第55話
白光に満ちた一帯が、唐突にざわめいた。
モニターの一つが軋むように歪み、赤い線が一本、画面を横切る。
マナが眉をひそめた。
「……ノイズ?いや、これは……」
光点の列が、不規則に並び変わっていく。
封印ポッドの内部を映していた映像が、まるで心臓の鼓動のように脈打っていた。
レイナが素早く端末を操作し、解析波形を展開する。
「封印層に干渉波。外部からじゃない。ポッドそのものが……呼応してる」
その瞬間、空気の流れが逆転した。
吸い込まれるように、空気が一点へと集まっていく。
警報が鳴るより早く、収容区画の中央に淡い光の柱が立ち上がった。
「空間転移反応……!?」
レイナの声と同時に、封印ポッドの外殻が音もなく崩れた。
光の中から、ひとりの影が現れる。
長い銀灰の髪。異国の服のような白布を纏い、足元には光の粒が漂っている。
彼女の瞳は、青ではなく淡い紫――星を溶かしたような色をしていた。
マナが銃を構える。「誰よ、あなた」
その女は首を傾げ、周囲を見回した。
そして、淡い声で呟く。
「ここ……まだ、封じられていたのね」
「封じられていた?」
レイナが反応するが、彼女は答えず、ポッドの残骸にそっと手をかざした。
封印文字がざわりと波立つ。
その光景は、美しくも不気味だった。
まるで、触れられた金属が“呼吸”しているかのように。
「やめろ、それに触るな!」
マナが声を上げた瞬間、床下から振動が走る。
収容層の封印陣が光を失い、空気が急激に冷えた。
> 《封印安定度──低下。構造異常発生》
機械音声が警告を繰り返す。
「何をしているの!?」
レイナが詰め寄ると、女は一歩下がり、静かに視線を返す。
「あなたたちの“封印”は、こちらの世界では不完全なの」
「……こちらの、世界?」
レイナが眉をひそめる。
女は頷いた。
「私はエリシア。異界の縁から来た者。この場所に埋め込まれた“同種の封印”を確かめに来た」
マナとレイナが一瞬、互いに視線を交わす。
封印の性質が同種――つまり、エイドロンが管理するオブジェクト群と同一の根源に由来しているということ。
マナが低く問う。「……何のために、確かめる」
エリシアの瞳が揺らめいた。
「誰かが――封印を開こうとしている。あなたたちの世界でも」
その言葉の直後、床下の封印陣が破裂した。
紫の霧が噴き出し、電磁障壁が一斉に点滅する。
> 《封印制御不能──異常存在、漏出》
マナは舌打ちし、銃を構える。
「来る、レイナ!」
黒い影が霧の中から伸び、壁面を這い上がっていく。
レイナが手をかざす。「解析領域展開――行動制御コード、開始」
光が広がり、複数の符号が宙に走る。
だが、霧の向こうでエリシアが静かに呟いた。
「これは……あなたたちの封印では、抑えきれない」
次の瞬間、彼女の指先から光の線が走った。
形を持たない文様が宙に描かれ、霧を切り裂く。
闇が悲鳴を上げるように消え去り、空間は静寂を取り戻した。
レイナが息をつく。
「……いまの、あなたが使った術式。解析できない」
「当然よ。これは“こちら側”の理だから」
エリシアは薄く微笑み、消えかけた封印の光に目を向ける。
「封印が崩れかけている。あなたたちの世界に、裂け目が広がっているの」
マナが銃を下ろし、短く息を吐く。
「……なら、放っておけないわ」
エリシアの瞳が、ほんのわずかに寂しげに揺れた。
「助けるために来たのかもしれない。けれど――すべてを“修復”できるとは限らない」
その声は、遠い星の彼方から響くようだった。




