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X17_SE 第54話

地下鉄の旧路線は、まるで世界の裏側に開いた臓腑のようだった。

壁のひびから滲み出た光の筋が、暗闇を縫って流れ続けている。

その光は冷たく、呼吸をしているように見えた。


「……ここが観測地点ゼロ、っと」

マナが膝をつき、床の表面を指でなぞる。

手袋越しに伝わる微かな震動――まるで地面の下に、巨大な“心臓”が埋まっているようだ。


レイナが携行端末を展開し、淡々と分析を始める。

「異常波形、周波数固定できない。干渉率が高すぎる」

「つまり、“生きてる”ってことね」


返答の代わりに、トンネル全体が低く唸った。

壁面が歪み、古びた広告パネルが音もなく溶けていく。

印刷された人間の顔が、液体のように流れ落ち、床に染みを作った。


「――ッ、構造融解!?」

レイナが即座に後退し、携行フィールドを展開。

透明な膜が二人を包み、光の波を弾く。


「……まるで、“現実”そのものが剥がれてる」

マナの声が硬い。


「“星喰み”が世界を書き換えてる。

接触した情報を“食って”コピーしてるの」


「情報を、食べる……?」


レイナは短く頷き、視線を前へ。

遠くの暗闇の奥――青白い光が脈動していた。

まるで巨大な卵のように、鼓動に合わせて壁が膨らんでいる。


「……あれが、種の“本体”。」


マナが銃を構える。

だが、その瞬間。


――“ザザッ”


通信機がノイズを発した。

クラリスの声が途中で途切れ、電子音に変わる。

「通信……遮断された!?」


レイナが即座にデータリンクを試みるが、画面が真っ白に反転する。

「観測層が、反転してる……!外界との位相がズレた」


トンネルの奥で、何かが“割れる”音がした。

卵のような光の殻が、内側から亀裂を走らせる。

白い霧が吹き出し、冷たい風が二人の頬を撫でた。


「レイナ、ポッドの準備!」

「まだ早い。波形が安定しない、展開したらポッドが崩壊する」


マナが舌打ちした。

「じゃあ、どうすんのよ!?」


「先に“核”を露出させる。

外殻を維持してるコードラインを断ち切る必要がある」


レイナがトンネル壁の配線を解析しながら、複数の座標を投影する。

マナは頷くと、即座に走り出した。


足元が揺れる。

トンネルが“呼吸”しているように、床が沈んだり膨らんだりしていた。

足を取られた瞬間、壁の中から腕のような影が突き出た。


「ッ……!?」

反射的に身を捻り、ナイフを突き立てる。

影が悲鳴のような音を立てて霧散したが、壁の“顔”は消えない。

溶けた広告の中から、何十もの目がこちらを覗いていた。


「レイナっ、やばい、これ増えてる!」

「分かってる、早くラインを断って――」


通信が途切れる。

マナが振り向くと、そこにいたはずのレイナの姿が――消えていた。


「……レイナ?」

返事はない。

代わりに、周囲の空気が歪んだ。


光の殻の中心から、巨大な“影の触手”が飛び出した。

それは建物の柱のように太く、表面に無数の紋様が蠢いている。

触手が壁を叩き、トンネルが崩壊した。


マナは転がりながら避け、叫ぶ。

「ふざけんな、これ全部守護機構ってわけ!?」


手の中の銃が滑り落ちる。

拾い上げる暇もなく、床が崩れ、彼女は下層へ落下した。


――衝撃。

埃と光が混じり合い、耳鳴りだけが残る。


視界の隅に、白い閃光が見えた。

レイナだ。

彼女は上層の崩れた通路で、光の防壁を展開していた。


「マナ、聞こえる!?」

ノイズ混じりの声。


「……聞こえる!下に落ちた!種の根っこがこっちに伸びてる!」


「了解。ポッドを下層に転送する。……三十秒、耐えて」


「三十秒!?」


上空から、再び影の蔓が落ちてくる。

マナは床を蹴り、崩れた配管を盾にする。

衝撃波が吹き抜け、金属片が飛び散った。


「――早くしろってのッ!」


その時。

床下から青い光が走った。

一瞬の静寂の後、球体状の装置が空間に出現する。


レイナの声。

「ポッド転送完了!マナ、中心に誘導して!」


マナは頷き、銃を構える。

照準の先、巨大な“核”が露出していた。

脈打つ光の中に、微かに人の形をした影が見える。


「……こいつが、“星喰み”の心臓」


マナはトリガーを引いた。

銃声。

衝撃。

光の層が剥がれ、核が露出する。


レイナが封印コードを唱え、ポッドが展開。

半透明の膜が広がり、空気が凍るように静止した。


しかし――


「封印干渉!?」

レイナの声が跳ねる。


ポッドの中で、種の核が逆流を始めた。

封印を喰うように、光が“外側”へ向かって広がる。

マナが叫ぶ。

「レイナっ!これ、抜けてくる!」


「安定化を試みてる――待って!」


だが、間に合わない。

核が膜を破り、マナの方へ迫る。


その瞬間――


レイナが上層から飛び降りた。

掌を前に突き出し、ポッド制御を強制上書き。


「――封印、確定!」


閃光。

轟音。


トンネル全体が光に包まれ、あらゆる音が一瞬で消えた。


やがて、静寂。


崩れた瓦礫の中で、二人は息を荒げながら立っていた。

中央には、ゆっくりと脈打つ黒い球体――封印ポッドが安定している。


レイナが膝に手をつき、息を整える。

「……成功、した」


マナは肩で笑う。

「もう少しで、種に喰われるとこだったわよ」


レイナは静かに頷き、ポッドを見下ろした。

その表面には、うっすらと“星の紋”が浮かび上がっていた。


「……まだ終わってない。

これは、“最初の芽”に過ぎない」


マナはその言葉に頷く。

遠く、崩れたトンネルの奥で――

微かな囁きが響いた。


『――還レ、星ニ……』

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