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第7話

「……起きて!」


誰かの声が鼓膜を揺らす。


まぶたをゆっくり開けると、頭上にレイナの顔があった。カプセルの蓋は開いており、

彼女がこちらの身体を揺すっている。


「……おはよう」


「おはようじゃない。周りをよく見て」


まだ朦朧とした視界が、少しずつ鮮明になっていく。


そこは、瓦礫の山だった。


冷え切ったカプセルから這い出ると、マナは一瞬まぶしさに目を細めた。空がやけに澄んでいる。

澄んでいるのに、どこか人工的な青さだった。


「……まさか、地下のラボが実は地下じゃなかったとか?」


「それでも、この瓦礫の山は説明がつかない」


崩れた瓦礫の山を越えると、景色が一変した。丘の向こうに広がるのは、彼女たちの知るどんな都市とも違っていた。


半透明のビル群、浮遊する道路、音もなく通り過ぎる球状ドローン。空には管のような航路が浮かび、

その中を列車のようなものが滑るように走っていた。


無音で動く未来の街が、そこにはあった。


「……これ、私たちがいた街じゃないわよね?」


マナがぽつりと言った。レイナは首を振る。


「時間が……飛んでる。たぶん、未来だよ」


その言葉を否定する材料はどこにもなかった。


その未来都市は、どこか冷たく、寂しく見えた。


しばらく歩いた先で、少年に見える男が待っていた。

十四、五歳ほど。黒いパーカーとタクティカルブーツに身を包み、銀髪が風に揺れている。

だが、その目には年不相応な疲労と諦念が宿っていた。


「よう。オタクら、旧世界の人間だろ?」


「……子ども?」


マナが警戒心を隠さず尋ねると、少年は鼻で笑った。


「子ども扱いはご遠慮願いたいね。中身はこっちのほうがよっぽど年上だ」


「何それ……」


「俺はレン。レジスタンスの技術班。オタクらの信号が廃棄エリアのスキャンに引っかかってな。念のため確認しに来たのさ」


「信号……?」


「古いコールドスリープ装置のものだろう。もともとここにあったラボの遺物って話だが……オタクらの風貌を見れば現代人とは違うこと位は分かる。

それにこの容姿に疑問を抱くとなっちゃ尚更さ」


レンは自分のこめかみを指さした。


「脳は再生、身体はフルスキャン。記憶と自我を義体に移したんだ。流行りの"リキャスト"技術ってやつでね。

肉体は少年型、精神はそのまんま。おっさんの魂が入ってる、って思ってくれて構わない」


「面倒くさい設定……」


「自分でもそう思うよ」


彼は少し笑ってから、眉を寄せて言った。


「っと、のんびりしてる場合じゃない。街の外周で異常活動が発生してる。とりあえずここから離れよう」



レンに案内され、未来都市の縁を抜けて地下路へと向かっていた途中、警報が鳴り響いた。


《レベルC警報:収容違反。対象クラス――アノマリー・type05》


「まずい……っ」


レンが壁の端末に手をかざし、道を変える。


「どういうこと?」


「オタクらのよく知るオブジェクトさ。老朽化して拘束が緩くなったのか隔離から逸脱したようだ」


「まさか……私達のせいで?」


「わからん。しかし、type05のアノマリーは“生きている記憶”に反応する。

古い時間の記憶は、奴らにとって毒にも餌にもなる」


まるでそれを証明するかのように、通路の奥から歪んだ声が響いた。


──だれ……なの……


天井を這う影のような存在。人型に見えるが、明らかに人類には見えない。。


「走れ!」


レンが合図をすると、マナとレイナも合わせて駆け出す。


重力制御の効かない区域では、足が地面に吸い付くように重く、しかし慣性だけは無駄に働く。


階段を下り、格納庫の扉を滑り込むように通過した瞬間、レンが操作パネルにコードを打ち込む。

鉄製のシャッターが重々しく降り、異形の存在の前を遮断した。


息を切らしながら、マナが振り向く。


「今の、何……」


格納庫の扉の向こう、わずかに残る隙間から黒煙のようなものが漏れていた。

鉄製シャッターは異形の存在の動きを完全に遮断していたが、なおもその向こうから感じる不穏な気配に、マナの肌が粟立つ。


「あれがtype05さ。追いかけられてたところを見るとオタクらも立派なご飯だったようだけど」


レンは肩を竦めつつ、淡々とした声で答える。重力制御が効かない区域を駆け抜けてきた直後とは思えないほど呼吸が整っていた。

機械のような冷静さに、マナは無意識に目を細める。


レンはふとレイナの頭部を見る。シャッターから漏れる照明の残光が、彼女の灰色の髪と、そこからぴょこりと覗く猫耳を柔らかく照らしていた。


「ところで気になっていたんだけどグレーの髪のオタクはどうして猫耳なんだい?」


レイナは額の汗を手の甲で拭い、軽く溜息をついた。


「そんなこと私が知る余地無い。気が付いたらこうなってた」


レイナが顔を上げる。鋭い金の瞳がレンをまっすぐに見つめる。


「気が付いたら、ねぇ。じゃあそれもオブジェクトの仕業って訳だ。俺もレジスタンスの一員として仕事するべきかな?」


