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第74話

視界が戻る。

マナは膝をつき、息を荒げていた。

額には汗がにじみ、唇の端に紅い雫が滲んでいる。


「マナ!」

レイナが駆け寄り、肩を支えた。


「……見えたの。異世界の、空。

二つの月があって……ノクティリアは、そこで封じられた。

自分の意思で」


「自分の、意思で……?」

レイナの眉が寄る。

それは単なる封印ではない――“犠牲”に近いものだと、直感で理解した。


マナは震える指で、封印されたペンダントを見つめた。

「彼女は、誰かを守ろうとした……

けど、その力が、呪いとして残った」


鼓動がゆっくりと弱まり、赤い光が沈んでいく。

だが完全に止む前に――何かが囁いた。


――欠ケタ、躯ハ、集メラレル。


その言葉にレイナの背筋が凍る。

「……“集められる”?誰が?」


マナは答えなかった。

ただ、胸の奥に、嫌な既視感があった。

“あの夜”に感じた視線と同じ、冷たい意志。


「――封印、もう一度閉じなきゃ」

レイナが制御端末に手を伸ばす。

だが、その瞬間、奥の壁面が軋んだ。


鉄のような音。

そして、何かが“内側”から叩いていた。


「……っ、マナ、下がって!」

警告と同時に、封印壁の一部が裂け、黒い血のような霧が噴き出した。

それは意思を持ったように渦巻き、空中に文字を描く。


――《封印の欠片、奪取済》


レイナの目が見開かれる。

「誰かが……先に?」


マナの喉がかすかに動いた。

「セリーヌ……か、それとも――」


その先の言葉は、再び鳴り響く警報にかき消された。



研究棟の通路に、微かに冷たい風が流れた。

崩れかけた壁の裂け目から差し込む非常灯が、床に赤い影を落とす。


マナは背をまっすぐに伸ばし、レイナの肩越しに前方を見据えた。

「……何かが動いてる……」

息をひそめ、彼女は短く呟く。


レイナも端末を操作しながら、通路の奥を見つめる。

「正体はわからない。でも、あの影……封印の結界に反応してる」

画面にはわずかな異常波形と、崩れかけた構造物の変動が表示される。


背後で金属音が響く。

アサギは静かに、だが確実な動作で戦闘用義体の関節を調整している。

「貴女たちの安全確保が最優先です。異常体が封印の範囲に侵入すれば、予測不能な事態になります」


マナの視線が一点に固まった。

「……あの存在、封印されてるの……?」


アサギは一拍置いて頷いた。

「はい。封印されていることは間違いありません。ただ、封印の結界が揺らいでいる。状況は危険です」


レイナは端末を叩き、異常波形のデータを確認する。

「なら、結界が崩れないように、時間を稼ぐしかないね」


非常灯が一瞬だけ明滅し、三人の輪郭を映す。

その光の中で、アサギはかすかに唇を引き締めた。

「……私も戦います。必要であれば、ここで止める」


通路に沈黙が戻る。

戦闘の緊張はまだ心の奥に残るが、アサギの言葉はふたりに、新たな覚悟を刻み込んだ。


銀糸の髪がわずかに揺れ、義体の関節がかすかに光を反射する。

その姿は、ただのメイドではなく、かつての守護者であり、計画の黒幕としての影をも帯びていた。


三人の視線が、通路の奥へと向けられる。

そこに残るのは、赤黒い光の反射と、封印の結界が揺れる予兆だけだった。


通路の向こう、封印結界の奥で赤黒い光がわずかに瞬いた。

マナの胸が高鳴る。

「……あれって、結界の反応……?」


レイナは端末を手にしたまま眉を寄せる。

「……そう。でも、どうやら単純な異常体の反応じゃない」

画面には、封印内の異常波形が細かく震えて表示される。


突然、金属音が遠くから迫る。

「……動いてる!」マナが低く叫ぶ。


背後から、アサギの低い声。

「準備を……。あの存在が結界に触れれば、封印は一瞬で破られる」


光の反射で、通路の影が長く伸びる。

三人の視線は自然と一点に集まる――結界の内部。


その奥に、黒い影がゆっくりと形を取り始めた。

小さな動きだったが、空間全体に圧迫感が広がる。

