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第53話

崩れた壁の向こうで、まだ煙がくすぶっていた。

焼け焦げた鉄とオゾンの匂いが鼻を刺し、低い警告音だけが途切れ途切れに鳴り響いている。


マナは壁に手をつき、よろけながら立ち上がった。

「……っ、最悪……本気で、吹き飛んだじゃん……」


彼女の頬には切り傷。血が一筋、首筋を伝って落ちる。

吸血鬼の力を失った今、その再生は遅い。

それでも、痛みに顔をしかめるだけで前を見据えていた。


レイナは崩れた床の上で、虚喰いの残滓をスキャンしていた。

銀灰色の髪に舞う火の粉が映え、まるで静止した時間の中に立っているようだった。

「空間歪曲痕。オブジェクト“虚喰いの球体”は完全消失。

ただし……逃走時に利用された形跡」


「つまり、マナツは……あれを“使った”ってこと?」


「転移補助として。正確な座標は不明。

でも、残留データの断片がある」


マナが息を呑んだ。

「……追える?」


レイナは首をわずかに傾げる。

「可能。ただし、リスクが高い」


彼女の声音は相変わらず感情に乏しい。

けれど、その灰銀の瞳の奥には、ほんの僅かに“揺らぎ”が見えた。

それが、マナには分かった。


「……レイナ」

「なに」

「もし、あたしが……あの子にまた会ったら――」


マナは言葉を詰まらせた。

唇が震える。

思い出すのは、あの紅い瞳。

同じ顔。けれど、違う心。

マナツは、マナの“もう一つの可能性”であり、過去の呪いの延長線上にいる存在だった。


「――その時は、止める」


彼女の声は小さかったが、確かな決意を帯びていた。


レイナはゆっくりと顔を向けた。

「止める、か」

「うん。……放っとけないから」


「理由」


「……だって、あたしがあの子を作っちゃったんだもん。

責任、取らなきゃ」


レイナは少しだけ目を細めた。

「……マナ、あなたはいつも人間的」


「それ、褒めてる?」


「……たぶん」


短い沈黙の後、二人の間にふっと小さな笑いがこぼれた。

崩れた天井の隙間から差し込む光が、灰の舞う空間を淡く照らす。


だがその穏やかな一瞬を、通信音が破った。


『こちら管理部。特別命令を発令します。

第六隔離区画の封印異常により、緊急監査を実施中。

マナ、レイナ両名は直ちに管制中枢へ』


教授の声は、機械的でありながらどこか人間味があった。

マナがため息をつく。

「やっぱり来たかぁ……」


「当然。封印対象の喪失は重大。報告が必要」


「……分かってる。怒られんの、好きじゃないけどね」


二人は歩き出す。

沈黙の廊下を抜けるたびに、警報の赤が遠ざかっていく。

足音だけが響く中、マナはふと問いかけた。


「ねえ、レイナ」

「なに」

「もし……ノクティリアの“他のパーツ”が誰かの手に一手に渡ったら、どうなると思う?」


レイナは歩みを止めず、淡々と答える。

「――復活する」


「やっぱ、そうだよね」


「断片が再結合すれば、“彼女”は完全体として蘇生する。

記録上、封印は七箇所。でも、正確な位置は《プロメテウス》にも不明」


「そんな大事な情報、《プロメテウス》でも知らないの?」


「“上層”だけのプロトコル」


マナは眉をひそめた。

「上層って……誰よ。ナギサ司令?それとも……」


その先の言葉は、エレベーターの扉の開閉音にかき消された。

管制中枢クラリス・ドーム

無数の光球が浮かぶ空間に、中央の生体端末が静かに脈打っていた。


白い光の中に、少女のホログラムが姿を現す。

それが――クラリス・システム。


『――おかえりなさい、マナ。レイナ』


マナは肩をすくめた。

「ただいま。って言えばいいの?」


『それで構わないわ』


「で?説教タイム?」


クラリスは微笑のような表情を浮かべる。

『説教ではなく、“次の指令”』


レイナが目を上げた。

「次……?」


クラリスは指先でホログラムを弾いた。

空中に展開された映像には、半壊した建造物と、黒い結晶のようなものが映し出される。


『対象コード:O-β49《星喰みの種》。

二日前、北区第十三ブロックで異常波形を観測。

《エイドロン》の封鎖網をすり抜け、自己増殖を開始しているわ』


レイナの視線が動く。

「“星喰み”……異界因子、含有率は?」

『現時点で六十パーセント。あなたたちが異界で接触した世界の残滓ね。

その因子に適応できるのは――今のところ、あなたとマナだけ』


マナは短く息を呑む。

クラリスの言葉の重さが、室内の空気をわずかに冷たくした。

「……また、私たち二人で行くんですね」

『ええ。今回は特別任務。外部支援なし』


クラリスは淡々と続ける。

『あなたたちは観測データを収集しながら、現地で封鎖・収容を行って』


レイナが口を開く。

「教授、今回の任務目的をもう一度確認したい。

“種”の完全収容……それだけでいいの?」


クラリスは一拍置いてから、ゆっくりと答えた。

『……それだけで“済めば”いいのだけどね。

あの因子は、情報として世界に寄生する。

もしも拡散が始まったら、現実層が書き換えられる危険がある』


彼女の指が空をなぞる。

ホログラムの映像が切り替わり、

街の地図の上に幾何学的な光紋が重なった。

まるで、星座が都市を喰らおうとしているかのように。


『……星喰みは、“空の構造”を模倣する。

もし成長すれば、ひとつの世界を丸ごと消すことも可能よ』


マナが息を呑んだ。

冷たく硬い空気の中で、彼女の心臓だけが妙に騒がしかった。


「教授。もう一つ、聞いていいですか」

『何かしら?』

「……あの、“右腕”の件。奪われたノクティリアのパーツについては、

進展、あったんですか?」


クラリスの瞳が一瞬だけ細くなった。

「……今はまだ話せないわ。

でも、あの件と今回の任務は――無関係ではない」


沈黙。

マナは何かを言いかけたが、唇を噛んで飲み込んだ。

レイナがその様子を見て、静かに立ち上がる。


「了解。任務内容、理解した」

『そう。それと、レイナ。あなたの《アレーティア・キー》を更新しておいたわ。

“星の図書館”に関する情報、アクセス制限を一段階解除してある。

……いずれ必要になるでしょう』


レイナの瞳がわずかに揺れる。

「教授、それは――」

『いまはまだ、ただの“鍵”よ。開けるかどうかは、あなた次第』


クラリスの映像がふっとノイズを帯び、やがて消えた。

会議室に残ったのは、冷たい空調音と、二人の呼吸だけ。


「……レイナ」

マナが静かに言う。

「私たち、また行くんだね。あの場所に」

「行く。けど、今回は“あの時”とは違う」

「そうだね。……今は、二人だから」


マナが笑う。

レイナは何も言わず、けれど小さく頷いた。


その瞬間、端末が光り、任務コードが送信される。

O-β49《星喰みの種》:収容任務開始。

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