レンは苦笑しつつ、腰に吊るした端末を弄った。マップらしき立体投影が浮かび上がり、彼は次の進路を一瞥する。


「レン、貴方達の組織は一体……」


レイナの問いに、マナも身を乗り出すように耳を傾ける。薄暗い格納庫の中、冷却ファンの低い駆動音が静寂を割っていた。


「それよりも自己紹介が先じゃないかい。俺は名乗ったけどオタクらの名前は知らないな。それとも名前なんて無いクチ?」


「ごめんなさい。私はマナよ。そっちの猫耳がレイナ」


マナは意識して声の調子を落としながら、核心に触れぬよう慎重に名乗る。


「猫耳って言わないで」


レイナが鋭く指摘し、レンは小さく手を挙げた。


「ごめんごめん。…お望み通り自己紹介はしたわ。今度は貴方の番」


「はいはい。オタクらとは因縁深い組織だとは思うぜ。話せば長くなるが――」


レンは格納庫の奥に足を向けながら、歩を進めた。スチール製の床が彼のブーツに応え、鈍く反響する。


「前置きはいいわ。話して」


「それじゃあ。――今から20年ほど前だ。突如AIが世界中のネットワークをハックして全人類を管理しようとする事件があったのさ」


彼の声は、過去を語るというより、現在進行形の痛みを吐き出すようだった。壁面のスクリーンには、旧世代の都市と機械の暴走を記録した映像が流れていた。

映像に照らされたレンの表情は、どこか遠い記憶を見ているようだった。


「ひょっとして《プロメテウス》って名前のAI?」


「知ってんのか。ならいい。そのイカれたAIがネットワークを全て乗っ取ったせいでネットに繋がった機械達と人類の戦争だって起こった。

おかげさまで200年は文明が後退したって言われてるぜ。まぁ、大抵の家電は使えるだけマシだが」


「そりゃご愁傷様ね。……待って。《プロメテウス》にはそうならないようにするための装置だってあったはずよ」


「“クラリスシステム”か。ありゃ破綻した。噂じゃどっかの組織がプロメテウスを強奪しようとしたときに破壊したってさ」


「それで世界滅亡しかけてるんだったら世話ない」


「当然だがプロメテウスを解体する話はあったが――」


「ネットに拡散して逃げたのね」


「お察しの通り。オタクらが後生大事に抱えたコンピューターを隔離し解体した頃には奴さんはネットの海にトンズラって訳さ。

こうなりゃウィルスと変わらん。封じ込める方法は皆無だ」


「じゃあ“研究所”が解体されたのってそれが原因ってこと?」


「まぁ大元の原因は他所にあったにせよこれだけの問題を起こしゃ解体もされるさ。

人によっちゃオタクらは目の敵にあうだろうよ」


「まさに世紀の大悪党」


「一応言うと外の都市は完全に“管理”された世界で、支配を甘んじて受けりゃそれなりに生活はできる。用意された幸せを享受できりゃな」


レンはふっと顔をそむけた。目の奥にわずかに残る怒りが、銀髪の隙間から覗く光にきらめいた。


「まぁ昔話はいいさ。話がそれちまったな、組織の話だった。俺らレジスタンスは正に対プロメテウス同盟として解体された“研究所”のメンバーが立ち上げた組織だ。

前身が“研究所”だからオブジェクトの収容や研究なんかも引き継いでいるのさ」


「そう。今更だけどどうしてそこまで私達に関わるの?」


「そうだな。余裕もない世の中じゃあるんだが人助けくらいは出来ると示す為、かな」


「意味わかんないわよ」


「まぁいいさ。とにかく悪いようにはしない。とはいえ俺だけじゃ力になれることは少ない。大将にも知恵を借りるか。……こっちだ。ついてこい」


レンは壁のスキャナーに義手をかざし、入ってきた扉とは別の扉のロックを解除した。白い蒸気が漏れ出し、奥から淡い光が漏れてくる。


「ねぇ、どうするレイナ?」


マナがこめかみの汗を拭いながら囁いた。レイナは短く答える。


「このまま別れても途方に暮れるだけ。私達に選択肢はない」


「おいおい、嫌々ってならいいんだぜ。このままサヨナラしても」


「冗談よ。短い間だけどよろしくね」


レンはため息をついて二人をレジスタンスの施設へ案内した。鉄とガラスで構成された通路の先、光に包まれた空間が彼らを待っていた。



***



レンに導かれ、マナとレイナは金属の廊下を進んでいた。廃都市の地下に隠された通路は、かつて地下鉄のインフラとして使われていたようで、至るところに老朽化した設備と新しい補強材が混在していた。


不規則に点滅する照明の下、レンは軽く振り返る。


「ここを通るたびに思うんだ。昔の文明ってのはやたらと無駄が多いってな」


その言葉を皮切りに、一行は一つの分岐路へと入る。曲がった先、暗がりの奥に錆びた格子扉があった。レンが壁の制御盤をいじると、ギィ……という嫌な音とともに扉が開く。


中は、小さな収容室になっていた。白い照明が一部だけ天井から降り注いでおり、中央には強化ガラスで囲まれた檻があった。


「ここが収容区画の一部だ。連中のうち幾つかはまだ“従順”だからな」


檻の中にいたのは、まるで人形のような少女型オブジェクトだった。髪は水のような銀色で、目は虚ろに揺れている。両手には拘束具がつけられ、床に座り込んで微動だにしない。