「……動いてる、っていうか……」マナの声は震えていた。


レイナが端末を叩き、封印結界の安定プログラムを起動する。

「……どうにか時間を稼がないと」


アサギは前に一歩出る。義体の関節がわずかに光を反射し、戦闘態勢を示す。

「私が引きつけます。貴女たちは結界を維持して」


マナは頷き、レイナも端末操作に集中する。

通路の静寂の中、赤黒い光は次第に大きく揺れ、封印の結界の震えが床や壁に伝わる。


「……これは……封印が崩れる前兆……?」

マナの声に、レイナは短く答える。

「……そうかもしれない。だけど、何が起きるかは……まだわからない」


――封印内で何が動いているのか、三人にはまだ全貌は見えない。

だが、空気が変わった瞬間、通路全体に冷たい風と異様な圧力が走った。

「……来る」アサギが低く呟く。


その時、赤黒い光の中から、わずかに人の形を思わせる影が浮かび上がる。

封印が揺れ、床の振動が増幅する。


「……封印が……!」マナが叫ぶ。

レイナが端末を叩き、結界を必死に補正する。

「まだ……止められる……!」


影はわずかに身を伸ばす。

その瞬間、空間に生ぬるい風とともに、かすかだが確実な生命の気配が広がった。


――ノクティリアが、封印の中で目覚める前兆だった。



封印結界の赤黒い光が、脈動を増していた。

床を走る振動は次第に重くなり、空調の音さえ掻き消されていく。


マナはレイナを振り返り、息を呑んだ。

「……ねえ、これ……本当に、封印が……?」

レイナは端末に指を走らせる。

「維持限界を超えてる。誰かが……外から、干渉してる」


その言葉に反応するように、結界の中心で何かが蠢いた。

黒い霧が渦を巻き、血のような赤い光が滲む。

霧の中には、細い指、長い髪、かすかな人影の輪郭。


――まるで、形を取り戻そうとしているようだった。


アサギが一歩、前に出る。

義体の関節が静かに音を立てる。

「……この反応、間違いない。“真祖”の因子です」


「真祖……?」

マナが呟くと、アサギは振り返らずに続けた。

「吸血鬼の源流。存在の原型。人類史の外側から来た“夜の女王”――ノクティリア」


その名が響いた瞬間、空気がひやりと冷たくなる。

黒霧の中から視線のようなものが生まれ、マナの方へ向けられた。

思考の奥を覗き込まれるような、強烈な圧迫感。


マナは一瞬、息が詰まり、胸の奥が焼けるように疼いた。

「……なに、これ……!」


レイナがすぐにマナの腕を掴み、封印制御の波形をモニターで追う。

「精神波干渉!反応源は……封印の内部!」


アサギは静かに刀身を抜いた。

「……まだ完全ではない。肢体構成率、七割以下。あとひとつ――“心臓”が欠けている」


マナとレイナが顔を見合わせる。

「心臓?」

「誰かが、集めてる……?」


答えは返ってこない。

ただ、アサギの表情がわずかに翳る。

「――その“誰か”が、ここへ来る」


その瞬間、遠くの通路で警報が鳴り響いた。

重い隔壁の閉まる音。

そして、複数の足音が近づいてくる。


非常灯の明滅の中、一人の影が姿を現した。


黒いローブを纏った女――魔女セリーヌ。


セリーヌの手には、漆黒のケースが抱えられている。

そこからは、まるで脈動するような微弱な光が漏れていた。


アサギが低く呟く。

「……揃った、のね。最後のパーツ……“心臓”」


マナが身構える。

「……あなたたち、何を――!」

しかし、セリーヌはただ穏やかに微笑んだ。


「静かに見ていなさい。これは“始まり”の儀式。あなたたちの存在が、どこから生まれたのか――その答えでもあるのよ」


その言葉と同時に、結界が破裂するような音を立てた。

黒い霧が奔流のように吹き出し、赤い光がすべてを包み込む。

マナは思わず目を覆う。

だが、その光の中――確かに“何か”が、復活しようとしていた。


それは、理性を越えた美と恐怖を同時に纏う存在。

吸血鬼の真祖――ノクティリア。

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