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X19_SC 第60話

地下鉄の出口を抜け、マナとレイナは旧市街の暗い路地へ足を踏み入れた。

古い街灯の光は薄く、石畳にはひび割れが走る。雨上がりの湿った匂いが、冷たい夜風に混ざって漂っていた。


「……ああ、やっぱりこっちも暗いね」

マナは小さく息を吐きながら、手袋越しに壁を触る。

「でも、こういう路地ってなんだか、落ち着くの、不思議」


レイナは無言で前方をスキャンし、端末から浮かぶ光の軌跡を眺める。

「異常波形、既に感知。封印構造が局所的に不安定。進入可能」


マナは軽く頷き、道を進む。

「じゃあ、行こうか……レイナ」


狭い路地を抜けると、古びた地下入口が現れる。錆びた鉄扉には奇妙な模様が刻まれ、まるで意志を持ったかのように微かに振動している。

「……封印構造の残滓、ここに集まってる」

レイナの指が微かに震える。解析用の端末が光を帯び、扉を透過して内部の異常情報を映し出す。


「……なんだか、声が聞こえそう」

マナは少し首を傾げ、耳を澄ます。だが声はまだ遠く、かすかな残響だけだった。


地下階段を下りるにつれて、湿気と鉄の匂いが濃くなる。

石造りの壁には古代文字のような刻印が散らばり、光に反射して淡く浮かび上がる。

「封印を造った者たちの痕跡……解析中」

レイナが端末を操作しながらつぶやく。数値と図形が次々に流れ、封印の設計構造が浮かび上がる。


「……なんか、頭がクラクラするね」

マナは足を止め、壁に手をついて震えを押さえる。

微かに、耳の奥で、女の子の声が囁くように聞こえた。

『……マナ……助けて……』


「え……!?」

思わず声を漏らすマナ。

レイナは横に立ち、薄い光の膜で二人を包みながら、淡々と解析を続ける。

「幻聴。封印残滓の干渉による知覚異常。だが、声のパターンは局所的で、人間に似せたもの」


マナは小さく息を飲む。

「……なんだか、エリシアの声みたい……」


「感情を挟まないこと」

レイナは短く警告しつつも、目を光らせて奥の空間をスキャンする。

「異常波形の中心が、さらに下層に存在。第二封印核の異常覚醒が進行中」


マナは銃を軽く握り、覚悟を決めるように頷いた。

「……よし、行こう。レイナ、お願いね」


「了解」

レイナは無言で前に進む。端末が光を帯び、壁の奥の構造を浮かび上がらせる。

そこには、封印の設計者が残した痕跡が鮮明に映し出され、普通の世界では見えない異質な幾何学模様が重なっていた。


「……こんな複雑な封印、普通の人間じゃ絶対無理だね」

マナは思わず小さくつぶやき、足元の階段を一歩一歩慎重に下りる。


暗い地下層の奥で、微かに光が脈打ち、空気がわずかに震えていた。

「ここからが、本番ね」

レイナの声は冷静だが、緊張が微かに混じっていた。

マナは肩をすくめ、小さな笑みを浮かべる。

「……うん、二人だから大丈夫」


地下の空間は静寂の中に、封印核の鼓動が響き、二人を呼んでいるかのようだった。

マナの耳に、再び微かな声が届く。

『……マナ……来て……』


それは幻聴なのか、それとも封印核の意思なのか――判断できないまま、二人はさらに奥へと進む。



さらに階段を下りると、空気は重く、呼吸するたびに胸の奥を冷たい水で満たされたような圧迫感が襲ってきた。

湿った空気の中に混じるのは、鉄錆の匂いと――わずかに、血の匂い。


「……なんか、嫌な感じ」

マナが呟く。壁面に埋め込まれた刻印が脈打つように明滅している。まるで生き物の鼓動だ。


レイナは無言で端末を操作する。

「封印核の脈動パターン、周期が乱れている。構造不安定化率――23%上昇中」

その声の裏に、普段は見せない焦りがあった。


足元が小さく震えた。地鳴り。

続いて、壁面のひとつが「息を吐くように」膨らみ、内部から黒い液体のようなものが滲み出した。


「レイナ、これ……」

「封印構造の変質。生体化している……!」


マナが一歩下がると、黒い液体は壁から離れ、空中でゆらめいた。

それは人影のような形を取り、やがて輪郭が崩れて煙に溶け――声を発した。


『……マナ……マナ、わたしを、見て……』


耳の奥を刺すような声。だが、今度ははっきり聞こえた。

マナは思わず銃を構える。

「――違う、エリシアじゃない!」

叫ぶと同時に、黒い霧が爆ぜ、四方の壁を伝って走った。


封印核の光が赤く変わる。

警告音のような共鳴が空間を満たした。


「第二封印核、異常覚醒!波長干渉、閾値を突破!」

レイナが叫ぶ。

マナの視界の端で、壁の刻印が一斉に反転し、血のような光を放つ。


「制御、できないの……!?」

「試みているが、構造体の一部が――別の領域に接続されてる!」


異界。

その言葉が、マナの脳裏をよぎった瞬間、床が抜け落ちた。


視界が歪む。

身体が浮き上がる感覚。

周囲の光が黒に飲まれ、空間の境界が融けていく。


「――ッ、レイナ!!」

「マナ、掴まって!」

レイナの手が伸び、マナの手首を掴んだ。その一瞬、二人を包む光の防壁が弾けるように点滅した。

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