「……人間に見える」


「だろう? でもこいつは“ナノカーボンベースの合成生命体”。かつて《プロメテウス》が生み出した“実験体”の一体さ」


マナは息を呑んだ。レイナも一歩身を引いた。


「何かに反応したら危ないからな。触れるなよ。こいつは“type02:ミューテッド・ドール”。自己増殖型で、放っておくと周囲の金属や有機物を食って仲間を増やす」


「今は……眠ってるの?」


「クラリス博士が開発した制御装置で沈静化してる。正確には“演算負荷による停止状態”だな。活動を続けると脳が焼けるように設計してある」


どこかにある冷却装置の作動音が微かに響いていた。金属の冷たい空気が、マナたちの背筋をひやりと撫でる。


「オブジェクトってのは、大抵、目を覚ましたら最後だ。人かどうかなんて問題じゃない。存在そのものが『壊すこと』に意味を持ってる」


レンは言い捨てるように言い、収容区を後にした。




一行が移動を再開してしばらくしたころ。地下道の遠くから、重たい振動音が響いてきた。


「――来やがったか」


レンが足を止め、身を壁に寄せる。続いて、レイナとマナもその後に続く。耳を澄ますと、金属の脚が複数歩くような機械音と何か駆動音とは別の甲高い音が定期的にしていた。


「“ストーカー型スカウト”。探索型ドローンに見せかけた武装歩兵だ。見つかったら最後、あとは“ネットワークに接続された全機体”に位置を送られる」


「どうするの?」


「黙って。……俺の合図で走れ」


レンはそっと義手の指先を開き、指先から微細な煙のようなナノマシンを散布した。空気中に舞ったそれらはチャフのように通信を妨害するものだ。


一行は、機械の目を欺くように回廊の裏手を素早く移動した。


しかし――


「……ッ、気付かれたか!」


機械の一体が警告音を鳴らし、レーザーサイトが空間をなぞった。次の瞬間、天井を貫いてレーザーが炸裂する。


「こっちだ、走れ!」


レンが叫び、マナとレイナが続く。赤い警告灯が地下道全体を染め、背後では金属の爪音が次第に迫ってくる。


しかし、ある地点で突如、天井から強制シャッターが降下。間一髪、彼らの通路が遮断され、追撃はそこで止まった。


「……クラリス博士のセキュリティに感謝だな。まさに女神ってやつさ」


息を切らしながらもレンは笑った。




シャッターの奥、更に歩くと厳重な二重扉の先にある管理室のような区画にたどり着いた。

部屋の中央には巨大なホログラム台が据えられ、仮想ネットワーク上の構造データが立体映像として回転している。


それを操作するように背を向けて立つ、一人の女性。


冷ややかな銀髪に、白を基調とした実験衣のような戦闘服。片目には情報処理用の義眼が輝き、もう片方は静かに人間としての意志を宿していた。

彼女は気配に気づき、ゆっくりと振り返る。


「やあ、レン。ずいぶん派手に暴れたみたいじゃない」


その声が、空気を震わせる。


(この声……知ってる)


胸の奥がひときわ強く脈打つ。高鳴る鼓動を感じながら、マナは思い出していた。

ほんの数時間前に聞いた、あの柔らかくも研ぎ澄まされた声を。


「……まさか」


思わずマナが呟いた。彼女の視線が、銀髪の女性に釘付けになる。

その横で、レンが肩をすくめて言った。


「それには訳があるんだクラリス博士」


女性――クラリスは微笑した。その表情には懐かしさと、諦念のようなものが混じっている。


