ep. 2 跋扈する怨嗟②
私は心の中で凄惨な最期を遂げた父母に哀悼の意を表し、玄関でローファーを履いて外に出た。交番にまともな人がいるか、今の一件でさらに疑わしくなったが、しかし行ってみないことには始まらない。それに、もし交番にまともな警官がいたなら、これほど心強いことはない。
――気を抜くとすぐ、目から涙がこぼれ落ちる。特に母はあんな奴だったが、それでも親を、家族を失うというのは、哀しいことだ。
血の空の下、村の交番までは家から一キロ弱。歩けば十分程度で着く。が、もうあちこちがボロボロだ。全身がズキズキと痛む。白の長袖のセーラー服はところどころが破れているし、返り血や自分の血で半分くらい汚れている。奇しくも学校で遭遇した、あの白衣の女と同じ状況だ。スカートは濃い紺色の為あまり目立たないが、しかし裾などは結構破れたり裂けたりしている。黒のタイツも、あちこちに穴が開いてしまった。
――でも、それでも進まなければ……。
交番へは曲がり角を一回曲がる必要があり、その角は石垣によって曲がる先が見えづらい。こんなところでなければ、食パンを咥えて走る遅刻ギリギリの女子転校生が、後にクラスで再会する隣の席の男子と衝突し、いろいろな意味で因縁の相手となる舞台となっただろう。
だが、私が鉢合わせたのはそのような美少年ではなく、野良着に股引、地下足袋を身につけた大柄な男だった。私と頭一・五個分くらい身長差がある。おかげで見上げるまで彼の顔が見えなかった。
それ故に一瞬、人間がいたんだと安堵した。すぐに崩れ去ったが。
男の顔も、学校にいたのと同じ、蛇の顔をしていた。つまり、こいつは、敵だ。
「クソ、会っていきなり殺し合いかよ!」
こいつは獲物を見つけたライオンのような咆哮を上げることもなく、すぐさま臨戦態勢に移行し、攻撃してきた。私はこいつ――以降、関取蛇と呼称――の太くたくましい両腕に肩をがっつりと掴まれ、石垣に押しつけられた。
――このまま噛みつく気かッ!
こいつは、その体格に合わせて口も巨大だ。しかも蛇のように開けるから、めいっぱい口を開けば、私の頭など丸呑みにできる。そのまま食い千切ることだってできるだろう。
――そうはいくか!
私は両足の裏を石垣にぴったりと付け、思い切り蹴り、自分もろとも関取蛇を地面に押し倒した。それから即座に起き上がり、用水路脇に刺さっていた木製看板を引き抜き、振りかぶってこいつに殴りかかる。
が、さすがに一筋縄ではいかなかった。関取蛇は看板をがっしりと掴んで受け止めると、強引に私の手から奪って投げ捨てた。私も取られまいと抵抗したが、しかしかなわず前によろけるだけに終わった。
関取蛇が起き上がり、よろけた私の服のスカーフを掴み、地面を引き摺って歩く。
――クソ、止まれ、離せ!
アスファルトのざらついた感触が、服越しに生々しく伝わってくる。背中全体を火傷しているかのようだ。路面の凹凸が背中を打ち、摩擦する。過去に一度も経験したことのない苦痛だ。
私は抵抗して関取蛇の腕を何度も殴ったが、びくともしなかった。ただ目の前に見える地面が、流れるように後方へと遠ざかっていく。
ようやく止まったかと思ったら、関取蛇は片腕で軽々と私を持ち上げ、道路の一段下にある畑に放り投げた。この村は高低差があり、それ故に、地形に合わせて段々畑になっている。
「うぅ……背中が……」
背中が焼けるように痛い。対してメンテナンスされていないボロいアスファルトだから余計に……。
私は畑に刺さっていたカカシを支えにして立ち上がる。と、この畑に潜んでいたらしい、蛇頭の男が新たに三体、現れた――それぞれA、B、Cと呼ぶ――。
まず先にAが鎌を振り回して襲いかかってきた。私はその腕を掴んで背負い投げし、鎌を奪い取ってそいつの頭頂部に突き刺した。
直後、Bが背後から斧を振り上げて迫る。鎌を抜き取って武器にしたかったが、その暇はなさそうだ。私は振り向くと同時にその腕を掴み、肘で鼻面をド突いて斧を奪う。それからそいつの後頭部を掴んで額を地面に擦りつけ、うなじを斧で斬り付けた。
最後に斧を両手で持って振り上げ、前方から迫り来るCに向かって投斧。Cの頭に命中し、三体を撃退した。
――あいつはどこだ……?
