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ep. 2 跋扈する怨嗟①

毎日16時30分投稿

 本能的に、一瞬で脳裏に浮かんだ、最悪の想定――それが見事、的中してしまった。


「そんな……父さん……母さん……」


 私の目の前に広がるのは、無惨にも殺戮され、血の海のど真ん中に沈む父と母の姿だった。全身に惨たらしく鈍器で殴られた痕や刺し傷、切り傷があり、そこから血が、決壊した堤防からあふれ出す濁流のように流れ出ている。顔は特に酷く、もはや原型を留めていない。


 この状況から助かる見込みが無いことは、医学に関して全くのド素人な私でも分かった。


 ――信じられない……。私は夢を見ているのか? そうだ、そうに違いない。学校で遭遇したあの蛇女も何もかも、夢だったのだろう。私はしばしばゾンビ・パニック系の夢を見ることがあるし、これもきっと、その類いだ。


 今に目を覚ませば、いつもと変わらない天井が目に入り、居間には当たり前に父母がいる――そうであってくれたら、どれだけ良かったか。私は何度も自分の頬をつねったが、目の前の惨状が夢と消えることは、遂に無かった。


 私は、この非情なリアルを受け入れざるを得なかった。


 ――なぜ私が、私達が……こんな目に遭わなければならなかったんだ。私が、母親を説得できなかったからか? 改心させられなかったからか? この無茶な引っ越しを、止められなかったからか? 私が諦めずに、辛抱強く母と話していたら、両親がこんな目に遭うことなど、なかったのだろうか。


 痛いほどに心臓が速く脈打つ。うまく呼吸ができない。身体に力が入らない――私は、ただその光景を、床にへたり込んで眺めることしかできなかった。


 いやいや落ち着け、東堂沙羅。まずは、このことを通報しなくては。村には交番があったはずだ。一一○番を。


 そう思って、私はスカートのポケットからスマホを取り出し、緊急通報画面を開いて電話を掛けようとした。が、手が震えてスマホが滑り落ちる。


 ――落ち着け、震えを止めろ……。


 スマホを拾い、落とさないようしっかりと掴んで電話を掛ける。が、圏外のため繋がらない。


 ――圏外!? なぜ……こんな村でもいままでそんなことなかったのに。


 恐らく無駄だろうが、私は立ち上がり、半分無意識に母の遺体の側に落ちていた彼女のスマホを拾い上げて見た。しかし、やはりこっちも圏外だった。


 が、私は母のスマホについて、気になることがあった。


 ――ん? 写真フォルダが開きっぱなしだ。これは……この村の写真か? これは転校手続きに行ったときに取った校門の写真……こっちは、鳥居? 薄暗くて不気味だな……。


 母のスマホは写真フォルダが開いたままになっており、そこには様々な写真のサムネが映し出されていた。全てこの村で撮ったと思しき写真だ。


 だが、まあいいだろう。それより今は警察に通報だ。この家には固定電話が無いため、直接交番に行くしかない。道中あの化け物に出くわさないと良いが……。


 ひとまず、これからの行動方針は決まった。時刻は午後五時をまわっている。日が暮れないうちに行こう――そう思って立ち上がり、玄関の方を向いた、そのときだった。


 背後から、ズルッと、なにかが蠢いた音がした。


 ――なんだ?


 私は咄嗟に後ろを振り返る。すると、なんということだろうか。死んだ両親が立ち上がっているではないか。傷が完治し完全復活――ではない。うなだれるように背を丸め、腕は脱力してだらんと下に伸び、呻き声のような声を発している。その姿は、まさにゾンビ……生ける屍だ。


 立ち上がった母親が真っ先に私に組み付いてきた。


「母さん、何をするの! 私が分からない!?」

 

 駄目だ、正気ではない。目の前の父さんと母さんは、もはや私の知る人たちではない。自我を喪失し、ただ人に襲いかかるだけの化け物だ。人間としての父母は、とっくに死んだのだ。


 そうと頭ではわかっていても、目に映る姿は父や母そのものだ。それが、彼らへの攻撃をためらわせる。


 そうこうしているうちに、元母の化け物――以後、それぞれ化け物母、化け物父と呼称――は、その華奢な身体のどこから湧き出ているのか不明なほどに強い力で私を持ち上げると、振りかぶって思い切り居間に投げ飛ばした。私の身体は居間と廊下を隔てる障子を突き破り、畳の上に落下した。


 頭上に私を見下ろす化け物父。間髪入れずに化け物父は私の二の腕を掴んで引っ張り、持ち上げてタンスに向かって投げつける。


「う――ッ」


 顔面をタンスに思い切りぶつけた。仰向けに倒れた私に向かって、タンスの上に飾られていた水晶玉やパワーストーン、母が趣味で作った竹細工などが落下してくる。


 私は落ちてきた水晶玉を拾い、すぐさま立ち上がって二人に向き直る。二人がほぼ同時に襲いかかってきた。が、わずかに化け物母の方が速かった。私は水晶玉を化け物父の顔面に投げつけて牽制しつつ、化け物母に対処する。


 化け物母は腕を真っ直ぐ前に伸ばし、馬鹿正直に突っ込んできた。私はその腕を掴んで足を崩し、化け物母を背中に乗せて背負い投げ。ろくに受け身もとらず落ちた竹細工の上に落下し、跡形もなく砕け散る。


 次は化け物父の対処――と思ったが、奴の方が一手速かった。私がそちらを向くより前に、私は奴に後頭部を何かでガツンと殴られた。私はその衝撃で前方によろけ、咄嗟に両手で後頭部をガード。奴は立て続けに背中を殴ってくる。


 振り向くと、化け物父は囲炉裏に置いてあった、前にふるさと納税した際に送られた南部鉄瓶を手に持っていた。それを振り回して、私を殴打したのだ。


 ――畜生、それは人を殴る物じゃない!


