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ep. 1 標榜「自然回帰」のさきで②

 私がこれから通うことになる学校は、この村唯一の高校、蛇森高校だ。校舎全体が木造で、建物全体から古臭さがにじみ出ている。当然だろう。いまどき木造で、歩く度に廊下がギシギシと音を立てる学校など、どこにあろうか。時代を三○年間違えている。


 私が初めてその学校を訪れたのは、転入手続きの時だ。この村の、時流に取り残された情景を見たときで既に愕然としていたが、この学校は、そんな私にさらに追い打ちをかけた。


「沙羅、朝の瞑想はやったの?」


 登校初日、私が新しい制服たるセーラー服に袖を通し、玄関でローファーを履き、新しい教科書類が詰まった鞄を肩に提げて家を出ようとしたとき、後ろからエプロン姿の母が話しかけてきた。


「したよ」


 嘘である。


「そう。――瞑想して自分の理想像をイメージすれば、それがいつか現実になるから。新しい学校、頑張ってね!」


 このような妄言を、もう何度聞いたことか。確か、引き寄せの法則と言ったか。そんなことで理想が現実になるのなら、世の人全員がいまごろ億万長者だ。私もこんな鳥籠のような村に住んではいない。


 とまあ、いつまでもそんな愚痴を心の中で言っていても仕方がないので、私は気を切り替えて歩行に集中する。学校までは徒歩二○分程度だ。道はアスファルトで舗装されているが、でこぼこだらけ。気を抜いたらつまづいてしまうかもしれない。

 

 辺りを見渡すと、私と同じ蛇守高校の生徒だろうか、セーラー服や、インスタ映えにはキツい学ラン――その点セーラー服は、ブレザーとは違う魅力があるので救いだ――を来た少年少女らが数人、歩いている。チャリを漕いで私を追い抜いていく人もいた。


 ――人が少なくて静かだ。毎朝あの人混みに紛れる必要がないのは、いいかもしれないな。


 などと考えているうちに学校に到着。昇降口で内履きに履き替え、配属された教室――ではなく、職員室に向かう。朝のホームルームで、先生の紹介のもと堂々入室するため。


「えー、今日からクラスメートが一人増えます。では、入ってください」


 と、担任の先生が淡々と告げ、私に入室を促す。


 私はドアに手を掛け、ゆっくりと開いて教室に入る。教室じゅうの視線が一瞬で私に集中するのが分かった。が、意外なことに、歓声は湧かなかった。転校生の紹介とあれば、普通はお調子者の男子がテンションを高くして騒いだり、そうでなくても何かしら声が上がるものではないか? ましてや、転校生が女子となればなおさらだ。


 それどころか、視線こそ集まっているが、全員無表情だ。感情が読めない。何を思っているんだ、こいつらは? ナルシストではないが、私は多少なりと顔に自信がある。そんな奴が、こんな人の寄り付かぬ辺境の地に転校してきたんだぞ。人生で二度とない機会ではないか。


 不気味――ただ一言、新しいクラスの感想は、それに尽きた。


「はい、じゃあ簡単に自己紹介してください」


 先生は相変わらず淡々と進行する。教師なので、転校生に騒がないのは当たり前だろう。


「ええと、東京から引っ越してきました、東堂沙羅です。これからよろしくお願いします」


 拍手――というよりは、ただ両手の平を叩くだけの動作を全員が取って私に送る。相変わらず無表情。


「じゃ、後ろのあそこが開いてるから、そこに座ってください。――では、今日の予定ですが……」


 こうして、私の新たな学校生活がスタートした。



 

「ねえ、みんなって昼休み、いつもどう過ごしているの?」


 昼休み、私は隣の男子に声を掛けてみた。名は三浦と言ったか、丸坊主の男子だ。きっと野球部なのだろう。髪を剃ってもプレイスキルにはなんら影響しないだろうに、殊勝なことだ。


「どうって……別に、飯食って、友達と遊んで、次の授業の準備するだけだけど」


 三浦は表情を変えず、あろうことか一瞥もせず、なんともつまらない答えを返してきた。


 いったいどうなっているんだ、ここの連中は? 最初は不気味と思いつつも、しかしまあ、先生がいるから気持ちを抑えていたのだろうとあの後擁護した。だが、ホームルームが終わり、先生がいなくなってみたら、どうだ? 何も変わらないではないか。私の机によってたかって東京の話を聞きたがる人は、一人もいなかった。皆、いつもと変わらない(であろう)動作で友人と話し、授業の準備をしていた。それは、昼休みになったいまでも、変わらなかった。


「三浦くん、だっけ。君、インスタやってる? よかったら交換しない?」


 仕方がないので、こちらからアクションを起こしてみる。


「インスタ? 何それ。っていうか、その板、なに?」


 と、三浦くんは恐らく私のスマホを指さして言う。


「……は? え、スマホだけど……知らないの? マジで言ってる?」


 なんとこの三浦くん、インスタどころかスマホも知らないではないか。本当にどうなっているんだ、この村は。


「おい木村ァ、お前、スマホって知ってっか?」


 と、三浦くんは、近くにいた、木村という別の男子に聞く。が、木村くんもやはりスマホを知らなかった。この調子だと、ここにいる人たちの誰も、スマホを知らないし持ってもいないのだろう。そういえば、職員室のデスクにパソコンが一台も無かった。まさか、スマホどころかパソコンも無いのか? いまどき、アフリカの部族でさえスマホを持っているぞ。


「ま、まあ知らないならいいの。気にしないで。――部活って、何やってるの。野球部?」


 気を取り直して、私は三浦くんとの会話を続ける。今のままだと、私はこの学校でぼっちだ。それは、避けたい。


「空手部。東堂さん、まだ入る部活決まってないの? よければ空手部に来なよ。さっきの木村と、隣のクラスの遠野って奴と三人でやってんだ」


「空手かあ……。柔道とクラヴ・マガはやってたけど……まあ、考えてみるよ」


 野球部ではなく空手部だったか。読みを外すとは。まあそんなことはどうでもいい。なんとか少しだけクラスメートと打ち解けられた……か? 相変わらず表情変化に乏しいが、少しだけ、私に対する態度が柔らかくなったように感じた。

お読みいただきありがとうございます。


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