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ep. 8 汝、平和を欲さば……①

毎日16時30分投稿

 ふと、意識が浮上した。

 

 ゆっくりと目を開けると、そこは見知らぬ和室だった。

 

 私は上体を起こし、辺りを見渡す。床は青々とした畳、壁は真っ白な障子張り。部屋の奥には床の間があり、墨組みの掛け軸がかけられている。

 

 ――生きている。

 

 ふと自分の身体を見下ろして、私は息を呑んだ。あれほど全身を苛んでいた激痛が、嘘のように消え去っていた。腹や肩に開いていたはずの銃創も、打撲の痕も、完全に塞がっている。


 そのとき、スーッと静かに障子が開き、一人の少女が部屋に入ってきた。

 

「あら、目が覚めたのね。調子はどう? 丸一日経っても起きないもんだから、心配したわよ」


 清流のほとりで見た、あの巫女装束の少女だった。長い艶やかな黒髪を後ろで一つに結い、両目は痛々しく白い包帯で覆われている。


「あなたは……? それに、ここは……」

 

 唐突な状況に困惑しつつ問うと、少女は淡々と答えた。

 

「ああ、心配しないで。ここは私の家。ここにあなたの敵はいないわ」

 

「……あなたが助けてくれたのか?」

 

「匿ったのは確かに私。だけど、あなたを死の淵から呼び戻した礼なら、私じゃなくあの白蛇に言うといい」

 

「白蛇……シロのことか。そういえば、シロはどこに?」


 私が周囲を見回すと、少女は包帯越しの視線を私に向けた。


「あなたは、蛇守神社で重傷を負って沈んだ……ほとんど死んでいたところを、あの白蛇が、あなたの魂と融合して蘇生したの。白蛇は、今やあなたの魂の一部となってあなたを補完している」

 

「そう……だったのね……」


 私の身体のどこかに、あの軽口を叩くシロがいる。不思議と、不快感はなかった。


「あっちでご飯の用意ができてる。お腹が空いてるでしょう? そっちで食べながら、詳しい話をしましょう」


 少女に連れられて別の部屋に行くと、食卓には山盛りの玄米ご飯と味噌汁、めざし二尾とお新香が用意されていた。丸一日寝ていた胃袋が、強烈に自己主張を始める。

 

 私たちは向かい合って座り、食事をしながら会話を再開した。


「あなた、巫女なの? その装束は。それに、その目は……?」

 

「元、巫女よ。今はただの、復讐を誓った者」

 

「復讐を?」

 

「私は生前、蛇神の生け贄として殺されたの。本来なら罪人とかが生け贄になるんだけど、その時はそういうのがいなかったから。この目は、そのときに潰されたわ」

 

「それは……惨い話ね。――ちょっと待って、じゃあ、あなたは幽霊? そしたら、ここはあの世ってこと!?」

 

「まあ落ち着いて。あなたは死んでいないわ。白蛇が蘇生したって言ったでしょ。――まあ、ここがあの世ってのは、あながち間違ってないかもね。あなたが大乱闘してた蛇守神社と同じ、異空間よここは」

 

「なんだ、そうだったの……」

 

「続きよ。私は殺されてから、ずっと村と蛇神を殺すことを夢見た。それで実際、死んだ直後に村人を何人か呪い殺したけど、あれは悪手だった。村人はすぐに私の祟りだと判断して、私を祀る祠を建てた。そのせいで、私はここら一帯から離れることができなくなってしまったわ」

 

「どこまでも自分勝手な連中だ」

 

「それ以来は、ずっとここで待っていたの。あなたのような人が来るのを」

 

「私を?」

 

「あなたは、蛇神を殺せるだけの力を持っている。公民館の資料室で見たでしょう? あなたの血筋には、力がある。その証拠に、もう数え切れないほどの怪異を殺してきた」

 

「力だなんて……私は、ただ必死に投げたり殴ったりしただけだよ」

 

「あいつらは、ただ殴ったりしただけじゃ死なない。霊力の籠もった攻撃じゃないと殺せないの。あなたの攻撃には、意識せずとも自動的に霊力が籠もっていた。だから、殺せた」

 

「フムン。――それで、あなたは、私に蛇神を殺して欲しいと?」

 

「そうよ。あなたに、頼みたい」

 

「引き受けるわ。私も、あいつを殺しにここに来たから」

 

「ありがとう」


 食事を終えると、少女は立ち上がり、私を家の外にある蔵へと案内した。


()()を切り崩す時が来たわ」

 

「貯金?」


 少女は木製の重厚な扉の前に立ち、両腕でギギギと音を立ててそれを開けた。


「これは……」


 私は言葉を失った。蔵の中は、無数の銃器、弾薬、近接武器でびっしりと埋め尽くされていたのだ。これはまるで、軍の武器庫だ。


「|Si vis pacem, para bellum《平和を欲さば、戦争に備えよ》――私が今日の為に蓄えてきた武器よ。これを、あなたに託す」


 その時だった。肌を刺すような、おぞましい気配が周囲を包み込んだ。


「何か、来る……」

 