 私は南部鉄瓶を振り回す化け物父の腕を掴み、自分の肩に乗せ、関節を決める。化け物父が呻き声を上げて南部鉄瓶を手放した。それを確認し、跳躍して両脚を化け物父の首に回して組み付き、その勢いを活かして自分ごと地面に倒す。


 そのまま化け物父に追撃しようとしたが、何かもの凄く固い物が飛んできて尻に直撃した。私は思わず倒れた化け物父に覆い被さるように転がる。


「いった――ッ」


 なんだと思って振り返ると、そこには父の、きらびやかに彫刻されたガラス製の灰皿が転がっていた。先ほど投げ飛ばされた化け物母が投げつけたのだ。


 化け物母が四つん這いになり、コモドオオトカゲのような動きで迫り来る。


 ――よくも尻に当てやがったな!


 私は南部鉄瓶を手に持ち、化け物母の顔面にシュートして怯ませ、その隙に灰皿を拾い、化け物母に殴りかかる。


 化け物母にのしかかって顔面を殴打していたが、三発ほど殴ったところで起き上がった化け物父に阻まれてしまった。脇の下から腕を回して拘束し、メリーゴーランドのように振り回して居間の(ぶっと)い梁にぶつけられた。


「かは――ッ」


 一瞬、呼吸ができなくなった。鈍く重い衝撃が背中から全身を突き抜け、肺から空気がすべて絞り出されたような感覚。身体中の骨が軋む音だけが、自分の耳に響いているようだ。冗談ではなく、本当にお星様が見えた気がした。息を吸う度に胸と背中に激痛が走ってしかたがない。


「くそ……」


 私はそのような激痛に身動きがとれず、梁の根元に横たわるしかなかった。なんとかして腕に力を込めて立ち上がろうとするが、自分がただの袋に詰められた肉の塊になったかのようだ。


 しかしそんなことはお構いなしに、化け物父が追撃してくる。私の胸ぐらを掴み、持ち上げて梁に押しつけ、無抵抗の私の身体を何度も殴り、膝蹴りしてきた。


 ――このままでは駄目だ。痛みを堪えろ。全身に力を込めろ。受けた痛みを、すべて相手に、敵にやり返せ……ッ!


 心中でそう決意すると、私は大きく息を吸い込んだ。相変わらず吸うと同時に激痛が走るが、関係ない。全神経を、相手を打ち倒すことだけに集中させる。


 右の手の平で、化け物父の拳を受け止めた。そのまま足を振り上げ、化け物父の股間を膝で思い切り蹴り上げる。化け物と化しても、弱点の位置は変わっていないようだ。化け物父はあからさまに苦しそうな唸り声を上げ、私を離して悶絶した。


 化け物父が一時戦闘不能。だが、まだ化け物母が健在だ。父が動けない今のうちに、そちらを始末しよう。


 化け物母は、父が私を手放したと同時にアクションを起こした。拳を握りしめ、一直線に私目掛けて正拳突き。だが、武術を習っていた私に、そんな単純な動作は通用しない。ひらりと右に身体を捻って回避して突き出した腕を掴み、相手の勢いを利用して前方に放り投げてやる。


 化け物父が復帰。壊れて先端が鋭利になった障子の梁を手に持ち、槍のようにして襲いかかってくる。私は奴の突き攻撃を、身を低くして前方に飛び込んで避ける。そのまま梁を掴み、肘で化け物父の顔面を殴って奪い取った。


 ――これでトドメだ!


 奪い取った梁の先端を化け物父に向け、思い切り刺突。鋭い先端が化け物父の心臓に見事突き刺さった。父が熊のような咆哮をあげて梁を掴み、引き抜こうとする。だが、私はそれを許さない。そのまま父を押し込み、壁に押しつけ、より深くまで梁を突き刺してやる。


 とうとう化け物父が動かなくなった。撃破できたようだ。あとは化け物母のみ。が、母、速い。想定よりも速く距離を詰めていた。


 化け物母の右腕が私の首にまわり、締め付ける。だが、焦るな。抜ける方法は確実に存在するし、私はそれを知っている。


 私は全体重を化け物母にくれてやる。母はこれを想定していなかったのか、簡単に地面に倒れ込んだ。私を抱えたまま。そして首を絞める力を維持できず、緩む。さらに追撃。腕を後ろに向け、親指で喉仏を力一杯押した。母が呻き声をあげ、さらに首を絞める力が弱くなった。これならたやすく脱出できる。


 母の拘束から抜けられた。が、すぐに母も起き上がり、また組み付いてくる。私の背後から掴みかかり、頭を掴んで本棚に押しつけてきた。首にちょうど棚板が首に当たって痛い。が、これはかえって好都合でもある。


 私は本棚から厚めの本を一冊抜き取り、腕を後ろに回して母の顔面を思い切り殴った。その衝撃で母が私から離れる。


 本の角で何度も化け物母に殴りかかる。本を化け物母の口に突っ込み、後頭部を掴んで何度も床にぶつけ、押しつけ、釘を打つトンカチのように母の頭を殴りつけ、本を口の奥深くまで食い込ませてやる。


 遂に、化け物母も行動を停止した。私はまた、災厄をはね除けたのだ。ちなみに、化け物母にトドメを刺した本のタイトルは「子宮頸癌ワクチンの『不都合な』真実」だった。


 ――ごめん、父さん、母さん……死んだ後まで痛い目に遭わせて。せめてあの世では、安らかに。

お読みいただきありがとうございます。


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