表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/82

X3.5_TB1

朝、居室の天井に組み込まれた照明がゆっくりと明るさを増す。窓はあるが外の景色は見えず、常時映し出されるのは擬似的な青空と雲の映像だ。

マナは目を覚ますと、まず壁面端末に手を伸ばし、酸素濃度と温湿度を確認する。施設生活が長くなると、無意識に環境数値を確かめる癖がつくらしい。


──食堂までの廊下は、足音がやや響く。壁は淡いクリーム色だが、時折組み込まれた防護シャッターの分厚い継ぎ目が「ここが収容施設だ」という事実を思い出させる。


「おはよ、マナ」

先に着いていたレイナが声をかける。制服の袖口はきっちり整えられ、胸ポケットには薄型の端末が差し込まれている。

「おはよう……今日のパン、まだ残ってる?」

「残ってるよ。昨日のあなたの好物、バター多めのやつ」

マナの表情が少し和らぐ。彼女は温かいものより、焼きたてのパンに塗られたバターの溶け具合を好む。ときどき、厨房担当に頼んで“バターが滴り落ちる直前”の状態で出してもらっている。


食堂には他の収容少女たちもいた。外見は普通の少女たちだが、誰もが何らかの異常特性を持っており、その雰囲気は日常とは微妙にずれている。

テーブルの隅で、目を閉じたままトーストを食べているのは篠原コユキ。眠たげな彼女は、食事中でも微動だにしない。

別の席では、長髪を三つ編みにした少女が、スープに浮かぶ具材を指先でつつくたび、短時間だけ温度が上がる──どうやら体温が異常に高いらしい。


「……やっぱり、朝からこういう光景って普通じゃないよね」マナが低く呟く。

「普通って、あなたにとってはもうだいぶ前に終わったものでしょ?」レイナが淡々と返す。


朝食後は、それぞれのスケジュールに従って行動する。

レイナは訓練棟での機材調整、マナは観察棟での定期検査だ。施設内の移動は職員が同伴し、ドアの先ごとに認証が必要になる。

検査室のガラス越しに、医療スタッフが「昨夜は異常夢は見なかったか」と尋ねる。マナは「……覚えてない」と答えるが、実際は少しだけ覚えていた。湿った森の奥から何かが覗いていた映像──しかし、それを口にすれば追加検査になる。


昼前、レイナが訓練棟から戻る途中でマナと遭遇した。

「検査、また長引いた?」

「うん。心拍のログが少し上がってたらしい」

「……ストレスじゃなくて?」

「たぶん、夢のせい」

二人の声は自然と小さくなる。廊下には監視カメラが等間隔に設置され、視線の届かない角度はほぼない。


昼食後は、図書室での自由時間。

図書室といっても一般的な学校のものとは違い、半分は資料保管庫のような雰囲気だ。壁面の一角は耐火ガラス越しに封じられた“閲覧制限本”が並び、許可証がなければ触れることすらできない。

マナは読書よりも、窓際(外景はやはり映像)で紅茶を飲みながらぼんやりするのを好む。

一方のレイナは、専門書をめくりながら時折ペンで書き込みをする。彼女の趣味は、古い戦術マニュアルや収容事例を読み解くこと──“趣味”と呼ぶには少し物騒だが。


「そんな難しい本、楽しいの?」マナが問いかける。

「あなたの動きを守るための手札を増やしてるの」

「……そういう言い方されると、何も言えなくなるな」

「じゃあ黙って、紅茶でも飲んでて」


午後になると、施設全体が少し静まる。これは「異常活動が起きやすい時間帯」とされる正午前後を避け、全棟で軽い休息モードに入るためだ。

廊下を歩くと、照明がやや暗めに落とされ、空調音だけが響く。普段から人の声が少ないこの施設だが、この時間帯は特に“現実が遠くなる”感覚が強い。


夕刻、再び訓練と簡易任務のシミュレーションが行われる。

レイナは精密動作の確認、マナは制御下での異常感知能力のテストだ。訓練室は白い防護パネルで覆われ、万が一の事故に備えて天井から鎮静ガスのノズルが覗いている。

シミュレーション終了後、互いに視線を交わし──言葉はなくても「今日も無事終わった」という空気が伝わる。


夜、居室に戻る前に二人は再び食堂で顔を合わせた。

「明日もまた、同じ日が来るかな」マナがぽつりと言う。

「来るように、私たちが動くんでしょ」レイナが返す。

その言葉に、マナは小さく笑って席を立った。


外の景色は見えない。

だが、ここでの一日は、静かで、どこか緊張を孕んだまま終わっていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