と、死んだCの背後から関取蛇が堂々とやってきた。私はAの頭に刺さった鎌を抜き取って構え、斬りかかろうとした。が、この関取蛇、見た目に反してずっと素早い。私が振りかぶったと同時にみぞおちを蹴り飛ばされた。
「あ――ッ」
とんでもない威力だ。大して勢いを付けたわけじゃないのに、一メートルも吹き飛ばされた。
――それにしてもこいつ、ずっと余裕そうな立ち振る舞いだな。さっきの奴らとは別格だ。どっしりと構えている。
私は即座に起き上がり、最小の動作で関取蛇に斬りかかった。が、関取蛇は鎌を恐れることもなく腕を伸ばし、思い切り私の顔面を殴打した。その衝撃で私の身体は宙を一回転し、うつ伏せに土の地面に落ちた。
「ま……まだ……」
関取蛇は私の背後。明らかな隙だが、しかしこちらの様子をうかがっているのか、何もしてこない。腕に力を込めて立ち上がり、奴の方を向いた、そのときだった。
顔の左から右に掛けて、なにかとんでもない衝撃が突き抜けたように感じた。視界が一瞬、白に染まった。気付くと、私の身体は宙に浮かんでいた。いや、落ちているのだ。一段下の畑に落ちて転がる。が、その段だけでは止まりきれず、さらに下の畑に落ちた。
――なんだ、何をされた……? 顔面を横から殴られたか、蹴られたか。奴はどこだ……あそこか。畜生、見下しやがって。
今なら、逃げたら逃げ切れるだろうか? いや、奴はああ見えて速い。手負いのこの状態じゃ、逃げ切るのは難しい。
関取蛇がジャンプした。一気に私のいるこの段まで飛び降りる気だ。あそこからここまでは、それなりに高さがある。いくら奴といえど、着地の一瞬は衝撃吸収のために無防備になるはずだ。
――どこに落ちる。隙を見逃すな。……私の横だ。着地した瞬間を狙え。
関取蛇が着地。案の定、一瞬だけ、衝撃吸収で手一杯になっている。私はその隙を突き、全力でそいつの顔面に殴りかかった。関取蛇には予想外の反撃だったのか、たじろいで後ろに下がる。
だが、それも束の間、こいつはすぐに対応してきた。殴るために突き出した私の腕を掴み、足を払って背中に乗せた。こいつは、背負い投げをする気だ。まさかこいつ、柔術が使えるのか?
なんとか受け身はとれた。だが、まさかこの化け物に柔術を決めるだけの知能があったとは。それとも、人間として生きていた頃の経験が、化け物と化しても肉体に記憶されていたのかな。
私も負けじと関取蛇に組み付いた。が、体格もパワーも違いすぎる。こいつは私の後ろ襟を掴んで無理矢理引き剥がした後に、腕を引っ張り、自分の足を起点に投げる。
――駄目だ、こいつは普通にやったんじゃ勝てない。何か使える物はないか……?
私は関取蛇から距離を取りつつ、この差を覆せる物を探す。と、あった。堆肥が入った木のバケツと、スキ。これは使える。
私は堆肥が入ったバケツを持つと、関取蛇に向かって盛大にぶちまけた。バケツ一杯の堆肥は関取蛇の顔面にべったりと付着し、視覚や嗅覚を奪う。その隙にスキを手に取り、踏み込んで刺突。スキが関取蛇の首元に突き刺さった。
――入った! このまま……!
関取蛇が怯んでいる。さっきまでのような力が入っていない。私はそのまま関取蛇を押し込んで石垣に押しつけ、スキをしっかりと刺し込む。それまでスキを抜こうとそれを掴んでいた腕が、力が抜け、だらんとなった。私は、関取蛇を倒したのだ。
「ふぅ、なんとか倒せた……」
全身土まみれだ。血と土の臭いが入り混じっている。
――それにしても、こいつらはいったいなんなのだろう。顔が蛇みたいになるのは、蛇守村という名前と何か関係があるのか? そういえば、この村には独特な土着信仰があるって、前に母さんが話してたっけ。もしや、それに原因があるのだろうか。
しかし、今ある情報だけでは、何も分からない。とにかく今は、交番に行ってみよう。両親のこともだが、もしかしたら、そこに何か情報があるかもしれない。
私は服や顔に着いた土を払い落としながら、交番に行く道に戻った。
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