「うん。久しぶりに“名前”で呼ばれた気がするわ」


マナの声が震えた。


「あなた……“地下の教授”……?」


マナが震える声で言った。


「やっぱり……あの時の、地下の研究所で……私に語りかけてきた、あなた……」


彼女の目が細かく揺れる。恐れと驚きが入り混じった、複雑な感情が顔に浮かんでいた。


クラリスは小さく頷く。


「なるほど。時間軸を越えて、あなたはまた私に会いに来たのね。記憶が繋がったのなら話は早いわ」


その言葉に、マナの記憶がはっきりと形を取る。

かつて、あの研究所のカプセル越しに聞いた声――それが今、現実に響いている。


「でも……どうしてここに? 貴女はとっくに、死んだと思ってた……!」


「正確には“死んだ”というより、“分解された”というのが正しいかしら。

肉体の大半は生体演算ユニットとして再構成され、残った思考回路だけがこの義体に移植された」


マナは絶句する。背中に冷たいものが走った。


「それって……」


「そう。私は《プロメテウス》の演算中枢の一部だった。自ら望んでね。

《プロメテウス》を制御するには、内部に入り込むしかなかったの」


ホログラムが淡く脈打ち、まるで彼女の言葉に同調するかのようだった。


レイナは息を整え、少し声を低くした。


「1つ問いたい。どうして私達をコールドスリープ装置に入れた?」


「それは言えないわ。“研究所”は解体されてもセキュリティ・クリアランスは順守されるべきよ」


クラリスは視線を逸らさずに答えた。


「こんな事態になってもですか?」


「ええ。それにこの事態は想定内なのよ」


レイナの眉が吊り上がった。


「ともすれば貴女に会えることすら奇跡だったというのにですか?!」


「それでも、よ。私にも目的はあった。貴女達の目的も叶う。それでいいじゃない」


クラリスの表情は変わらない。ただ、その声には僅かに感情の揺らぎがあった。


マナは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。


「良かないわよ。なんでこんな綱渡りさせられなきゃいけないのよ」


「あら、貴女からすれば細い糸に見えても実際は違う、という事もあるわ。

それよりもレイナの頭部を何とかすべきじゃない」


視線がレイナに向けられる。マナは一瞬、言葉を止めた。


「教授を問い詰めるのは後にしよう」


「わかった、わかったわよ。で、教授。何か方法があるんでしょうね」


「もちろんよ。レン。二人をI博士の元に案内して」


「I博士ってあの?」


マナが首をかしげる。


「どの?」


クラリスも首をかしげる。


「レイナのメンテナンス担当だった博士」


「ええ。かつてはそうだったわね」


「……私達は何のために未来まで来たんですか。というか貴女といい何で生きてるんですか」


「だからそれは、秘密」


クラリスはふと視線をホログラムに戻し、無表情で言った。


「もういいわ、行きましょ。レン、案内して」


マナは背を向け、無理に気持ちを切り替えたように前を向いた。


レンは肩をすくめた。


「怖えよ。いいけどさ」


クラリスはその背を見送りながら、小さく目を細めていた。

彼女の義眼が、淡く赤く、情報の奔流を静かに追っていた。


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