X16_WC 第51話
夜の静寂を破るように、風が揺れた。
格納庫の隅で休んでいたマナが顔を上げる。レイナも同時に、光刃に手をかけていた。
異質な気配が、空間を震わせていた。
――その気配には覚えがある。
異世界の探索任務で、一度だけ邂逅した存在。
「……魔女、セリーヌ」
レイナの低い声が格納庫に落ちた。
光が歪み、そこから黒衣の女が姿を現す。
長い白金の髪、血のように赤い瞳。
魔女セリーヌは微笑みを浮かべ、足を一歩踏み出した。
「久しぶりね、マナ。レイナ」
その声は甘く、同時に刃のように冷たい。
「あなたが……」
レイナは短く言葉を切る。警戒は解かない。
セリーヌは一歩、二人へ歩み寄る。靴音は石に響かず、まるで大気に溶けるようだった。
「わたしは探しているの。ノクティリアを」
マナの心臓が跳ねた。
「……真祖の名を、口にするのか」
彼女にとって忘れられぬ存在。自身を吸血鬼に変えた元凶であり、呪縛の象徴でもある。
「かつて語ったでしょう」
セリーヌの声は静かだが、熱を孕んでいる。
「ノクティリアは旧き友。わたしの知る限り、あの子は無二の力を持ち、時に神とすら渡り合った。だが……消息を絶ったまま。わたしは答えを求めている」
「なぜ今さら?」
マナの声が硬い。
セリーヌは懐からひとつの古びた鍵を取り出した。星の文様が刻まれ、闇の中で微かに輝く。
「星の図書館。その扉を開くための鍵」
「星の……図書館?」
レイナの瞳が揺れる。
「過去も未来も、すべての出来事が記録された書架の海」
セリーヌは鍵をかざすように掲げる。
「その司書は言った。ノクティリアの行方は記されている、と」
マナは息を呑んだ。だが次の瞬間、表情を引き締める。
「……セリーヌ。あんた、知ってるんでしょ? ノクティリアの名はともかく、あいつの力がどれだけ危ういか」
「知っているわ。けれど友を求めるのは間違いではない」
セリーヌの声には揺らぎがない。
レイナが一歩前に出る。
「マナを巻き込むな」
「……レイナ」
マナは小さく呼び止めたが、彼女は視線を逸らさない。
セリーヌは一瞬だけ目を細め、やがて薄く笑んだ。
「やはり、あなたたちには隠しきれない。けれど――知らぬはずよ。ノクティリアが封じられていることを」
その一言に、場の空気が凍りつく。
マナもレイナも、その言葉を理解できずにいた。
封印――?
ノクティリアが、どこかに縛られているというのか。
セリーヌはそれ以上は語らず、ただ彼女らの反応をじっと見つめていた。
重苦しい沈黙が礼拝堂に満ちる。
マナの胸中はざわめき、喉奥がひどく乾いた。封印――そんな言葉を聞かされて、心が穏やかでいられるはずもない。
「……封印だなんて、どういうことだ」
マナは吐き出すように問う。
セリーヌは長い銀髪を指で梳きながら、視線を外さない。
「星の図書館の司書が語ったの。ノクティリアは世界に散らばり、その身を失った。だが、断片は残されている――と」
「断片……」
レイナが小さく呟く。
「右腕、左腕、心臓、血脈、そして魂の核。ひとつひとつを封じ、隠されたと」
セリーヌの声は冷たく響く。
「場所までは定かではない。けれど、この都市のどこかにも、痕跡が眠っている気配を感じる」
マナの瞳が揺らぐ。胸奥の記憶が疼いた。
あの夜。己の身体を侵した異常な血潮。その源が――もしかして。
「……やめて」
マナは吐き捨てるように言った。
「そんなのを探してどうするの。あいつの断片を集めたところで、何が残る。化け物が蘇るだけだわ」
セリーヌは眉一つ動かさず、淡々と答える。
「蘇らせたいのではない。真実を知りたいだけ」
「……真実」
マナの声は掠れる。
「友であった者がなぜ散らばり、封じられたのか。わたしには理由が必要」
セリーヌの瞳が微かに震えた。
「そして……その理由が、マナ。あなたに関わっているのなら」
その瞬間、レイナがマナの腕を掴んだ。
「聞かなくていい」
短い言葉に強い意思が込められている。
マナは振り返り、彼女の銀の瞳を見た。
――心配している。守ろうとしている。
それが痛いほど伝わる。
「……レイナ」
マナは微かに笑みを浮かべたが、すぐに顔を曇らせる。
セリーヌはそんな二人を見つめながら、祭壇に視線を移した。
「いずれにせよ、断片はこの世界のどこかにある。そして、それを隠している者たちがいる」
言葉の刃が鋭くマナの胸に突き刺さる。
まさか――《エイドロン》か?
彼女は思わず息を呑む。
セリーヌはそれ以上は言わず、星の鍵を胸に仕舞った。
「次に会う時までに、わたしはもっと知るだろう。ノクティリアの断片を、真実を」
紫光が揺れ、彼女の姿が薄れていく。
最後に残したのは、囁くような言葉。
「マナ。逃げても、血は応える」
光が途絶え、礼拝堂には再び夜の闇が戻った。
マナは石床に膝をつき、深く息を吐く。
レイナがその肩に手を置く。
「……マナ」
その声は短いが、確かな温もりを帯びていた。
だがマナの胸中は、怒りと恐怖、そして否応なく湧き上がる血の記憶に揺さぶられていた。
――《エイドロン》に封じられている右腕。
それが事実なら、セリーヌの探す断片のひとつが、すでに自分たちの足元にある。




