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ep. 1 標榜「自然回帰」のさきで③

 一日の授業が全て終わり、放課後になった。皆は足早に部活動に赴き、まだ所属していない私だけがフリーだ。


 ――どんな部活があるんだろう。あちこち見学してみようか。


 この高校の部活は、ほとんどが運動部だそうで、たいていグラウンドなどで活動している。その様子を見にいくべく、昇降口で外履きに履き替えた、そのときだった。


 体感温度が、一気に下がったのが分かった。最低温度に設定したエアコンの冷風をもろに浴びたような感覚。それに外を見ると、空が血のように赤く染まっている。


 ――なに、これ。自然現象? この辺の特徴なの?


 全身に嫌な汗が浮かぶ。鼓動が速くなり、脈の音が自分の耳を支配する。


 ――誰か、近くにいないの?


 独りは不安だ。そう思って辺りを見渡すと、いた。私の後ろに。だが、その者の存在が私を安心させることはなかった。それどころか、逆に私の恐怖心を増長させた。


 私の後ろに立っていた者は、血飛沫のような赤黒いシミの付いた白衣をまとった女だった。黒い艶やかな髪が腰ほどまで真っ直ぐに伸びている。


「な、なに……あんた……?」

 

 私が彼女の風貌にしばし硬直していると、彼女は口をガパッとかっ(ぴら)き、先端が二股に避けた細い舌を伸ばした。それから顔の形が粘土のように崩れ、蛇の頭のような形状に変化する。


「いや……来ないで――ッ!」


 女は、両手を私のほうに突き出し、飛びかかってきた。あまりに非現実的な目の前の状況に、私の反応が一瞬遅れた。女は私の胸ぐらをがっしりと掴み、持ち上げ、校舎内に向かって思い切り放り投げた。


「――ッ!」


 一瞬の出来事だった。受け身を取り損ねた。背中と尻を固い床に打ってしまい、ジンジンと痛む。だが、その程度でうずくまっている暇は私にはなかった。また、女の攻撃が来る。


 私は立ち上がり、その場から逃げ出した。屋内を土足で走っていることなど、もはや気にしてはいられない。アレは、異常だ。先ほどは投げられただけだったが、今度はどうか分からない。首を絞めて殺されるか、あの口で噛まれて食い殺されるか、はたまたあの牙から毒を注入され、苦しもがきながらジワジワと殺されるかもしれない。


「み、三浦くん!? 助けて、変な女――不審者がいるの!!」


 我武者羅に走っていると、前方に人影が見えた。あれは、三浦くんだ。あの坊主頭、間違いない。私は内心で安堵しつつ、しかし速度は落とさず、彼の元に全速力でダッシュする。


 だが、その安堵も、一瞬で崩れ去った。彼は私を見るや否や、両腕を伸ばして私の身体を掴み、なんと羽交い締めにしてしまった。


「ちょっと、三浦くん!? ――なにしてんの、離して……!」


 右耳を、温かくも湿り気のあるなにかが撫でた。それはどんどん移動し、私の視界に入る。あの女と同じ、二股の舌――三浦くんも、あの女同様に、化け物に変貌してしまったようだ――そもそも三浦くん本人ではなく、彼に化けていたのかもしれないが――。


 三浦くんと思しき化け物が、私を、追ってきた化け物女に差し出すようにして拘束する。こうなっては仕方ない。こちらももう、なりふりかまってはいられない。


「ごめん、三浦くん!」


 私は足を振り上げ、かかとで彼のすねを思い切り蹴り飛ばした。彼がシャーと蛇の鳴き声のような悲鳴をあげ、拘束する手が緩む。私はそのまま彼の腕を掴み、胴体を自分の背中に乗せ、思い切り前方にぶん投げた。


 投げたとき、一瞬だけ彼の顔が私の眼前に見えた。案の定それはもう三浦くんの顔ではなく、あの女と同じ、蛇のそれだった。一ミリくらいはあった髪も綺麗さっぱり無くなり、鱗のような頭皮が露出していた。


 これで私の身は自由になった。が、掴まれたタイムロスが大きすぎた。私が脱出したときには、女は目と鼻の先まで迫っていた。女は跳躍して私に飛びかかり、両手で首に掴みかかってきた。


「くそ――ッ!」


 押し倒された。女は私の上にのしかかり、全力で首を絞めてくる。私は左手で女の顎を邪魔しつつ、みぞおち目掛けて右手を思い切り突き上げる。一発では離れない。離れてくれるまで何度もみぞおちに拳を打ち込む。


 ――やっと離れた……。


 五発ほど打ち込んだところで女が私の首から手を離した。私は起き上がり、逃げようとしたが、すぐに体勢を立て直した女によって再び飛びつかれ、地面に押し倒された。その勢いで、私はどうやら教室のドアをぶち破り、中に転がり込んだらしい。


