕を掴んで前方に投げ飛ばす。
蛇頭人、警棒を抜いて臨戦態勢。滅茶苦茶に振り回して来る。
私は落ち着いて敵の警棒の機動を読み、特殊警棒で手をぶっ叩いて警棒を落とさせる。即座に落ちた警棒を蹴って蛇頭人から遠ざける。
そのときだった。蛇頭人が全身をゴキゴキと鳴らして組み付いてきた。人とは思えない――軟体動物のような動き。
「コイツ……全身の関節を外した!?」
関節の可動域的に有り得ない身体の使い方で、まるで蛇が獲物を締め付けるようにして私をがっしりと拘束し、頭からかぶりつこうとした。
私は咄嗟に警棒を喉奥に突き刺した。蛇頭人の力が緩む。今がチャンスだ。
蛇頭人の拘束から脱出すると、私は間髪入れずに拳銃を手に取った。遊底を引いて弾薬を薬室に送り、安全装置を解除。喉を押さえてもがいている蛇頭人の頭頂部を掴んでカウンターデスクに押しつけ、銃口を突きつけ、引き金を引く。
乾いた銃声が一発、夕暮れ時をつんざいた。空になった薬莢がカランと音を立てて地面に落ち、銃口から硝煙が上る。蛇頭人は脳を破壊されて絶命した。
「や、やった……」
「そのようだな。……でも、銃弾は限りがある。無駄撃ちは厳禁だ」
「そうね……」
私は死んだ蛇頭人から予備の弾丸二発を回収し、交番をあとにした。
「学校か公民館に行けば、何か情報があるかもしれない。ひとまずそこをまわってみよう」
と、シロが提案して言う。
「分かった」
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