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X13_EoF 第28話

静まり返った管制室。

モニター群の光が壁面を淡く照らし、低く唸る冷却ファンの音が空調の音に混じる。

そこに映し出されているのは、二人の少女――。


未来から送られた少女、レイナ。

そして、過去から蘇った異常存在をその身に宿す少女、マナ。


この二人を引き合わせ、数々のオブジェクトを回収させ、経験を積ませる。

その連鎖は、やがて時間軸に螺旋構造を形成し、閉ざされた未来を打破する――。

これが、プロジェクト・クロノスパイラルの中核に据えられた目的だ。


マナだけでは不可能。

レイナだけでも不可能。

両者の存在が、互いの欠落を補い、唯一の解へ至るための鍵となる。


だが、その裏には別の計画が潜んでいる。

この世界を閉塞へと導いた根源を創り出した組織、

そして、この計画を立案した、ある少女の存在――。


すべてを一つに束ねるための精密な操作。

それ以外の要素は全て偽装であり、カバーストーリーに過ぎない。


知る権限のない職員にとっては、不幸な話だろう。

歯車以外はすべて、必要に応じて破棄される使い捨ての駒だ。


最後に、この物語は――

必ず結末を迎える。

それは救済か、破滅か。


すべては――


―XXXX機構・第零研究機構エイドロン 機密文書抜粋




***




ふああ……。

マナは半ば眠たげに目をこすった。部屋の空気はひどく冷えている。

施設の空調はいつも一定の温度を保つはずなのに、妙に肌寒い。

耳を澄ませば、そこにあるはずの音が――ない。

低く響く換気ファンの回転音、遠くを行き来する職員の足音、カフェテリアから漂う人の気配。

全てが、消えていた。


嫌な予感が背筋を撫でた。

枕元の端末を手探りで取り、素早く操作してレイナへ連絡を入れる。


「おはよう。……やけに静かじゃない? 何かあった?」

『……確認する』


数秒の沈黙。端末の画面が薄青くマナの頬を照らし、心拍の早まりを際立たせる。


『私がアクセスできる範囲のカメラ、全てに人影が無い』


「……合流しましょう。あなたの部屋でいい?」

『了解』


マナは急ぎ簡単な服に着替える。

その手が無意識にポケットへ滑り込み、B―タブレットの冷たい感触を確かめた。

ドアを開けると、蛍光灯に照らされた廊下が広がる。

床は磨き上げられたまま、まるで誰も歩いていないガラスのよう。

天井の配管は暗い影を落とし、監視カメラの赤いランプすら沈黙している。


足音だけが響く。

それもやけに大きく、密閉空間の奥まで反響する。


レイナの部屋の扉を軽くノックし、返事を待たずに開ける。

そこには、長机に座るレイナの姿。正面の大型モニターには、真っ暗な廊下や無人の食堂が映し出されていた。


「廊下もそうだったわ。本当に誰もいない」


「カメラの録画記録が全て削除されていた。いつからこうなったのか推測不能」

「外は?」

「確認する。……異常なし。平穏そのもの」


モニターには外の中庭が映る。芝生が風に揺れ、小鳥が枝をついばんでいる。

しかし、そこにも人間の姿はない。


「ナギサとは連絡取れる?」

「応答なし」


マナは小さく舌打ちし、椅子の背に手を置いた。

「こないだ教授の連絡先でも聞いておけばよかったわ」

『そんなことはないけれど、あまり意味は無いと思うわ』


「やっぱり聞いてるのね。理由は?」

『貴方達のセキュリティクリアランスには開示されいない情報よ。こんな状況でもね』


マナは目を細める。

「非常事態よ。それでも教えられない?」

『ええ、確かに非常事態ね。だからこうしてコンタクトを取りました。とは言え、残された時間はあまり長くはないけれど』


「人がいないことがそんなに深刻?」

『それは問題点とは違うわ。まずは私のラボまで来てもらいます。そこに居るよりは幾分か時間が稼げます』


聞きたいことは山ほどあったが、マナはうなずき、レイナと並んで廊下へ出た。


エレベーターに乗り込むと、機械的な唸りとケーブルの軋みが耳を圧する。

階数表示の赤い数字が、一つずつ降りていくたびに不安が積み重なる。

扉が開くと、冷たい空気と薬品の匂いが押し寄せてきた。


ラボのドアは重く、金属がこすれる低い音とともに開く。