 目の前に蛇化した女の顔が迫る。二股の舌の先からよだれが滴り落ちて汚いことこの上ない。


「この……離せ――!」


 私は咄嗟に床に転がっていた鉛筆を拾い、女の左目に突き刺した。女が、人の物とは思えない、つんざくような悲鳴を上げてのけぞる。


 私はその隙に距離を取って体勢を立て直す。女も、目を刺されてパニックにこそなったようだが、すぐに復帰して私を睨み付けた。目に刺さった鉛筆を引き抜いて捨て、机の上にあったカッターナイフを手に取る。


 ――本当になんなのこいつ。片目をやられてもなお立ち向かおうとする……こいつは、身も心も化け物だわ……。


 女がカッターを滅茶苦茶に振り回して肉薄してくる。私は側にあった机を持ち上げてガードし、刃を折って無力化する。そのまま女に机を投げて怯ませ、その隙に女の懐に飛び込んで押し倒す。


 ――今度はこっちの番だ!


 右腕で女の首をホールドし、締め上げる。殺せなくても、気絶させるだけでもいい。その隙に逃げられれば。だが、この女、力が強い。さっきよりも格段にパワーが上がっている。


「な――ッ」


 女は強引に私ごと上体を起こした。そのまま勢いを付け、背後に組み付いている私を、机の列に投げ飛ばした。私は机の列を盛大に乱して落下。中の物が紙吹雪のように舞い飛ぶ。


「いったた……」


 一度にいろんな箇所をぶつけた。いまの衝撃で埃も舞い上がり、咳き込みそうになる。はやく立ち上がろうと上を見ると、そこにはあの女の姿。倒れ込んだ私目掛けてジャンプしたのだ。女が私の腹の上に着地する。


「ガハ――ッ」


 女の全体重が速度を付けて私の腹にのしかかった。なんとも言いがたい、気持ち悪い痛みがそこから全身に広がり、呼吸ができなくなる。昼に食べたものが逆流しそうだ。


「く……この……ッ」


 私は床に転がっていた鉛筆を手に取ると、女の頭を掴み、後頭部に思い切り突き刺した。もしこいつが蛇と同じ生態なら、目潰しは大して有効でない。もともと蛇は視力が悪く、代わりに熱で獲物を探す。であれば、逃げるための時間稼ぎではなく、殺す気でかからねば、生き延びることはできまい。


 私はそのまま女の頭を突き上げて起き上がり、逆に女を仰向けに倒す。後頭部に刺さった鉛筆がより奥、脳まで到達するよう、両腕で女の頭を床に押しつける。女は抵抗して私の腹や足を何度も殴ったり蹴ったりしたが、私は決して手を離さない。こいつが動かなくなるまでは。


「やっ……た……?」


 とうとう女が動かなくなった。私を殴ろうと作った拳は力なく開き、崩れ落ちて床についた。私は、化け物に勝った。生を己の手で勝ち取ったのだ。


 しかし、全身がくまなく痛い。今日はもう帰ろう。ここは何かおかしい。あの空、母や父さんも見ただろうか。もはやこんなところには住めない。この村は化け物の巣窟だ。一日でもはやく……今日にでも東京に帰るよう、母を説得しよう。いや、東京まで行かなくてもいい――この村から離れられれば、ひとまずは……。


 などと考えながら立ち上がり、机を手すり代わりにして歩き出した、そのときだった。突如として、右の脇腹に衝撃。私はなすすべなく吹き飛ばされ、机の中に倒れこんだ。一瞬遅れて激痛が走る。


 ――三浦……そうか、こいつもいたんだ……。


 見上げると、そこには化け物と化した三浦が佇んでいた。教室のドアを両腕で抱えている。恐らくあれを振り回して私を吹っ飛ばしたのだろう。


「悪いけど……私はもう帰るよ。また明日な……」


 私は咄嗟に椅子を彼に投げつけて怯ませ、そのまま置き上がって窓を突き破り、外に脱出。即座に立ち上がり、駆け足でその場を後にした。



 

「いってて……全身打撲だよ……もう……」


 私はドアの打撃をくらった脇腹を右手で押さえながら、辛うじて家に辿り着いた。幸いなことに、下校中にあのような化け物に遭遇することはなかった。空は相変わらず赤いままだが、村の様子は朝と変わっていなかった。相変わらず、人気が無くて静かな村だ。


「はあ……ただいま……」


 玄関のドアを開け、鞄を置き、靴を脱いであがる。そのときだった。家の中から、なにやら不快な臭いが漂ってくる。鉄のような、これは……血の臭いだ。リビングから。


 私は瞬時に、最悪の事態を想定してしまった。


 ――いや、しかし、まさかそんなことは……。


 恐る恐る、私はリビングを覗き込む。それと同時に、両脚の力が抜けてその場に膝から崩れ落ちてしまった。


「そんな……父さん……母さんッ!」


 そこには、無惨にも殺戮され、血の海のど真ん中に沈む父と母の亡骸が横たわっていた。

お読みいただきありがとうございます。


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