「蛇神が軍隊をよこしてきたのね。無理もない。かつて復讐を誓った者と、自分を殺しに殴り込んできた者が邂逅した。警戒しない方がおかしいわ。――急ぎましょう」


 少女は急ぎ足で武器の山へ向かうと、私に厳選したものを渡してきた。


「紅鎧蛇武者の鎧は、見た目こそ戦国時代のそれだけど、防御性能が格段に進化しているわ。生半可な弾じゃ貫通できない」

 

「それをぶち抜けるのは、あるのか?」


 少女は散弾の束を両手に抱えて置き、そのうちの一発を取り上げて言った。


「12ゲージスラグ……アーマーピアシング。これなら容易に鎧を貫通できる」


 そう言って、彼女は私にベネリM4と、大量の徹甲スラグ弾を渡した。続けて、グロック17とその予備マガジンを次々とテーブルに並べていく。

 

 私はM4とグロックを手に取り、構え具合や引き金の硬さ、サイトの見え方などを入念に確認する。手に馴染む、いい銃だ。


「それから最後に……石で研ぎ上げたナイフよ。私が研いだ中では、最高傑作と言っていいわ」

 

「サンクス」

 

「それから、衣服も戦闘用に変えましょう。あなたに丁度良いのを用意してある」


 少女はタンスから一着の服を取り出した。一見すると黒いブレザーの制服だ。だが、それはあくまで見た目だけで、凶悪な性能に改造されているそうだ。動きやすいようややタイトにカスタムされており、腰回りは短めのプリーツスカートで、動きに合わせて裂けにくいストレッチ繊維が使われていた。

 

 色は深い漆黒を基調とし、差し色に真紅のライン。マットな質感で反射が抑えられており、夜間や屋内戦でも目立ちにくい。


「ブレザーとベストは、裏地に超高分子量ポリエチレンクロスとカーボンナノチューブ繊維を縫い込んである。拳銃弾程度までの防弾性能と、切り付け軽減性能を持たせてあるわ。奴らの拳銃弾なら、ゼロ距離で撃たれても貫通しない。それに、衝撃吸収用にダイラタンシー流体含浸素材も組み込んであるわ。それでも死ぬほど痛いけど」

 

 内層は吸湿速乾性に優れたメッシュ素材で、長時間の戦闘でも蒸れにくい。スカート裏側にも防弾性のある生地が使われ、腰回りと太ももを軽防御している。またローファーも大きく改良されており、脱げにくく、強力なグリップ力を持っている。つま先部分には通常の鉄芯よりも軽量な硬質樹脂製の先芯で防御されている。

 

 私はスカートにマガジンポーチ付きのベルトを通し、グロックのマガジンを六本収納した。さらに太ももにベルト付きショットシェルホルダーとサイドスカート型バンドを装着し、予備のショットシェルをぎっしりと詰め込む。


 私の最終決戦装備はこうなった。

 

・グロック17(銃内17+1発、予備マガジン6本)

・ベネリM4(銃内7発、予備シェル24発)

・最高傑作のコンバットナイフ


 少女は最後に、一枚の古びた御札を私に差し出した。


「これは?」

 

「蛇神を殺すための刀よ。時が来たら、刀になるわ」

 

「ありがとう」

 

「あ、そうそう。あなた、あの村に来てからどれくらいだっけ?」

 

「三日は過ぎたな。引っ越してきた日と、新居の整理の日、それから学校初日」

 

「そう。なら急いだ方がいいわね」

 

「なんで?」

 

「速くしないと、あなたも蛇神の霊力に侵されて怪異と化してしまうわ」

 

「……は?」

 

「ここにいる間は奴の霊力が届かないから大丈夫だけど、出たら、またそのカウントが進む。それまでに蛇神を倒して」

 

「具体的に、いつまでに?」

 

「夜明けまで。今が寅の刻だから、あと二時間といったところかしら」

 

「泣けるね」


 外の気配が、どんどん騒がしくなってきている。


「もうすぐそこまで来ているわね」

 

「クソ、面倒な」

 

「蛇守神社に続く抜け道があるわ。あなたはそこから行って。奴らは、私が相手する」


 少女はそう言うと、自らの得物である仕込み杖と、デザートイーグル、そして閃光グレネードを手に取った。


「行きましょう」


 少女の案内に従い、蔵の裏手にある鬱蒼とした獣道へ向かう。


「ここをまっすぐ行けば、蛇守神社に出るわ」

 

「本当に、礼を言っても言い切れない」

 

「ここは私に任せて、あなたは先に進むことだけを考えなさい」


 私たちが言葉を交わした直後、後方から多数の蛇守兵や紅鎧蛇武者が押し寄せてきた。

お読みいただきありがとうございます。


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