中は暗く、無数のモニターや試験管のラック、銀色の機材が鈍く光っている。

そこに立っていたのは、白衣の教授。

光を背に、影の中から静かにこちらを見つめていた。


『ようこそ、私のラボへ』



地下深くの会議室――いや、もはや指揮中枢と化した防護シェルターは、金属臭と乾いた冷気に満ちていた。

壁面の無機質な装甲パネルには赤色の警告灯が脈動するように点滅し、低く唸る空調音が耳の奥を圧迫する。天井近くを走る配管が微かに震え、その振動は床から足首へと伝わった。


「――お久しぶり、教授」


マナの声は、緊迫した空気を裂くように響いた。

巨大なスクリーンの中央に、薄いノイズを帯びた映像が浮かび上がる。教授は白衣を着崩し、暗い室内からこちらを見ていた。その目は、何もかも見透かすような冷たさを帯びている。


『あまり時間は無いので手短に状況を説明します。現状レベル3以上の施設にロックダウン処理が行われています』


スクリーンの背後では、何台もの端末が黒い画面のまま沈黙している。さっきまで稼働していたカメラやセンサーは、すべて途絶していた。


――カメラには何も映っていなかったのは。


『私が隠蔽工作を行ったからです。現状、敵に情報を与えるわけにはいかない為、全ての情報端末は私が隔離処理を行いました』


教授の声には揺らぎがない。だが、その淡々さが逆に緊張を加速させた。

マナは短く息を吸い、問いを放つ。


「敵?」


『コードレッド。敵対勢力の侵攻が抑止できなかった場合、高機密物品を本シェルターに集め、その他の物品は――爆破処理されます。これには全職員も含みます』


レイナが眉を動かす。爆破処理、という言葉が室内の温度を一段と下げた気がした。


「……なぜそこまで?」


『戦争の道具にされた場合、核弾頭以上の脅威となりえる為です』


教授の背後で、何かがゆっくりと回転する影が見えた。大型のサーバーファンか、それとも――。


『貴方達に残された選択肢は2つ。1つはこのままシェルターに残ること。この場合は……、このシェルターで一生を終えてもらいます』


マナは口角を僅かに吊り上げた。


「私たちには、そこまでして手渡されては困るものなのですか?」


『マナについては貴女達の知るところかと、レイナについては開示不可能です』


「もう一つの選択肢は?」


『敵対勢力の壊滅、及び当研究所の解体処理を行います』


レイナがほんのわずかに目を細める。

何故その決定を私達に委ねるのか――その問いは当然だった。


「なぜ、そのような決定を私たちに委ねるのですか」


『そういうプロトコルだからよ』


「ひとついいかしら」


『ええ、どうぞ』


マナの声は静かだが、芯が鋼のように硬い。


「その二つの選択肢、どちらにしても問題の根本的な解決にはなっていないように思うのだけど。その辺りは――わざとかしら?」


『だとしたら?』


「与えられた選択肢に意味はない、ということが答えね。付け加えるなら、このインシデント自体、意図的に発生させた事案じゃないかしら?」


『(笑い声)……失礼。一応訂正しておくと、意図的には発生を誘発させてはいないわ』


「事前に起こることを知っていて黙っていたなら、そこにはあまり差異がないように思うけれど」


『ごもっとも。では一応確認します。答えは?』


マナはレイナへ視線を投げた。レイナは一度だけ頷く。

その一瞬に、二人の間で戦略の全てが共有された。


「勿論三つ目。敵対勢力は叩いて潰す。けれど、研究所は解体させないわ」


『具体的には?』


「上にいる勢力は?」


『約三個中隊。内二名は異常存在、それ以外はPMCね』


マナの瞳が細くなる。光の反射が刃のように鋭い。


「見せしめにして、研究所に手を出せばどうなるのかを知らしめる。火薬庫に火なんてつけさせない」


『結構。貴女達がその選択肢を選ぶなら、私からは支援するくらいしかないけれど――健闘を祈ります』


「教授は、むしろ事後処理で力になってもらう予定なのだけど」


『まぁそれは怖い』


マナは立ち上がり、レイナに合図する。

緊急灯の赤が、二人の影を長く引き延ばした。


「マナ、行こう」


「ええ。――精々暴れましょ」

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